舞姫【後編】

深智

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決意

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「みちるも薄々分かっていたと思うけど、俺達は、故郷すらも無い、孤児なんだ」

 保の話は、三人の素性から始まった。みちるは以前、ローザのマスターだった慎二の言葉を思い出した。

『僕達の故郷は今はもう無いんだ』

 保さんにも麗子さんにも、星児さんにも、身寄りは無いの?

 悲哀の感情押し寄せ、心が締まる。保が語り始めた話にみちるは静かに耳を傾けた。

 生まれ育った集落は焼失し、逃げ延びたのは自分達だけだった事。助けてくれたのはローザのマスター慎二だった事。涙を溜めて黙って聞き入るみちるに、もう昔の事だから、と保は優しくキスをした。

 保は、自分と星児が這い上がる為に糧としてきた〝復讐心〟があった事には触れなかった。みちるには話すべきでは無いと判断した。

 今は、これから話す真実の他の、余計な憂慮を与えるべきではない。

「それで、家も家族も失った俺達は離島の小さな教会に引き取られてそこで育ったんだ。俺は高校卒業の十八まで。星児は高校中退したから十七まで。でも姉貴は」

 保は一旦言葉をきった。真っすぐに見上げるみちるの潤んだ瞳に萎えたのだ。

 これは話すべき事なのか。目を閉じ、深呼吸をする。

 麗子と星児の過去は、ここまで自分達に深く関わったみちるには知る権利がある。知らなければいけないだろう。

 意を決し、保は再び口を開いた。

「姉貴は、俺らよりも数年先に島を出た。養子として引き取られて」

 みちるは「あ、」と声を出した。

「だから、保さんと名字が違うの」
「そういう事」

 保の緊張が少し解れ、みちるの額に軽く唇を寄せた。この先は、辛い内容が続く。保はゆっくりと話していく。

「その、引き取られた先が、最悪だった。姉貴は島を出て数年して、引き取った桑名という男と所在不明になってしまった」
「そんな……」

 言葉出ないみちるに保は頷き続けた。

 麗子は高校卒業後、養父となった桑名という男にストリップ劇場に売られていた。売られた先の劇場というのが、今の香蘭劇場だったのだ。

 当時は、ストリップのショーよりも客に、踊り子との本番をさせるような酷い中身だった。その中にいた麗子を、星児がやっと見つけだし、救い出す為に乗り込み、傷害事件を起こしたのだ。

「星児は、姉貴を探す為に高校を中退して上京したからね。やっと見つけた姉貴が、幸せに暮らすどころかストリッパーになっていて、その上、それ以上の事をさせられていて……」

 保自身にも辛い過去だった。実の姉の地獄の日々を知らされた時のショックは今でも忘れられない。

 みちるは何も言わずに保を強く抱き締め、顔を埋めた。大丈夫、私がいます、そう言っているように感じ、保は微笑んだ。頭を撫でる。

「大丈夫だよ、みちる」

 みちるは胸に顔を埋めたまま頷いていた。背中を優しく擦り、続けた。

「星児は、傷害事件で捕まる前に桑名を捕まえて、警察に突き出すのも忘れなかった。姉貴に対する奴の罪も暴いてやった。自分だけが捕まったんじゃ、姉貴は救えないからね。奴が口を効けなくなるくらいボコボコにする、という余計な事もしてしまったんだけどね。星児は少年事件として立件されて。でも桑名の数々の悪行も白日の元に曝された」
 
 話しが一区切りしたのを見て取ったみちるは、静かに保に聞く。

「保さんは、その頃はまだ東京にいなかったの?」

 悲しそうに翳るみちるの真っ直ぐな瞳を見、保はゆっくりと首を振った。

「俺はもう東京にいたよ。大学の寮に入っていた。星児が俺を巻き込まない為に、連絡もしてこなかったんだ。随分経ってから慎ちゃんから聞いて。姉貴とは騒動が落ち着いてから再会した」

 複雑な表情を浮かべるみちるに、保はその言わんとする事を察して肩を竦めた。

「そうか、俺は実の弟なのに、って思うよな。俺達姉弟は育ってきた環境もあって、関係が少し希薄なのかもな。一応、裕福な家だったから、生まれた時から専属の子守みたいなのがいたんだ。姉弟としての繋がり方は、一般的な姉弟とは違うのかもしれない。考えてみたら、俺達姉弟は、星児を介して繋がっていると言っても過言じゃないんだ」

〝星児を介して〟

 保は少し遠くを見る目をした。

「姉貴は、実の弟である俺との繋がりより星児との繋がりの方が計り知れない強さがある」

 姉弟のような強い繋がりを持ち、恋人という関係を超越した、言葉で表現できない絆。

 話を聞き終えたみちるの胸が重く沈む。

 私の入り込む隙なんて、どこにも無いよ。どうして麗子さんあんな事を。

 みちるは再び保の胸に顔を埋めてしがみついた。

「みちる」

 保はみちるを優しく抱き留める。

 俺は何があっても君の傍にいるよ。




 事件の後、島の牧師は、桑名を信用し麗子を不幸にした、という罪の意識に苛まれた。島に戻っておいで、と麗子に言ったが、麗子は東京に留まった。

 星児の傍にいる為に。




「みちる、帰ろう」

 すっかり冷たくなってしまったみちるの肌を、保はいたわる。保に優しく抱かれ、みちるは頷いた。

「保さん」
「ん?」

 保を見上げるみちるがフワリと微笑んだ。

「キスを、してください」
「ああ」

 保も微笑み返し、みちるの少し乾いてしまった小さな唇に、優しく甘くキスをした。




「星児」
「どうした」

 火照る肌の熱が引き、少し冷たくなった麗子の身体を、星児は引き寄せた。ピタリと寄り添う麗子は星児の身体に腕を絡め、見詰め合う。

「星児は覚えているかしら。初めてキスをした日の事」

 再会して直ぐに星児が事件を起こしてしまい、二人の初めてのキスも、本当に結ばれたのも、意外と遅かった。

 けれどその分、麗子にとって初めてのキスもセックスも、本当に愛されている事を身体が確認出来た幸せの瞬間となった。

 あんな、優しくて甘いキスがあるなんて、初めて知った瞬間だったのよ。

 星児が麗子の頬に手を添え、優しく笑った。

「覚えてるよ。ちゃんと」

 麗子も柔らかに微笑んだ。

 初めての時のような、ドキドキとするような感覚が蘇る胸を抱えて甘く長いキスをする。ゆっくり離し、麗子が囁く。

「星児、ありがとう」

 星児が少し首を傾げ、麗子はフフと笑った。

「貴方は、私に女としての幸せをくれたのよ」

 でも。でもね、もう疲れてしまったの。

「麗子?」

 麗子の笑顔が悲しげに翳ったのを瞬時に見抜いた星児が探るような目で顔を覗き込んだ。鏡のような瞳から逃れるように麗子は星児の胸に頬を寄せた。

 星児の規則的な鼓動が身体の芯まで届く。麗子は目を閉じた。

 決して私を裏切らないであろう肌の温もり。けれど。

「星児が私を見つけてくれなかったら、私はきっと愛されることを知らずに一生を終えたわね」

 人の心は移ろうもの。

 顔を上げて、再びその躯を求めるように星児の上に跨がった。優しく伸びた手が躰を愛撫する。応えるように麗子の唇から嬌声が漏れた。

 移ろう心までは止められない。

「……ぁ……ん……」

 星児の唇がもたらす愛撫に麗子は小さく震えた。

「ほら、麗子」
「ん……っ」

 腰を持つ星児の手に力が入る。

 私は愛される幸せを知れただけで幸せ。

 そうよ、だからもう解放してあげる。

 星児、貴方を愛しているから。
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