パンドラ

須桜蛍夜

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瑠璃はそれから、今まで以上におれを無視するようになっていた。食事の時しか部屋から出て来ず、ここ数日彼女の声を聞いていない。それでもおれは諦めるつもりはなかった。
「学校行こう。友達だってできるだろうし、探し物の手がかりだってあるかもしれないじゃん」
彼女は夕食を口に運ぶ手を止めない。安定の無視だった。その態度にはもう慣れたつもりだが、まだ少しグサッとくる。
「おれは親じゃなくても保護者ではあるんだから、話くらい聞いてくれよ」
「…………」
「なぁ」
語りかけるが響かない。少女の興味は一向にハンバーグから離れなかった。
「せめて顔くらい上げろよ」
段々と苛々が募る。おれはこんなにも一生懸命話してるのに。
「瑠璃!」
荒げた声は空間を支配するが、彼女は意にも介さずに食器を下げ、部屋へと歩き出す。その態度におれの中の糸が切れた。
「何とか言えよ。おれは赤の他人のお前を養ってんだ。話くらい聞くのが普通だろ」
怒りに任せた言葉は低く響き、少女の足を止めさせた。だが、同時に後悔を感じた。今のは、伝えたくはない気持ちだった。
「そうね、弘さんはわたしの親じゃない」
久しぶりに聞いた鈴の音。
「だから、養う義務なんて無いし、最悪捨ててもいいのかもね」
感情なく呟かれる言葉にたじろぐ。捨てるなんて……。
「でもその時はチカラを使えば良い。弘さんを都合良く作り変えて傀儡にすれば全て解決する」
振り向いた瑠璃の瞳は妖しげな光を湛えている。それは今にでもおれを操れるぞと告げている。でも――。
「なら、なんで最初からそうしなかった?」
でも、彼女はそれを望んでいない様に見えた。
「瑠璃はそうしたくなかったんだろ?」
答えない少女に向けて追い討ちをかける。
「そんなこと……ない。わたしなら今にでもあなたを操れる」
瑠璃の瞳は戸惑う様にゆっくりと、でも確実に光を増していく。
――普通だったら、怖いのかもしれないな。
彼女の機嫌を損ねれば、おれはおれで無くなる訳だし。でも、なんでだろう? 全く怖くない。
「なんでかな? おれ、瑠璃のこと、信じてるんだ」
ビクンと小さな肩が震えた。
「まだ会って数週間くらいしか経ってないし、どんな人生を歩んできたのかも知らないけど、信じてるんだ。瑠璃は悪い子じゃないって。人を嫌うのだって、今まであまり人と関わってこなかったからだろうと思ってる。学校に飛び込む事は怖いかもしれないけど、おれがついてるから安心して。それにきっと、瑠璃の為になる。もう一度考えてみて欲しい」
思いの丈をぶつけた言葉は、めちゃくちゃで、分かりやすいものでは無かったと思う。でも、おれの気持ちが伝わっていれば良いな。そんな気持ちで、部屋へと向かう少女を見送った。
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