パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

95

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瑠璃はそれからもいたって普通だった。普通に買い物し、普通にブローチを受け取って、普通に買い喰いをする。普段と変わらず、楽しんでいるのかも分からないような表情でわたしに着いてくる。

元々、瑠璃はいつも通りだったんだ。おかしいのは私の方。私が声をかけられなかったってだけ。彼女は最初から何も変わってない。私が勝手に瑠璃を……。


「ねぇ巴、どれをリュックにつけるべきだと思う?」

ベッドに並べた七種類のうなぴょんストラップを前に真剣に聞いてくる瑠璃。

シルクハットをかぶったやつ、ウサギのやつ、落語家調のやつ……。

なんか、やたらと種類が多岐に渡るな。というか、実際本当にどれでもいい。

「んーと、じゃあウサギかな」

ひとまず一番安定な気がする。

「じゃあ、そうする」

いそいそと袋を開けてストラップを黒いリュックにつけ始める。

ーーうん、そのリュックにはどれも合わないと思うよ。

そんな彼女に心の中で語りかけた。黒い丈夫そうな男物リュック。そこにゆるキャラ(?)が合うとは思えない。


自主研は平和に終わって、夕食後の休憩時間。ホテルの部屋で彼女はウナぴょんグッズの品定めを始めていた。ベッド一面を覆い尽くすうなぴょん。その光景は割とエグイが、彼女はいたって楽しそうであった。

私の勘違いだったのかな。

「瑠璃、お風呂行かない? 背中流しっこしようよ」

きっとそうなのだろう。だから、もう忘れよう。今は楽しい旅行中なのだ。余計なことを考えている暇は無い。色々とやりたいことはあるのだ。

「ある意味夢だったんだよね。背中流し合うって。なんかーー」

「行かない。わたし、部屋のやつ使うから」

ーー……え?

「そうだね。そろそろお風呂入ろうかな」

硬直する私を尻目に瑠璃は素早く部屋のお風呂へと籠って行った。

ーーえ?

頭の中のキャッキャウフフな想像が割れる。聞こえてくるシャワーの音が全てを水に流していく。

ーーナガシッコハ?

絶望に打ちひしがれた私は、無理やり硬直を解くと破れた願望にしがみき、行動を開始した。

お風呂セットを用意し、服を脱いでお風呂の扉の前に立つ。ドアノブを回すと硬い手応え。やっぱり鍵が閉まっている。

私はじっとドアノブを見つめたまま、それを逆方向へと回し扉の下の方を2回蹴って、正しい方向にドアノブを回し直す。

カチッ

軽い音がした。

荷物を置きに来た時に見つけた欠陥。まさか役に立つなんて。

「瑠璃ーー、背中流しっこしよう!」

満面の笑みで白い世界へ飛び込む。部屋のお風呂は狭くても、2人くらいなら入れるはずだ。私は夢を叶えたい。

「…………」

だけど、薔薇色だった私の思考はは湯気の晴れた空間で息を止めた。

振り返って、私を見つめている瑠璃。頭を流し終わった所なのか、その手にはお湯が出っぱなしのシャワーを持っている。

でも、私の注目はそこには無い。

瑠璃の身体。芸術品のように一切の無駄のない身体つき。美しいはずのそれはしかし、おびただしい量の傷に覆い隠されていた。傷だらけなんて生易しいものではない。傷しか無い。傷が無い所を探す方が難しいほどだ。

「あ……ぁ」

何も言えなくなる。これは暴いてはいけない秘密だ。これだから彼女はいつでも黒タイツを履いていた。長袖しか着なかった。大浴場に行けなかった。彼女は隠し通すことを望んでいた。

前髪に隠れて瑠璃の表情は見えない。シャワーと湯気だけがこの部屋で唯一動いていた。

ーーごめん。こんなつもりじゃ……。

頭の中では謝罪の言葉が溢れそうなほど繰り返されている。しかし、その一つも声には出せない。

私は瑠璃が恐かった。

"恐い瑠璃"に変貌してしまうのではないか。そう思うと鳥肌が立つ。あの恐怖を身体が覚えている。

もしかしたら友逹を解消されるのではないか。他人に興味の無いこの子のことだ。解消なんてされたら元に戻るのは不可能に近い。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。

自分勝手過ぎるのは分かっている。だけどどうしても彼女への申し訳なさよりも恐怖が優ってしまっていた。

「巴」

単調な響き。どこか"恐い瑠璃"を彷彿とさせる低い声に大きくなっていた心音は速さを増した。私は一つ、唾を飲み込む。

きちんと瑠璃を見なきゃいけない。

それが私の最低限の義務。結果がどうであれ受け止めなければならない。

拳を握り、息を大きくゆっくり吐き出して俯いていた頭を上げる。

「ひゃっ」

と同時に何かが私を襲った。
目が痛い。頬が濡れる。生温かい……。
ーーお湯?

「そのままだったら風邪ひくよ」

瑠璃がこっちにシャワーを向けていた。そこに居るのはいつもの瑠璃だ。

「っ……瑠璃!」

思いきり彼女に飛びつく。

「ごめんね。ごめんね。あの、こんな……」

「別にいい。気にしてないから」

嬉し涙が感激か何か分からない涙を目に溜めながら謝る私に瑠璃は当たり前のようにそう言った。当たり前な訳なんて無いのに。

「じゃあ、お詫びに背中流してあげるね。さ、座って」

しきりに謝り倒した後、ふざけたようにそう言って、渋る瑠璃を座らせる。明るく言わなければ、自己嫌悪で暗くなってしまい彼女に顔向けできない気がした。

「よーし、泡だらけにしてやるぞ」

タオルにたくさんボディーソープをかけ、勢いよく泡立てる。瑠璃は諦めたのかされるがままだ。

「お客さん、かゆいところはありませんか~?」

ふざけた声色のまま彼女にタオルを近づける。しかし、一瞬その手が止まった。

「っ……」

小さく呻いて、私は何事も無かったようにタオルを動かし、瑠璃を泡だらけにしてやる。思いっきり手を動かすことで自己嫌悪を誤魔化そうと必死だった。

"気持ち悪い"と一瞬でもその身体に触れることを躊躇ってしまった自分が嫌で嫌で仕方なかった。















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