舞姫【後編】

深智

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 二人の男が泣き崩れそうになった時、みちるがスミ子の膝からガバッと顔を上げた。

 舌を縫っており、口は効けない。キョロキョロと辺りを見回す。

「みちる、どうしたの?」

 スミ子に優しく聞かれ、ボロボロと涙を零した。

 探してる。

 スミ子も、星児も保も、直ぐに分かった。

 エミコを探しているんだ。

 スミ子はみちる抱き締め、優しく頭を撫でる。

「みちる、大丈夫。エミコおばあちゃんは物凄く強い女なの。こんな事くらいで死ぬような女じゃないのよ」

 スミ子に抱かれ、みちるは涙を流しながら頷いていた。そのまま、すぅ……とまた眠りに落ちていった。

 ショックが大きかったのだろう。

「精神安定剤を足してもらって、ちゃんと病室に寝かせましょう」

 みちるを抱くスミ子に星児と保は静かに頷いた。



 エミコは、意識はまだ戻らなかったが、容態は随分と落ち着いたようだった。

 集中治療室の前で三人が案じていると。

「エミコママが撃たれたって⁈」
「大丈夫なのか!」
「誰がやったんだ、ぶっ殺してやる!」

 看護師に抑えつけられながら、いい年の男達がドヤドヤと廊下を歩いて来た。

 中には、何処かで見かけた名士もいる。

「お気持ちは分かりますが、とりあえず静かに!」

 看護師に怒られながらも男達の気持ちは収まらない。

「エミコ!」
「一目顔を!」

 あらあら、とスミ子は苦笑いした。

「引退した元大臣のおじいちゃんもいるわ。みんなエミーを大好きな男達よ」

 改めて、エミコママの凄さを目の当たりにした星児と保は顔を見合わせ、肩を竦めた。

 星児は、スミ子にそっと耳打ちする。

「エミコママは一旦このおっさん達に任せて、俺らはみちるのそばに」
「ああ、そうね」

 東の空が白々と明るくなり始める時刻になっていた。




 みちるは薬が効いているのか落ち着き、よく眠っていた。

 保は眠るみちるの手を握り、星児は反対側に座り見守る。

 スミ子は、近くに置かれたソファに座っていた。

「ねぇ、セイジ」

 スミ子に呼ばれて星児は顔を上げた。

「セイジ、つい最近閉鎖した香蘭劇場の歴史、知ってる?」

 唐突な問いに星児は咄嗟に「香蘭の?」と問い返す。直後、「ああ」と思考を整理する。

「俺があそこを買い取った時に、あそこには主みたいな金造という爺さんがいたから、話は聞いてる。終戦直後の闇市時代からあるって。その後、経営者が何度も代わって、俺が最後だ。俺が、香蘭の歴史を閉じた」

 スミ子は「そう」と頷く。

「どんな経営者がいて、どんな踊り子が所属していたのか詳しくは知らない?」
「ああ、そこまでは聞いてない」

 金造は余計なお喋りまではしない老爺だった。

「けど、なんでいきなり香蘭? スミ姐は新宿長いけど、香蘭とは縁は無かっただろ?」

 保も頷いている。スミ子は困ったように肩を竦めた。

「実は、大有りなのよ。アタシは、アナタ達が思っているよりもずーっと昔から新宿にいるのよ」
「俺達が思うより?」
「そう、もう、四十年以上も前の話。アタシ、香蘭のヘアメイク担当の専属美容師だったんだから」

 星児も保も、口が効けない程の衝撃を受けていた。

「そんな事、一言も……」

 やっとの思いで口を開いた星児にスミ子は苦笑いを返した。

「ごめんね、長く生きていると忘れたい、消したい過去もあるものよ」

 スミ子にとって香蘭劇場での日々は、消した過去だったという事か。

「色々あってね。まあアタシの事はいいのよ。それよりも、みちるが香蘭で踊り子をしていたという事が、アタシとエミコをちょっと震わせる事実だったのよ」

 踊り子をさせていた、という事実か。

「それは本当にすまないと思ってる。エミコママに至っては、もう顔向けも出来ない。まさか、大事な孫にあんな仕事をーー」
「ううん、そんな事じゃなくて」

 頭を下げていた星児と保は「え?」と顔を上げた。

「もっと違う、根の深い事」
「根の、深い?」

 保はおうむ返しで呟き、星児は怪訝な顔をした。

「深いところで、思いもよらない繋がりが出来てしまっていた。みちるは、何か説明の出来ない強い力に導かれてアナタ達に出会って、香蘭のステージに立ったのよ、きっと」

 ゆっくり立ち上がったスミ子はみちるの側に来ると、空いている方の手を握った。

「もう、四十年も前の話。エミーは、マリーという、同じアメリカ人と日本人のハーフの女性と友達になったの。東京で偶然出会って、同い年同士だったから、直ぐに仲良くなったのね。そのマリーという女性が、ストリッパーだった」
「ストリッパー?」

 星児と保が同時に声をあげた。スミ子は、みちるに愛しげな視線を向けながら頷いた。

「マリーは、香蘭劇場のストリッパーだった」
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