舞姫【後編】

深智

文字の大きさ
14 / 56

温もり

しおりを挟む
 麗子を抱いた星児が出て行き静かにドアが閉まると、スタジオは保の息づかいとみちるの嗚咽のみが聞こえる静寂の空間となった。

「みちる」

 みちるは保の胸に埋めていた顔を上げた。優しい、ブラウンがかった暖色の瞳と視線がぶつかる。瞬間、堪えていたものが一気に奥底から込み上げた。

 唇を引き結ぶみちるに保は優しく語り掛けた。

「我慢してたんだろ? いいぞ、もう、誰もいない。思い切り泣いていい」
「あ……っ、う……」

 わぁあっ、とみちるは声を出して泣き出した。保はみちるを抱き締め静かに囁く。

「怖かったろ、ごめんな。姉貴が」

 みちるは保の腕の中で首を振った。

 謝らないで下さい。

 言いたい言葉も嘆きに呑み込まれて出てこない。みちるは何も言えず泣き続けた。

「みちる」

 保の胸に顔を埋めて暫し泣いていたみちるは、包み込むような優しい声にそっと顔を上げた。保はみちるの涙を指で拭う。

 頬に手を添え、唇を重ねた。

「……ん」

 余計な言葉などいらない。キスが、身体に残っていた微かな恐怖と悲哀と澱をゆっくりと拭っていった。

 みちるの腕が求めるように保にしがみついた。

 込み上げる激情は呼応する。絡めた舌を離し、唇が離れ目を見詰めた。

「保さん、抱いて下さい」
「……みちる」

 今は肌が欲しい。一人でいられない。ダイレクトな温もりがなければ崩れてしまう。

 微かに目を見開いた保だったが、瞳は直ぐに優しい色に変わった。

 保さんの優しさを温もりに変えて、沢山下さい!

 スーツの上着を脱ぎ捨てネクタイの結び目に指をかけ緩めた保はみちるを抱き締め、唇を重ねた。




 数時間前の事だ。保は夕刻、劇場のメンテナンスに入っていた業者から一日目の作業が終了した旨の連絡を出先でもらった。その時、業者の男が気になる事を言ったのだ。

『支配人さんという方がみえて、鍵は後で自分が締めますと仰ってまして。何でも、これから踊り子さんと会う約束があるとか』

 業者の男の報告を聞いた保は違和感を覚えた。

 姉貴が? 誰と会う?

 確かめる必要がありそうだ、と思った保は、どちらにせよメンテナンス作業の点検もあった為、劇場に足を向けた。

 劇場に着くと裏口で龍悟と会い、全てを察知した。



 誰もが激情を抱えて生きている。

 激情は何処で生まれ、何処へ流れてゆくのかなど、誰にも分からない。



「保さん、保さん……っ!」

 激しく求めしがみつくみちるの躰に応える保は、嬌声の漏れる唇を塞ぐようにキスをした。

 澱む感情を洗い流して――!

 保さんしか出来ないの。どんな時も私を受け止めてくれた保さんしか!

「みちる、みちる!」




 愛してる。

 喉元まで込み上げるその言葉を保は呑み込んだ。

 言葉にしなくとも、触れ合う肌が、絡めた指が、繋がる躰が呼応していた。

「あぁ……っ!」

 ビク……ッと震えたみちるの躰を逃さないように保はしっかりと抱き締めた。





「寒くないか?」
「大丈夫」

 みちるは保に身体を委ね、胸に顔を寄せて目を瞑った。二人は板張りの床に寄り添ったまま座っていた。

 熱を帯びた身体から、少しずつ体温が下がりつつあった。保は脱ぎ捨ててあった自分のスーツのジャケットをみちるの肩に掛けた。

 冬の入口にある季節。エアコンの入っていない館内は、少しばかり冷気を漂わせている。保は優しくみちるの手を取り、握った。

「温かい」

 みちるは保を見上げ微笑み、保はそっとキスをした。

「みちる」
「ん?」

 静寂の空間で保は静かに話し始めた。

「みちるにはまだ、俺達の過去話してなかったな。少し話そうか。特に、姉貴と星児の話を」

 みちるは保を見上げたまま、ゴクリと固唾を呑んだ。


「話そうな」

 みちるは静かに頷いた。




しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

処理中です...