パンドラ

須桜蛍夜

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「にしても、なんであの時あんな気取った台詞言えたんだろうな」
あの日から数日が経ったが、思い出すだけで顔から火が出そうだった。なにがおれがついてるだよ。なにが安心しろだよ……。
「なんだ、お前、瑠璃ちゃんに気取った台詞を言ったのか?  流石は色男!」
心臓が跳ね上がる。自分の世界に入り込んでいたおれをその声が引きずり出した。
「武田、お前聞いてたのか!?  ってか、色男ってなんだよ」
煩い鼓動を沈め、振り返る。
「まったく、いくら手が早いからって実の娘を口説くのは感心しねぇぜ」
しかし、目の前のニヤニヤ顔はこちらの声を受け入れずに勝手にほざいていく。
「手もはやくねぇし、口説いてねぇって、ちょっと熱く語っちまっただけで――」
「手がはやくないなんて謙遜すんなよ。その年であの年齢の子供を作ってんだからさ。ねぇ、プレイボーイさん」
ふざけた言葉に衝撃が走った。ちょっと待てよ。瑠璃が高一でおれが三十四。単純に計算して……十八だか、十九だかの子ってことになるのか!?
「あの真面目そうな西山さんがねぇ。株が上がったわって噂になってるぜ。良かったな」
「いや、それは誤解で……」
「へぇ、どう誤解なんだ?」
ずいっと近寄って説明を求めてくる武田。しかし、もちろんそれを解けるはずもなく押し黙ることしかできなかった。
「ったく、なんであいつはいつもああいう言葉ばっか拾ってくんだ」
ハンドルを右に回しつつ吐く。今日一日大変な目にあった。
おれが言い逃れできなかったのを見て、西山弘=色男説は確定となり、今まで着々と積み上げてきた真面目なイメージとのギャップで、様々な好奇の視線を浴びせられた。

「元々この設定に無理があんだよな」
ここにはいない少女に不満をぶつける。八つ当たりだとは分かっているけど、とにかく文句を言いたかった。
「ただいま」
「おかえりなさい」
一瞬心臓が止まるかと思った。初めて挨拶が返ってきた。
「あぁ、ただいま」
嬉しくてもう一度言う。少女はこっちを見ようともしないで本を読んでいる。
「待ってて、今晩御飯作るから」
急いで自室に向かった。疲れが吹き飛んだ。今の心地なら、料理も苦には思えない。
「弘さん」
立ち上がった気配、そして視線を感じた。おれはゆっくりと振り返る。彼女の方から声をかけてくるなんて……。
「わたし、やっぱり学校行く」
目を見開く。驚いた。瑠璃は絶対に行く訳がないんだと思っていた。
「……そっか、ありがとう」
自然と笑みが浮かんで、優しい気持ちになる。今日のおれは幸せかもしれない。
「なんでお礼なんて言うの?」
「嬉しかったからさ」
「ふーん」
きちんと言葉が返ってくる。それだけで幸福がおれの中に満ちていく。
「で、どうするの?  学校に行くとなったら、色んな手続きが必要でしょ」
しかし、それを壊すような現実が響いた。
「えっ、あ、うん」
「わたしは戸籍までは偽装してないから、無戸籍者、存在しない人間。書類をどうするつもりなの?」
「…………」
学校に通わせる事だけを考えていて、そんな事はひとつも考えていない。段々と蒼白になっていくおれをジト目が見つめた。
「はぁ」
そのまま瑠璃は大袈裟にため息をつく仕草をすると
「分かった。わたしがやる」
瞳に微かな光を灯した。
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