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盈月
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しとしとと鳴る雫の音階。それは、とても耳障り。
「なんで降るかな~。ほんと、嫌だわ~」
「毎日晴れなんて有り得ない」
「そりゃあそうだけどさ、せっかくの優雅なひとときを奪われたら愚痴りたくもなるじゃん」
私達はこの昼休み中ずっと、行き場もなく校内を巡っていた。無駄に階段を上って降りて、美術室前で作品を冷やかして、くだらない会話を繰り返す。……流石に飽きてきた。
「巴、こっち行こう」
突然、腕を引かれて横に曲がる。
「やぁ、楽しそうだね」
同時に、遠くから声がかかった。しかし彼女は振り返りもせず止まらない。
「いいの?」
「いい」
パタパタと足音は響き、次第に速度を上げて進んでいく。逃げるように、会話も無しに歩き続ける。そして、曲がり角を曲がるとーー。
目の前に、後ろにいたはずの校務員、吉田さんが立っていた。
「なんで……?」
「そこのPTA会室を通ると早いんだ。私は君達よりも前からこの学校には居るからね、そういう事には詳しいんだ」
私の呟きに律儀に答えを返してくれる彼。優しい笑みで見守るようにこっちを見ている。
「何の用ですか?」
そこに無機質な問いが飛んだ。
「用って訳じゃないんだけどね、君が逃げるから。ただ、友達できたみたいで良かったって伝えたかっただけだよ」
「そうですか、ありがとうございます。では私達はこれで」
一方的に問答を打ち切り、腕を引いて瑠璃は吉田さんに背を向ける。
ーーどうしたの……?
腕を引く少女を見つめた。私を掴む手が小刻みに震えていた。
ーー吉田さんと何かあったの?
心の中で問いかけても、いつも通りに見える背中は何も答えてはくれない。
「…………」
後ろを向く。吉田さんと目が合った。
「二つの星は織姫彦星。願うだけでは天の川は埋まらない」
彼の口が動き、そんな言葉が紡がれる。
ーー織姫? 彦星?
全く意味は分からない。しかし、問う暇も無く彼の姿は遠くへ消えた。
黙々と歩く瑠璃。引かれる私。気づけば、教室の近くまでやってきていた。
「気にしない方がいいと思うよ」
ポツリと言われる。
「え? うん。まぁ、いつもよく分かんないしね」
吟遊詩人風の唄は吉田さんの専売特許。会話の端々に吟じているが、意味が分かる事の方が少ない。考えるだけ無駄。でもーー。
ーー二つの星、天の川。
今回は何故だか無視はできなかった。
「巴ーー」
ーー織姫、彦星、男と女。離れ離れ。
瑠璃の言葉もよく耳に入らない。何か今、気付いた気がした。
ーー願うだけ。埋まらない。
「あ」
突然、意味が分かった。瑠璃が足を止めて私の方を振り返る。まだ吉田さんの言葉を気にしている私を咎めるようにこっちを見てくる。
「ごめん。私、森本先生にプリント取りに来るように頼まれてたんだ。先戻ってて」
私はそこから逃げるように走り出した。
先生に呼ばれていたのは事実。言い訳としては丁度いい。
ーー天の川は埋まらない。
職員室へ向かう道中、彼の唄は絶える事なく頭の中に流れていた。
「失礼します。森本先生、プリント取りに来ました」
「こっちだ篠崎。遅かったじゃないか。来ないかと思ったよ」
「すいません、忘れてて」
職員室へ入り、謝りながらプリントを受け取る。会話も動作も淀みない。それでも意識は他にある。
ーーでもなんで、あの人は気づいたの? 私、そんなに分かりやすく悩んでた? それとも当てずっぽう?
「失礼しました」
職員室を出てまた走る。もうチャイムまではあまり時間が残っていない。
ーーまぁ、なんにせよ潮時だったって事か。元々、いつまでも逃げてられる訳でもないんだし。
心を決めた。誰かに唆されたからというのはどうにも気に喰わないが、仕方ない。
「じゃ、行動開始かな」
そして、恐れを隠すように口元に小さく笑みを作った。
「なんで降るかな~。ほんと、嫌だわ~」
「毎日晴れなんて有り得ない」
「そりゃあそうだけどさ、せっかくの優雅なひとときを奪われたら愚痴りたくもなるじゃん」
私達はこの昼休み中ずっと、行き場もなく校内を巡っていた。無駄に階段を上って降りて、美術室前で作品を冷やかして、くだらない会話を繰り返す。……流石に飽きてきた。
「巴、こっち行こう」
突然、腕を引かれて横に曲がる。
「やぁ、楽しそうだね」
同時に、遠くから声がかかった。しかし彼女は振り返りもせず止まらない。
「いいの?」
「いい」
パタパタと足音は響き、次第に速度を上げて進んでいく。逃げるように、会話も無しに歩き続ける。そして、曲がり角を曲がるとーー。
目の前に、後ろにいたはずの校務員、吉田さんが立っていた。
「なんで……?」
「そこのPTA会室を通ると早いんだ。私は君達よりも前からこの学校には居るからね、そういう事には詳しいんだ」
私の呟きに律儀に答えを返してくれる彼。優しい笑みで見守るようにこっちを見ている。
「何の用ですか?」
そこに無機質な問いが飛んだ。
「用って訳じゃないんだけどね、君が逃げるから。ただ、友達できたみたいで良かったって伝えたかっただけだよ」
「そうですか、ありがとうございます。では私達はこれで」
一方的に問答を打ち切り、腕を引いて瑠璃は吉田さんに背を向ける。
ーーどうしたの……?
腕を引く少女を見つめた。私を掴む手が小刻みに震えていた。
ーー吉田さんと何かあったの?
心の中で問いかけても、いつも通りに見える背中は何も答えてはくれない。
「…………」
後ろを向く。吉田さんと目が合った。
「二つの星は織姫彦星。願うだけでは天の川は埋まらない」
彼の口が動き、そんな言葉が紡がれる。
ーー織姫? 彦星?
全く意味は分からない。しかし、問う暇も無く彼の姿は遠くへ消えた。
黙々と歩く瑠璃。引かれる私。気づけば、教室の近くまでやってきていた。
「気にしない方がいいと思うよ」
ポツリと言われる。
「え? うん。まぁ、いつもよく分かんないしね」
吟遊詩人風の唄は吉田さんの専売特許。会話の端々に吟じているが、意味が分かる事の方が少ない。考えるだけ無駄。でもーー。
ーー二つの星、天の川。
今回は何故だか無視はできなかった。
「巴ーー」
ーー織姫、彦星、男と女。離れ離れ。
瑠璃の言葉もよく耳に入らない。何か今、気付いた気がした。
ーー願うだけ。埋まらない。
「あ」
突然、意味が分かった。瑠璃が足を止めて私の方を振り返る。まだ吉田さんの言葉を気にしている私を咎めるようにこっちを見てくる。
「ごめん。私、森本先生にプリント取りに来るように頼まれてたんだ。先戻ってて」
私はそこから逃げるように走り出した。
先生に呼ばれていたのは事実。言い訳としては丁度いい。
ーー天の川は埋まらない。
職員室へ向かう道中、彼の唄は絶える事なく頭の中に流れていた。
「失礼します。森本先生、プリント取りに来ました」
「こっちだ篠崎。遅かったじゃないか。来ないかと思ったよ」
「すいません、忘れてて」
職員室へ入り、謝りながらプリントを受け取る。会話も動作も淀みない。それでも意識は他にある。
ーーでもなんで、あの人は気づいたの? 私、そんなに分かりやすく悩んでた? それとも当てずっぽう?
「失礼しました」
職員室を出てまた走る。もうチャイムまではあまり時間が残っていない。
ーーまぁ、なんにせよ潮時だったって事か。元々、いつまでも逃げてられる訳でもないんだし。
心を決めた。誰かに唆されたからというのはどうにも気に喰わないが、仕方ない。
「じゃ、行動開始かな」
そして、恐れを隠すように口元に小さく笑みを作った。
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