パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

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「おう、西山、お疲れ。なかなかでかいヤマだったんだろ?」
犯人を挙げ、重い身体を引きずっていると武田から声をかけられた。
「あぁ、今回は疲れた。あとのことは明日にして、今日はあがらせてもらうよ」
自分でも疲れてると感じる笑みを浮かべて荷物をまとめる。今回は本当に厄介だった。
「おう、お疲れ。ゆっくり休めよ」
ヘラヘラとした男は、さりげなく労いの言葉をかけてくれる。こういう優しさをみせるから、どうしてもこいつを憎めない。
「あ、そうだ、武田。なんか女子高生が喜びそうな所とか知らねぇか?」
「ん、瑠璃ちゃんか?」
「あぁ、しばらく家に帰れなかったしさ、なんかできねぇかと思って」
「またまた~、親バカですなぁ。弘たんは」
奴は面白がってるとしか思えない笑顔で近づいてきた。
「瑠璃ちゃんも高校生なんですから、そんな心配しなくても大丈夫でしょうに」
ニヤニヤとした彼に、毎度のことながら相談する相手を間違えたなと感じる。
「いや、そうなんだろうけどさ。おれが瑠璃と仲良くなりたいんだよ。会話はしてくれっけど、向こうから話しかけてくれることはほとんど無いし、おれのことなんて居てもいなくても同じって感じだし……」
それでも本音を話してしまうのは、この男が態度以上に優しいことを知ってるからなんだろうな。
「まぁ、いきなり環境が変わったんだ、しょうがねぇだろ。ゆっくり時間をかけるべきだと思うぜ」
慰めるかのように肩に手を置く武田は、やっぱり優しい。そうだよな、焦ったって仕方ないよな。無視されていたことを考えると、少しは進歩してんだ。まずはそれだけでも良しとしないとな。何かが弾けた気がした。信頼なんてそんな簡単にできるもんじゃない。当たり前のことを忘れてた。ちょっと気持ちが軽くなる。少し癪だが、武田の言葉はいつも的確でありがたい。やっぱり素直に礼を言うべき……だよな。おれは恥ずかしさを堪えて武田を見つめた。でも――。
「ってか、その辺の扱いはお前の方が心得てんだろ、プレイボーイが。若い奥さん口説いてんだからさ。ヒューヒュー、二人でラブラブと遊園地にでも行ってろ色男!」
そばに居たのは、人を喰った青年だった。武田はそのまま吹聴するように声をあげながら離れてく。なんなんだよ、せっかく礼を言ってやろうと思ったのに。まったくもってそんな気持ちは失せていた。おれはそのまま、踵を返して外へと向かう。奴のことなど気にしてたら身がもたない。
「聞いてくださいよ、田中さん。西山のヤロー、自分の娘に自分好みの服とか着させてニタニタしてるらしいっすよ」
足を止める。聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「怖いっすね。あいつ、昔は百人斬りの女殺しって言われたほど見境なかったですから。田中さんも気をつけてくださいよ」
「おい、武田」
ドスを効かせて声を出す。そんな大嘘を噂好きの田中さんに話すってことは、どんな目に遭っても文句言わねぇよな? 
荷物を置いて走り出す。武田、いっぺんシメてやる。
「うぉ、怖えっ」
奴は楽しそうに逃げ回る。おとなしく捕まれよ。必死に手を伸ばしても、あと少しで逃げられる。
――このっ……。
意地になって踏み出した一歩が、おれの手を彼へと届かせた。
「いい加減にしろ!」
響き渡った大声に、おれも奴も動きを止める。
「西山くん、武田くん、ここは小学校だったか?」
笑ってない目でこちらに近づく佐々木警部。やばい、本気で怒ってる。
「君らは警部補だっていう自覚はあるのか?  無いなら喜んで降格を申請してやるぞ」
「いえ、あの……あります。すみませんでした」
直角に頭を下げる。
「すみませんでした」
武田も続いた。空間を支配した怒気に対し、おれらは必死で謝ることしかない。
「反省してるか?」
「はい」
2つの声がほとんど同時に発された。これ以上なく真剣に。
「なら、仕事の増量くらいで許してやろう。丁度、厄介な案件があってな」
笑わない目で笑みを浮かべる。
「謹んでお受けいたします」
その瞳に促され、おれらはピシッと敬礼をした。
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