5 / 158
朔
5
しおりを挟む
退院すると、少女は宣言通りにおれの家にやって来た。
「覚悟はしてたけど、予想以上ね」
彼女は目を細め、相変わらずな声でそう言い、住居を見上げた。
「言いたいことは分かるよ」
苦笑する。目の前にあるのは、閑静な住宅街にそぐわないボロ屋。その気持ちはよく分かる。
「まぁ、仕方ないか」
呟いて、諦めた風に歩き出す。風に吹かれ、乱暴に切った様なショートヘアが揺れる。
――記憶を変えられるなら、おれなんかじゃなくて警部とかの娘になれば良かったのに。そしたら、もっと立派な家に住めただろうに……あれ?
「瑠璃ちゃん、なんでおれの記憶は書き換えなかったの?」
気づいた。彼女の不可解な行動に。おれにも娘と信じさせれば、もっと過ごしやすいだろうし、力の事も話す必要は無い。おれは止まった少女に視線を向ける。
「ただの気まぐれ」
苦い沈黙の後に返ってきたのは、あやふやな回答だった。気まぐれ、本当に? にわかには信じられない。楽さを気分で捨てる。そんなことをする子には思えなかった。顔を上げると、少女はどこか逃げるように去っていた。
家内に入ると、彼女はキョロキョロと辺りを見回し始める。小柄なこの子がそれをすると、小動物のようでなんだか可愛い。
「瑠璃ちゃんはそこの部屋を使っていいから」
もう少し見ていたい気はしたが、このままという訳にはいかずに声を掛ける。小動物は弾けたように後ろを振り向く。しかし、そこに居たのは、感情を持たない人形だった。
「ありがとう。あと、呼び捨てで良い。親子でちゃん付けとか不自然でしょ?」
なんでこの子を小動物だと思ったんだろう? 頭を掻く。今の彼女はそれとは全く似つかない。
「そうだね」
言い忘れていた返事をして、現実に立ち返る。瑠璃は目を細めたままじっとこっちを見つめていた。このまま気まずいし、何か会話を続けないと。言葉の無い緊張感に耐えかねて頭を回す。
「そうだ、服でも買ってきたら? 流石に渋谷とかの大きな店は無いけど、小さくて良ければ何軒かあるしさ」
彼女の服装は今、病院の売店で買った簡易なものだ。女の子がこれで満足するとは思えないし、きっと食いついてくるはず――。
「別にいい」
「へ?」
呆気なく破れた期待に、思わず間抜けな声が洩れた。
「適当に買ってきて」
聞き間違いじゃ無さそうだ。買い物が嫌いなのかな? ……その答えは分からないけど、会話が途切れたことには違いない。話のネタを探さないと。そう思って辺りを見回してみても特に何も見つからない。おれは話すことを諦め、逃げるように夕飯の支度へと取り掛かる。
「瑠璃、嫌いな食べ物とかある?」
ようやく見つけたそれは一蹴された。包丁の音だけが響く空間は、より静寂を重くする。
「好きな――」
「ない」
今度は食い気味だった。まったくもって取り付く島がない。
「わたしに構わないで。人と関わるの嫌いだから、無視していい」
「えっ、でも、おれと瑠璃は親子だろ? 折角だし、何か……」
冗談じゃなかった。ひとつ屋根の下で互いに無視し合うなんて。
「あなたはただの父親役、赤の他人。特に関わる必要もないでしょ」
放たれた言葉はおれの心を抉った。父親役、赤の他人。確かに、彼女とは会ったばかりだし、何か知ってる訳でも無いけど、面と向かって言われると傷ついた。
「覚悟はしてたけど、予想以上ね」
彼女は目を細め、相変わらずな声でそう言い、住居を見上げた。
「言いたいことは分かるよ」
苦笑する。目の前にあるのは、閑静な住宅街にそぐわないボロ屋。その気持ちはよく分かる。
「まぁ、仕方ないか」
呟いて、諦めた風に歩き出す。風に吹かれ、乱暴に切った様なショートヘアが揺れる。
――記憶を変えられるなら、おれなんかじゃなくて警部とかの娘になれば良かったのに。そしたら、もっと立派な家に住めただろうに……あれ?
「瑠璃ちゃん、なんでおれの記憶は書き換えなかったの?」
気づいた。彼女の不可解な行動に。おれにも娘と信じさせれば、もっと過ごしやすいだろうし、力の事も話す必要は無い。おれは止まった少女に視線を向ける。
「ただの気まぐれ」
苦い沈黙の後に返ってきたのは、あやふやな回答だった。気まぐれ、本当に? にわかには信じられない。楽さを気分で捨てる。そんなことをする子には思えなかった。顔を上げると、少女はどこか逃げるように去っていた。
家内に入ると、彼女はキョロキョロと辺りを見回し始める。小柄なこの子がそれをすると、小動物のようでなんだか可愛い。
「瑠璃ちゃんはそこの部屋を使っていいから」
もう少し見ていたい気はしたが、このままという訳にはいかずに声を掛ける。小動物は弾けたように後ろを振り向く。しかし、そこに居たのは、感情を持たない人形だった。
「ありがとう。あと、呼び捨てで良い。親子でちゃん付けとか不自然でしょ?」
なんでこの子を小動物だと思ったんだろう? 頭を掻く。今の彼女はそれとは全く似つかない。
「そうだね」
言い忘れていた返事をして、現実に立ち返る。瑠璃は目を細めたままじっとこっちを見つめていた。このまま気まずいし、何か会話を続けないと。言葉の無い緊張感に耐えかねて頭を回す。
「そうだ、服でも買ってきたら? 流石に渋谷とかの大きな店は無いけど、小さくて良ければ何軒かあるしさ」
彼女の服装は今、病院の売店で買った簡易なものだ。女の子がこれで満足するとは思えないし、きっと食いついてくるはず――。
「別にいい」
「へ?」
呆気なく破れた期待に、思わず間抜けな声が洩れた。
「適当に買ってきて」
聞き間違いじゃ無さそうだ。買い物が嫌いなのかな? ……その答えは分からないけど、会話が途切れたことには違いない。話のネタを探さないと。そう思って辺りを見回してみても特に何も見つからない。おれは話すことを諦め、逃げるように夕飯の支度へと取り掛かる。
「瑠璃、嫌いな食べ物とかある?」
ようやく見つけたそれは一蹴された。包丁の音だけが響く空間は、より静寂を重くする。
「好きな――」
「ない」
今度は食い気味だった。まったくもって取り付く島がない。
「わたしに構わないで。人と関わるの嫌いだから、無視していい」
「えっ、でも、おれと瑠璃は親子だろ? 折角だし、何か……」
冗談じゃなかった。ひとつ屋根の下で互いに無視し合うなんて。
「あなたはただの父親役、赤の他人。特に関わる必要もないでしょ」
放たれた言葉はおれの心を抉った。父親役、赤の他人。確かに、彼女とは会ったばかりだし、何か知ってる訳でも無いけど、面と向かって言われると傷ついた。
0
あなたにおすすめの小説
男装の薬師は枯れぬ花のつぼみを宿す
天岸 あおい
ファンタジー
久遠の花と呼ばれる優秀な薬師の一族。
そんな彼らを守り続けていた、守り葉と呼ばれし者たち。
守り葉として育てられた子供・みなもだったが、ある日隠れ里を襲われ、生き別れた姉・いずみや仲間たちとの再会を夢見て薬師として生きながら、行方を捜していた。
そんなみなもの元へ現れた、瀕死の重傷を負った青年レオニード。
彼との出会いがみなもの運命の歯車を動かしていく―――。
男装の麗人で、芯が強くて自分の手を汚すことを厭わない主人公と、そんな一筋縄ではいかない主人公を一途に想う、寡黙で真面目な青年の物語。
R18ではありませんが、後半は大人向けの展開になっています。
※他サイトで公開していたものを改題・改稿しております。
※今作は非BLです。期間限定で掲載致します。
私は私で幸せになりますので
あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。
ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。
それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。
最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。
ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?
ねーさん
恋愛
アイリスは十六歳の誕生日の前の日に、姉ヴィクトリアと幼なじみジェイドと共に馬車で王宮に向かう途中、事故に遭い命を落とした───はずだったが、目覚めると何故か事故の日の朝に巻き戻っていた。
何度もその日を繰り返して、その度事故に遭って死んでしまうアイリス。
何度目の「今日」かもわからなくなった頃、目が覚めると、そこにはヴィクトリアの婚約者で第三王子ウォルターがいた。
「明日」が来たんだわ。私、十六歳になれたんだ…
はらぺこ令嬢は侯爵様を満たしたい
有栖
ファンタジー
エルヴィラはいつもお腹を空かせている子供だった。あまりに大食いするので心配した両親が医者に連れていくと、それは彼女が持つ魔力量のせいだとわかる。彼女は多すぎる魔力を維持するため、いつも疲れるほど食べ続けていなければならなかった。しかしひとつだけ、有り余る魔力を放出する方法があった。料理だ。彼女が作る料理には、魔力がたっぷりこめられているのである。そんな彼女の元へある日、知らせが訪れる。
※食事の描写は普通の日本のお料理になっています
処刑を望んだ悪役令嬢ですが、幼なじみの騎士が手放してくれません
藤原遊
恋愛
「私は処刑される運命の悪役令嬢――そう信じて、死を望んでいた。
けれど、幼なじみの騎士は『この命に代えても守る』と離してくれなくて……?」
侯爵令嬢アメリアは、幼い頃から「悪役令嬢」として囁かれてきた。
その冷たい視線と噂の中で、彼女は静かに己の役目を受け入れていた――。
けれど、すべてを遠ざけようとする彼女の前に現れたのは、まっすぐに想いを示す幼なじみの騎士。
揺らぐ心と、重ねてきた日々。
運命に逆らえないはずの未来に、ほんの少しの希望が灯る。
切なく、温かく、甘やかに紡がれる悪役令嬢物語。
最後まで見届けていただければ幸いです。
※ 攻略対象の叔母である悪役令嬢に転生したけれど、なぜか攻略対象の甥に激重に愛されてます
にて、親世代の恋愛模様を描いてます。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる