パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

16

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「そっか、でも私はあんたを止めたいから」
「……なら仕方ねぇな」
もたれ掛かっていた壁から離れ、巴と対峙する。女子としては背の高いこいつと男子にしては背の低い俺。目線はほとんど同じ。二つの視線が絡みあい、一歩、また一歩とその距離を縮める。そしてーー。
「覚悟しろ」
拳を握り、振り下ろす。
スカッ
「なんで避けんだよ」
「当たり前じゃん。殴られたくないもん」
……確かにそうだな。呆れ気味に?をかく。巴を殴るんだ、殴るしかないんだ。それしか考えていなかったから、避けられるなんて思ってもみなかった。
「ならーー」
再び覚悟を決め、拳を強く握る。もう外さねぇ。幼馴染みを睨みつけ、腕を振り上げる。巴の目にも警戒が浮かんだ。遊びは終わりだ。
「賢太郎、連れてきたぜ~」
緊迫した空気、二つの覚悟がぶつかる場に、突然、そぐわない声と見慣れた三人が飛び込んできた。
「タケシ、イチロウ。なんでお前ら……」
目を見開き、あまりの事に硬直する。こいつらは教室に置いてきたはずなのに、なんでーー。
「賢太郎が体育館裏にあいつを呼び出したって言ってたのに、普通に帰ろうとしてたからさ」
「呼び出しを無視するなんていい度胸だって無理やり引っ張ってきたんだ」
得意そうに語る二人組。連れてこられた転校生は、目を細めて興味なさそうにこちらを見つめていた。
「俺が呼んだのは巴だけどな。でも、いい所に来た。タケシ、イチロウ、こいつ、ボコるぞ」
笑みが浮かぶ。こいつらの馬鹿さ加減は予想以上だった。馬鹿すぎて笑えてくる。でも、こいつらが来た事で少し気持ちが楽になった。幼馴染みを傷つける。そんな行為が実感を失い始めた。
「……いいのかよ」
「本当にやるのか?」
「あぁ、やる。俺に逆らったんだからな」
いつもの自分、強者を演じる俺が戻ってくる。今ならなんでもできる。
「覚悟しろよ」
反響する声を合図に三人で巴を取り囲んだ。最初に仕掛けたのはタケシだった。長い腕を生かした鞭のような殴打で彼女に襲いかかる。しかし、巴はそれを難なく躱し、続くイチロウの拳もなんとかよけた。
ーーこいつ、無駄に運動神経良いからな。
でも流石に、続いた俺の膝蹴りは避けきれず、見事に巴の腹を抉る。続けて右の拳を唸らせ、幼馴染みの頭を上から下へと殴りつける。がくっと身体が崩れ落ち、そこにタケシとイチロウが殴りかかった。一方的な暴力。それに俺は興奮しはじめていた。あんなにも傷つけたくないと願った幼馴染み。だけど、それが目の前で痛みに喘ぎ、涙を堪える様を見ると、どうしようもなく楽しかった。考えてみれば、巴はいつも強者だったのだ。気が利いて、みんなに好かれて、勉強も運動もできる。そばにいる俺は、いつもこいつを羨んでいた。
ーーなんだ、こうすれば巴だって誰だって掌握できんだ。
強者を倒していけば俺だって強者になれる。タラクサカムの言うことは間違ってなんかいなかったんだ。興奮が湧き上がってくる。殴る、蹴る、堪えきれずに強気な巴が涙を流す。本当に最高だった。
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