パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

48

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***

朝の教室。周りがポツポツと会話が繰り広げる中、私はせっせと言葉を紡ぐ。

「そこで先生が怒り出してさーー」

話題を見つけ、なんとかぎりぎり間を持たせる。共通点も少なく、反応も無いから、ネタ探しには毎回本当に苦労する。

だけど、目の前の少女は、そんな苦労を知ってか知らずか私の方を見てすらくれない。

ーーほんと、何やってんだろう。

ぬかに釘。豆腐にかすがい。暖簾に腕押し。

ゴールの見えない、もしかしたらゴールなんて無いかもしれない事柄に、一生懸命になる自分。そんな、らしくない自身に心底呆れる。

ーーでも、これも惚れた弱みって奴か。

感情とは裏腹に、やめたい気持ちは湧いてこない。高校生活全部使ってでも絶対に成し遂げる。そんな気持ちの方が強い。

「じゃ、私、もう席戻るね」

だけど、今日はやめる。疲れた。残りは明日。慣れはしても、無反応はやっぱり堪える。

「は~ぁ」

立ち上がり、歩き出す。彼女は読書体勢のまま微動だにしない。

ーーまったく……。

「で、私と友達になる気は起こった?」

呆れ半分に吐くいつもの台詞。

「うん」

どうせ答えは決まっている。

「そっか、じゃあまた……」

ーーえ?

「今なんて?」

驚きに、腰が折れんばかりの勢いで振り返った。今、とてつもない言葉を聞いた気がする。

「あなたと友達になることにした」

黒い瞳がこっちを向く。声は淡白。視線は平静。その物言いは何も変わらぬ彼女のそれ。

「なんで……」

だけどそれは、わたしにとって恋い焦がれた一言だった。こんなに早く手に入る筈のない遠い言葉。

ーーなんで? なんでいきなりーー。

「私に友達居ないと、弘さんが悲しい顔するから」

ーー……弘さん。あぁ、そっか。

前にも聞いた事ある名前。きっと、彼女にとって特別な人物。そして、その人の為に西山さんはわたしと友達になる。

興奮していた気持ちに冷たさが混ざった。

「なら、その辺の適当な子とでも友達になれば。それで弘さん喜ばせりゃいいじゃん。その方が楽だよ」

言わなきゃいい言葉が口から出る。友達になってくれるって言うんだから、おとなしく享受しておけばいい。黙って受け入れればいい。その筈なのに。

どんな理由でもいいから、友達になって欲しい。そう思っていたのに。

いざ、弘さんを喜ばせる道具にされると納得しない自分がいた。

「それもいいけど、あなたの方が楽だから」

意外にも、彼女は提案を拒否する。

「なんで? 結構面倒くさいよ、私」

「うん、面倒くさい。だけど楽。このクラスでは、多分あなたが一番私を理解してるから。間の取り方が上手いから。面倒くさくても不快にはならない」

「…………」

「だから、あなたにする」

「そっか……」

笑顔を浮かべて手を差し出す。

「じゃあ改めてよろしくね。……瑠璃」

軽く、ポンッとボールみたいに弾んだ声で、彼女の名前を呼んでみる。友達になったんだから、呼び捨てくらい許されるだろう。今の私は大胆だ。

「よろしく、巴」

瑠璃は、その掌をじっと見つめると、それを掴んで私の名を呼ぶ。

こっちを向く黒い瞳。そこにははっきり私の姿が映っていた。
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