パンドラ

須桜蛍夜

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退院すると、少女は宣言通りにおれの家にやって来た。
「覚悟はしてたけど、予想以上ね」
彼女は目を細め、相変わらずな声でそう言い、住居を見上げた。
「言いたいことは分かるよ」
苦笑する。目の前にあるのは、閑静な住宅街にそぐわないボロ屋。その気持ちはよく分かる。
「まぁ、仕方ないか」
呟いて、諦めた風に歩き出す。風に吹かれ、乱暴に切った様なショートヘアが揺れる。
――記憶を変えられるなら、おれなんかじゃなくて警部とかの娘になれば良かったのに。そしたら、もっと立派な家に住めただろうに……あれ?
「瑠璃ちゃん、なんでおれの記憶は書き換えなかったの?」
気づいた。彼女の不可解な行動に。おれにも娘と信じさせれば、もっと過ごしやすいだろうし、力の事も話す必要は無い。おれは止まった少女に視線を向ける。
「ただの気まぐれ」
苦い沈黙の後に返ってきたのは、あやふやな回答だった。気まぐれ、本当に? にわかには信じられない。楽さを気分で捨てる。そんなことをする子には思えなかった。顔を上げると、少女はどこか逃げるように去っていた。

家内に入ると、彼女はキョロキョロと辺りを見回し始める。小柄なこの子がそれをすると、小動物のようでなんだか可愛い。
「瑠璃ちゃんはそこの部屋を使っていいから」
もう少し見ていたい気はしたが、このままという訳にはいかずに声を掛ける。小動物は弾けたように後ろを振り向く。しかし、そこに居たのは、感情を持たない人形だった。
「ありがとう。あと、呼び捨てで良い。親子でちゃん付けとか不自然でしょ?」
なんでこの子を小動物だと思ったんだろう?  頭を掻く。今の彼女はそれとは全く似つかない。
「そうだね」
言い忘れていた返事をして、現実に立ち返る。瑠璃は目を細めたままじっとこっちを見つめていた。このまま気まずいし、何か会話を続けないと。言葉の無い緊張感に耐えかねて頭を回す。
「そうだ、服でも買ってきたら?  流石に渋谷とかの大きな店は無いけど、小さくて良ければ何軒かあるしさ」
彼女の服装は今、病院の売店で買った簡易なものだ。女の子がこれで満足するとは思えないし、きっと食いついてくるはず――。
「別にいい」
「へ?」
呆気なく破れた期待に、思わず間抜けな声が洩れた。
「適当に買ってきて」
聞き間違いじゃ無さそうだ。買い物が嫌いなのかな?  ……その答えは分からないけど、会話が途切れたことには違いない。話のネタを探さないと。そう思って辺りを見回してみても特に何も見つからない。おれは話すことを諦め、逃げるように夕飯の支度へと取り掛かる。
「瑠璃、嫌いな食べ物とかある?」
ようやく見つけたそれは一蹴された。包丁の音だけが響く空間は、より静寂を重くする。
「好きな――」
「ない」
今度は食い気味だった。まったくもって取り付く島がない。
「わたしに構わないで。人と関わるの嫌いだから、無視していい」
「えっ、でも、おれと瑠璃は親子だろ?  折角だし、何か……」
冗談じゃなかった。ひとつ屋根の下で互いに無視し合うなんて。
「あなたはただの父親役、赤の他人。特に関わる必要もないでしょ」
放たれた言葉はおれの心を抉った。父親役、赤の他人。確かに、彼女とは会ったばかりだし、何か知ってる訳でも無いけど、面と向かって言われると傷ついた。
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