63 / 158
盈月
55
しおりを挟む
数日が過ぎた。天の川は依然として流れ続けて二つの星は別れたまま。何の変化も起こらない。
ーー予想以上にヘタレだったって事か。
それは、諦めをつけるには充分な日々だった。
"あいつは前に進めない"
見切りをつける。釈然としない気持ちを願いとともに投げ捨てて、今まで通りを受け入れる。別に難しい事じゃない。
そう気持ちに整理をつけ始めた頃、私達の前にあいつが姿を現した。
「西山」
いつの間に先回りしたのか、帰り道を歩く私達の行く先を塞ぐように彼は立っていた。両の拳を握りしめ、じっと何かを堪えるように身体を強張らせて。
「何?」
鈴の音。
賢太郎はビクッと身体を震わせるが、何も言わないまま俯き加減に黙り込んだ。
静かな空気。吹き抜ける風。それはどこか湿っぽさを含んでいる。
「用がないなら帰るけど」
彼を居ないものとして無造作にその横を通り過ぎる瑠璃。
「あ……」
「待ってよ」
慌ててその背中を追いかけた。横目に見えた幼馴染み。それは、小刻みに震えていた。
人に謝罪するというのは案外難しいものだ。謝罪というのは、負けを認める事で、過去の自分の正当性を捨てる事だから。だから怖い。
彼は、その恐怖を乗り越えようともがいている。もがいているけど、少し足りない。ゴールはすぐ目の前なのに、その一歩の怖さを乗り越えられない。
苦しんでいる幼馴染み。望み通りに動き出した展開。
私なら彼を助けられる。緊張を解き、優しく背中を押して全てを上手く進ませられる。それが一番楽で傷の少ない、最高の解決方法。
「ねぇ、アイスでも食べに行かない? 駅前に美味しい店できたんだけど」
「行かない。面倒くさい」
「えー。友達なんだしさ、私、瑠璃とどっかに遊びに行きたいんだけど」
「面倒くさい」
だけど私は、最良解を選ばなかった。
「…………」
賢太郎は物を言わずに動かない。あれはただの透明人間。私達の空間に彼は存在しない。 広がっていく天の川。そこの角を曲がったら、きっと川は崖になる。
「じゃ、アイス奢るからさ。行こうよ」
「また今度ね」
「えっ、今度なら行ってくれーー」
「西山!」
角を曲がる直前だった。大声が私達を貫いて、透明人間が姿を現す。瑠璃は、面倒くさそうに振り返る。私もそれに倣って後ろを向いた。
「本当にすみませんでした」
あいつは、地面に地面に座り込んで深々と土下座をしていた。
「お前の言った通りだった。西山は何をしても動じないからって、大丈夫なんだって、罪悪感を感じないようにしてた。俺が見下して、支配しようとした人間に頭なんて下げたくなかったから。そして、恐かったから。だからーー」
「謝る必要なんてないって言ったでしょ。それだけならもう帰る」
心底興味のない瞳。それが賢太郎から離れていく。止めた足を動かして彼の決意を受け流す。
「西山!」
もう彼女は止まらない。無駄な事に時間を割かない。そのまま角の向こうへ消えていく。
「……ちっ」
賢太郎が吹っ切れたように走り出す。
「俺さ、昔、闇街の奴らに殴られた事があるんだ」
そして、がむしゃらに叫んだ言葉が瑠璃の足を止めさせた。
「闇街……?」
「学校の反対側にあるこの街の半分くらいを占める場所。警察も容認している本当の無法地帯。日本の法が適用されない所」
瑠璃は少し興味を持ったのか、無表情で続きを促す。
「で、俺、幼稚園くらいの時に間違って入っちまって殴られた。ガンつけたとかって理不尽な理由だったと思うけど、ボロボロになるまで暴力を振るわれた。恐かった。痛かった。もう俺は死ぬんだって幼心に確信した。そん時からだ、強い奴がどうしようもなく恐くなったのは」
聞いていると心が痛んだ。私は、あの時の事をはっきりと覚えている。
「賢太郎が怪我で入院した」と聞いて駆けつけた。あいつの身体は気持ち悪いほどに腫れ上がっていた。「恐いよ、恐いよ」とうなされるように泣きじゃくっていた。自分はあまりに無力だった。「恐くないから、痛くないから、大丈夫だから」そう言う事しかできなかった。私が悪いのに。私が諦めなかったら、そんな事にはならなかったかもしれないのに。
「それで、強者を演じた。いじめをして、強さに酔えば、恐怖を和らげられた。悪い事だって分かってたけど、やめられなかった」
「結局、何が言いたいの?」
鋭い声がすべてを切り裂く。私の心の重さも、あいつの懺悔も全てが砕けて塵と化す。
「……俺、西山に感謝してるんだ。お前のおかげで気づけたから、いじめじゃ強くなれねぇんだって。頭の中だけじゃなく、実感として。だからいじめをやめられた。ありがとう」
「わたしは何もしてない。あなたは勝手にそうなった」
「でも、俺は助かった。それに、お前が何と言おうと、俺はお前を傷つけた。許されない事をした。だから……だから、罪滅ぼしっていうのかな。お前のために何かしたい。自己満足かもしれねぇけど、なんかしなきゃいけねぇんだ」
「勝手にすれば」
会話は終わった。瑠璃は遠くへ消えていく。
「ふぅ……」
賢太郎が心の底から息を吐いた。全身がホッと緊張を解く。
「お疲れ様」
彼の隣に立って、頭を撫でた。
「やめろよ」
文句は言ってくるが、疲れているのか、払う事はしてこない。
「良かった。これで一歩前進だね」
「あぁ」
「という訳で、明日から一緒に帰ろうね」
「あぁ。……ってなんでだよ!?」
「だって、仲直りしたんだから、二人には仲良くなって欲しいでしょ。瑠璃は友達、賢太郎も友達。なら、二人が友達になれば便利だもん」
「便利って……」
「拒否権はなしだから」
言い捨てながら走り出した。後ろから声がするけど気にしない。今は、軽くなった心で輝く明日を感じたい。二つの星が繋がる様を考えたい。
「置いてくなんてひどいじゃん」
そして私は、嬉しさを全てぶつけるように友人の背中へ飛びついた。
ーー予想以上にヘタレだったって事か。
それは、諦めをつけるには充分な日々だった。
"あいつは前に進めない"
見切りをつける。釈然としない気持ちを願いとともに投げ捨てて、今まで通りを受け入れる。別に難しい事じゃない。
そう気持ちに整理をつけ始めた頃、私達の前にあいつが姿を現した。
「西山」
いつの間に先回りしたのか、帰り道を歩く私達の行く先を塞ぐように彼は立っていた。両の拳を握りしめ、じっと何かを堪えるように身体を強張らせて。
「何?」
鈴の音。
賢太郎はビクッと身体を震わせるが、何も言わないまま俯き加減に黙り込んだ。
静かな空気。吹き抜ける風。それはどこか湿っぽさを含んでいる。
「用がないなら帰るけど」
彼を居ないものとして無造作にその横を通り過ぎる瑠璃。
「あ……」
「待ってよ」
慌ててその背中を追いかけた。横目に見えた幼馴染み。それは、小刻みに震えていた。
人に謝罪するというのは案外難しいものだ。謝罪というのは、負けを認める事で、過去の自分の正当性を捨てる事だから。だから怖い。
彼は、その恐怖を乗り越えようともがいている。もがいているけど、少し足りない。ゴールはすぐ目の前なのに、その一歩の怖さを乗り越えられない。
苦しんでいる幼馴染み。望み通りに動き出した展開。
私なら彼を助けられる。緊張を解き、優しく背中を押して全てを上手く進ませられる。それが一番楽で傷の少ない、最高の解決方法。
「ねぇ、アイスでも食べに行かない? 駅前に美味しい店できたんだけど」
「行かない。面倒くさい」
「えー。友達なんだしさ、私、瑠璃とどっかに遊びに行きたいんだけど」
「面倒くさい」
だけど私は、最良解を選ばなかった。
「…………」
賢太郎は物を言わずに動かない。あれはただの透明人間。私達の空間に彼は存在しない。 広がっていく天の川。そこの角を曲がったら、きっと川は崖になる。
「じゃ、アイス奢るからさ。行こうよ」
「また今度ね」
「えっ、今度なら行ってくれーー」
「西山!」
角を曲がる直前だった。大声が私達を貫いて、透明人間が姿を現す。瑠璃は、面倒くさそうに振り返る。私もそれに倣って後ろを向いた。
「本当にすみませんでした」
あいつは、地面に地面に座り込んで深々と土下座をしていた。
「お前の言った通りだった。西山は何をしても動じないからって、大丈夫なんだって、罪悪感を感じないようにしてた。俺が見下して、支配しようとした人間に頭なんて下げたくなかったから。そして、恐かったから。だからーー」
「謝る必要なんてないって言ったでしょ。それだけならもう帰る」
心底興味のない瞳。それが賢太郎から離れていく。止めた足を動かして彼の決意を受け流す。
「西山!」
もう彼女は止まらない。無駄な事に時間を割かない。そのまま角の向こうへ消えていく。
「……ちっ」
賢太郎が吹っ切れたように走り出す。
「俺さ、昔、闇街の奴らに殴られた事があるんだ」
そして、がむしゃらに叫んだ言葉が瑠璃の足を止めさせた。
「闇街……?」
「学校の反対側にあるこの街の半分くらいを占める場所。警察も容認している本当の無法地帯。日本の法が適用されない所」
瑠璃は少し興味を持ったのか、無表情で続きを促す。
「で、俺、幼稚園くらいの時に間違って入っちまって殴られた。ガンつけたとかって理不尽な理由だったと思うけど、ボロボロになるまで暴力を振るわれた。恐かった。痛かった。もう俺は死ぬんだって幼心に確信した。そん時からだ、強い奴がどうしようもなく恐くなったのは」
聞いていると心が痛んだ。私は、あの時の事をはっきりと覚えている。
「賢太郎が怪我で入院した」と聞いて駆けつけた。あいつの身体は気持ち悪いほどに腫れ上がっていた。「恐いよ、恐いよ」とうなされるように泣きじゃくっていた。自分はあまりに無力だった。「恐くないから、痛くないから、大丈夫だから」そう言う事しかできなかった。私が悪いのに。私が諦めなかったら、そんな事にはならなかったかもしれないのに。
「それで、強者を演じた。いじめをして、強さに酔えば、恐怖を和らげられた。悪い事だって分かってたけど、やめられなかった」
「結局、何が言いたいの?」
鋭い声がすべてを切り裂く。私の心の重さも、あいつの懺悔も全てが砕けて塵と化す。
「……俺、西山に感謝してるんだ。お前のおかげで気づけたから、いじめじゃ強くなれねぇんだって。頭の中だけじゃなく、実感として。だからいじめをやめられた。ありがとう」
「わたしは何もしてない。あなたは勝手にそうなった」
「でも、俺は助かった。それに、お前が何と言おうと、俺はお前を傷つけた。許されない事をした。だから……だから、罪滅ぼしっていうのかな。お前のために何かしたい。自己満足かもしれねぇけど、なんかしなきゃいけねぇんだ」
「勝手にすれば」
会話は終わった。瑠璃は遠くへ消えていく。
「ふぅ……」
賢太郎が心の底から息を吐いた。全身がホッと緊張を解く。
「お疲れ様」
彼の隣に立って、頭を撫でた。
「やめろよ」
文句は言ってくるが、疲れているのか、払う事はしてこない。
「良かった。これで一歩前進だね」
「あぁ」
「という訳で、明日から一緒に帰ろうね」
「あぁ。……ってなんでだよ!?」
「だって、仲直りしたんだから、二人には仲良くなって欲しいでしょ。瑠璃は友達、賢太郎も友達。なら、二人が友達になれば便利だもん」
「便利って……」
「拒否権はなしだから」
言い捨てながら走り出した。後ろから声がするけど気にしない。今は、軽くなった心で輝く明日を感じたい。二つの星が繋がる様を考えたい。
「置いてくなんてひどいじゃん」
そして私は、嬉しさを全てぶつけるように友人の背中へ飛びついた。
0
あなたにおすすめの小説
ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?
ねーさん
恋愛
アイリスは十六歳の誕生日の前の日に、姉ヴィクトリアと幼なじみジェイドと共に馬車で王宮に向かう途中、事故に遭い命を落とした───はずだったが、目覚めると何故か事故の日の朝に巻き戻っていた。
何度もその日を繰り返して、その度事故に遭って死んでしまうアイリス。
何度目の「今日」かもわからなくなった頃、目が覚めると、そこにはヴィクトリアの婚約者で第三王子ウォルターがいた。
「明日」が来たんだわ。私、十六歳になれたんだ…
仮面王の花嫁
松雪
恋愛
婚約者を腹違いの妹に奪われ、新しい相手も見つからず修道院に行く覚悟を決めたルチア。修道女となるため髪を切った日の夜、王城から「国王がルチアを妻に望んでいる」という書簡を持った使者がやって来た。
しかし、従兄弟であり恋仲だったニールが国王のせいで死に至った過去を持つルチアは、国王からの求婚を喜べずーー。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜
青空ばらみ
ファンタジー
一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。
小説家になろう様でも投稿をしております。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
記憶をなくしても君は忘れない
水城ひさぎ
恋愛
本田光莉(ほんだひかり)、アメリカ・ロサンゼルス在住フォトグラファー、28歳。光莉には、松村理乃(まつむらりの)という同い年の異母姉がいる。行方不明になった理乃を探すため、日本へやってきた光莉は、高校時代の元カレ、月島拓海(つきしまたくみ)と再会する。しかし、彼は高校時代以降の記憶を喪失していた……。
結婚前夜に婚約破棄されたけど、おかげでポイントがたまって溺愛されて最高に幸せです❤
凪子
恋愛
私はローラ・クイーンズ、16歳。前世は喪女、現世はクイーンズ公爵家の公爵令嬢です。
幼いころからの婚約者・アレックス様との結婚間近……だったのだけど、従妹のアンナにあの手この手で奪われてしまい、婚約破棄になってしまいました。
でも、大丈夫。私には秘密の『ポイント帳』があるのです!
ポイントがたまると、『いいこと』がたくさん起こって……?
【完結】親の理想は都合の良い令嬢~愛されることを諦めて毒親から逃げたら幸せになれました。後悔はしません。
涼石
恋愛
毒親の自覚がないオリスナ=クルード子爵とその妻マリア。
その長女アリシアは両親からの愛情に飢えていた。
親の都合に振り回され、親の決めた相手と結婚するが、これがクズな男で大失敗。
家族と離れて暮らすようになったアリシアの元に、死の間際だという父オリスナが書いた手紙が届く。
その手紙はアリシアを激怒させる。
書きたいものを心のままに書いた話です。
毒親に悩まされている人たちが、一日でも早く毒親と絶縁できますように。
本編終了しました。
本編に登場したエミリア視点で追加の話を書き終えました。
本編を補足した感じになってます。@全4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる