パンドラ

須桜蛍夜

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それから数日間、瑠璃とは必要最低限のやり取りしかしていない。関われる糸口が全く見つけられなかった。
「はぁ」
どんな手を打っても一蹴される。彼女との関係にそろそろ王手がかかっていた。
「辛気臭い顔してっと、幸せ逃げるぞ」
顔を上げると、コーヒーを二つ持った武田がいる。
「相談なら乗るぜ。どうせ瑠璃ちゃんの事だろ?」
「武田……」
さりげない優しさに心が跳ねる。ふざけた同期がいつもの数倍格好良く見えた。
「ま、いきなり女の子と二人暮らしとか、そりゃあ色々抑えたりとか大変だよな」
「抑えるとか、何言ってんだ! おれと瑠璃はそんな関係じゃねぇ」
まったく、武田なんかを信用したおれが馬鹿だった。受け取ったコーヒーを一飲みし、仕事に取り掛かる。もう、あいつの言うことなんて聞いてやるもんか。
「そうやって明るい顔してろ。その方が瑠璃ちゃんも絡みやすいだろ」
聞かないと決めた声なのに、それはすんなりおれの耳に入ってくる。
「お前の長所はお人好しで親身になれっとこなんだから、嫌われること恐れんな。積極的にいけよ」
頭を上げると、彼は立ち去るところだった。
――あいつなりに励ましてくれてたんだな。
そうしてまた、武田を見直す。こんなことを繰り返しながら、何年の付き合いになるんだろうな。
「ありがと」
憎めない同期に、聞こえるはずのない礼を紡いだ。直接言うのは癪だった。
――嫌われることを恐れないか……。
瑠璃のことを考える。彼の助言は的確かもしれなかった。おれは恐れていた、彼女の素っ気ない態度が悪化すること、嫌われること、そして、病室での瑠璃の変貌。それがおれにあの子と距離を置かせていた。
「そんなんじゃ、仲良くなんかなれるはずないよな」
軽く自分を叱咤して、決心を固めた。いつものおれらしく接する。簡単なことだ、出来るはずだ。そんな時、頭の中にあるアイディアが浮かんだ。
「ただいま」
薄暗い部屋に声だけが虚しく響き渡る。哀しくなるが、おれはめげずに言葉を続けた。
「瑠璃って何年生?」
「高一、高校一年生。多分それくらい」
間を置いた返答。まず答えが返ってきたことに驚くが、そのまま笑顔でお礼を紡いだ。
「そっか、ありがとう」
まだそんなもんなんだ。それなのにあんな……。心の中が渦巻いているものの、無視して自室へ向かう。
「なんでそんなこと聞くの?」
彼女は、初めて読んでいる本から顔を上げた。こちらを見つめる銀眼にたじろぐ。しかし、負ける訳にはいかない。
「瑠璃、学校に行かないか?」
ゆっくりと台詞を紡いだ。これがおれのアイディア。この子の人嫌いは、多分、今まで人と関わってこなかったから。だから、同年代の子達と関われば、それを治せるかもしれない。
「行かない」
しかし、呟かれたのはおれの意見を拒否する言葉。でも、これは予想していた。瑠璃が好んで人と関わる場所へ行くとは思えない。だからこそ、畳み掛ける。
「きっと楽しいよ」
「…………」
瑠璃は小説に目を戻した。だんまりを決め込むようだ。
「まだ五月初めだし、入学したてだろうから、すぐに馴染めるだろうしさ」
どんなに無視されようが諦めるつもりは無い。
「お金だってなんとかなるし――」
「行かない」
おれは言葉を失った。言葉に込められた深く、嫌悪にすら似た拒絶。それに対抗できる台詞が思い浮かばない。
「なんで?」
意図せず洩れた疑問の呟き。瑠璃はそれに答えずに自室となった部屋へ向かう。
「わたしにはやるべき事が、探してる物があるから」
言い終わると同時に閉まる扉。重い沈黙が落ちた。
「なんだよ、探してる物って……」
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