ねぇ、大好きっていって

深智

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遼太の災難〜タイムリミット〜

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 腕の中で可愛く鳴くひよを愛して……いた筈の俺がなんで今車運転してんだ?



 深夜の国道。テールランプも疎ら。助手席に座るひよりの表情はわかんねーけど、バックミラーには。

 グロッキー状態のオカン。

 ミラーにはたまに、母さんの隣で困った顔をしているひまりさんが見える。顔の造作はひよとは違うが、時折見せる表情、特に眉尻下げた困った顔はよく似てる。

 どうしてこんな事態に陥っているかというと、数十分前にさかのぼる。



「あ……でんわ……」

 ひよに痛い思いは絶対にさせたくなかったから、大事に大事に、たくさん時間かけて、目一杯愛撫して……る最中、また電話に邪魔をされた。

 世の中に電話なんて無ければいい、なんて思ったのは生まれて初めてだった。

「どうしよう……遼ちゃん……」
「出た方がいいな。おじさんだったらまた大変なことになるだろ」

 そう言いながら、肩を竦めてひよの頭を優しく撫でた。

 俺にすがるような視線を送りながらひよはベッドから下り、机の傍に置いてあったコードレスフォンを取った。

「はい、え、ママ?」

 ひまりさん?

 嫌な予感しかしないぞ。

「遼ちゃん……、おばさんが酔い潰れちゃったから迎えに来て欲しいって、ママが」

 出たよ!

 予感的中かよ!

 あんのやろおぉぉ――!

 早くひよとヤれとか散々煽っといて妨害!?

 あり得ね――――!




 で、現在に至っている。

 我が母親ながら……くぅぅ――――! 赤信号で停車中、ハンドル握りしめて唸った。

「ごめんなさいね、遼ちゃん。私が沢山飲ませてしまって」
「いや、ひまりさんは気にしなくていいから……」

 気にしなくてもいいんですけど、ソイツ、どっかその辺に棄ててきてくれれば良かったんですけどね。

 それにしても、とバックミラーの中に映り込む母さんを見ながらひまりさんに聞いてみる。

「ところで、今夜はどのくらい?」
「え? あぁ、量ね。そうねぇ……ビールはそんなに飲まないから、ジョッキで3杯だけで……」

 ビール〝は〟ジョッキ3杯〝だけ〟。

「日本酒一升開けたんだけ、半分以上は私が飲んで、後はおけいちゃんも私もワインの方が好きだから2人でボトル……3本くらいかしら」

 なんて飲み方してんだよ。

 ひまりさんは、ザルとかいうレベルじゃない。ザルの網すらない、枠(ワク)だ。どんなに飲んでも全く酔わない。綺麗で優雅なまんま。

 若い頃、天使の微笑み浮かべてガバガバ酒呑んで数多の言い寄る男を潰したって武勇伝は母さんから聞いてる。

 ……ひよりもそうなるのかな。想像してブルッと震える。

 潰されるのは男だけじゃない。母さんはひまりさんと同じペースで呑むから毎回こんな事になる。で、ひまりさんにはあくまで悪意が無い。タチが悪い。いい加減、学習してくれ、どちらとも。

 ため息を吐きながら思う。兄貴達の心配のタネは多分この辺にあるんだろうけど、これはないだろ。

 突然母さんが口を押さえた。

「う゛っ! ぎ……ぎも゛ぢわ゛る゛……」

 ああ゛っ!?

「ちっ、ちょっと待て!!」

 俺の愛車汚したらマジで承知しねーぞ!!

「ひよっ! そこのダッシュボードにゴミ袋が!」
「え、どこ?」
「たいへんっ! おけいちゃんっここに吐いてっ」

 えぇえ゛っ!? ひまりさん!? それクッション―――!

「まてまてまてまて――――!」

 ひまりさん、もしかして酔ってる!? いや、もしかしてじゃなくて酔ってるよね!? 確実に、かなり酔ってるよね!?

「遼ちゃんっ! 前っ! 前見てっ! まえ――っ!」





 朝、味噌汁作ってると母さんがのっそりと顔を出した。その姿は、まるで冬眠から醒めたクマだ。

「ごめん、遼太。今日は一日寝てるわ」

 一生寝てろ、ゲロリアン。

「朝メシくらいは自分でできるからいいよ、別に。味噌汁作っておいたから、後で飲めよ」

 味見して……母さんが作るよりは美味い、と満足したところで。

「さんきぅ。……あ、遼太」

 冷蔵庫から卵を出そうとしていた俺に、部屋に戻りかけていた母さんが言った。

「この埋め合わせはちゃんとするからね」

 ウィンクしてみせた母さんに、飽きれながら俺は答える。

「アンタにはなんも期待してねーよ」

 つーか、何の埋め合わせだよ。

 キッチンから出て行こうとする母さんに俺は言う。

「俺が家出たら、昨夜のようにはいかないからな」
「分かってるって~」

 ガハハと笑う母さんに、はぁーっとため息をついた。

「あ、そうだ、家を出るで思い出した」

 出て行きかけた母さんが顔だけこちらを向けた。

「昨日の朝話したテツ叔父さんのマンションの件、進めちゃっていい?」
「え、ちょっと待てよ。随分と急じゃね?」
「あそこ立地がいいでしょ。だから、借して欲しいって人が何人かいるらしいの。でもテツ兄さん、遼太が住んでくれるなら、遼太に借したいって言ってて」

 テツ叔父さんっていうのは、母さんの兄貴だ。都内のマンションに住んでいる。

「テツ叔父さん、いつまでにどうすればいいって?」
「兄さん、年明け早々にはドイツ行っちゃうから、遅くとも1月中には入居して欲しいって」
「マジ急過ぎだろ」
「借りたい人を断るんだから、なるべく早く住んじゃって欲しいんだって」

 黙ってしまった俺に母さん、ニッと笑った。

「だから、早くひよちゃん捕まえなきゃダメよ、って母さん言ったじゃな~い」


 どの口が言ってるんだ。

 俺の気持ちを目一杯逆撫でし、母さんは能天気に鼻歌を歌いながら出て行った。

 あれは、悪魔かもしれん。

 もう一度、深くため息を吐いて考える。

 昨夜の事は、寸止めで良かったんじゃねえかな、とちょっと安堵してる自分もいる。

 自分の立場とか、常識とか、様々なことを考えてみれば今はまだ、俺はひよのことをとちゃんと考えて付き合わなければいけないんだ、と反省する。大人なんだって自覚、忘れたら絶対に後悔するから。

 ただ、そう呑気な事を言っていらないかもしれない。微かな焦りが、俺の中に生まれていた。




 以前から昼休みに喫煙室へ来る事は多かったが、最近はいる時間がかなり長い。理由は、ここから見える中庭だ。

 ひよりがよく猫と遊んでる。仲良しの沖島という子、最近どうも昼休みは一緒にいられなくなったらしい。

「ひよりちゃんのお友達には彼氏ができたらしいよ」

 何故か、喫煙のお供がいる事も増えた。東矢を横目で睨む。

「さすがだな。いち早く情報キャッチかよ、保健室のセンセ」
「常にアンテナ張り巡らせていますから」

 東矢がクククと笑った。

「大変だな、保健室のセンセも」

 皮肉を込めた言葉を投げつけてやり、フンと鼻で笑った俺は、窓の外に視線を戻した。

 ひよのミニスカートから出た膝が寒そうだ。風邪ひくなよー、なんてまるで保護者のような気持ちになってしまった自分に思わず苦笑してしまう。

 そろそろ職員室に戻ろう、とタバコを灰皿に押し付けて。

 二度見した。

 たかはし!?

「おやー? 誰かと思えば、遼太クンの教え子」

 口からタバコの煙を吐き出す東矢がニヤニヤしながら窓の外を見ていた。

「アイツ、手が早いから気ぃ付けた方がいいぜ」

 そんなことはわかってる! ひよりに何かしたらアイツ、ぶっつぶす。

 暫く様子を見ていたが、特に何をするわけでもなく。高橋はひよりと何か楽しそうに話しをしていた。その表情はから分かったことは。

 アイツ、マジなんだ。

 複雑な気持ちだった。別に、自分の高校時代に不満や後悔はない。いや、自分はむしろ充実した高校生活を送った方だと思う。でも――俺が今高校生だったら、大事な時間をひよりと共有する事ができたのに。そんな想いがこういうときに底知れず湧いてくる。

「だからぁ、遼太クン、年が離れ過ぎてんだよ」

 まるで見透かしたようなセリフに俺はキッと東矢を睨みつけた。

「誰にでも踏み込んじゃいけねー領域ってもんがあるって事、保健室のセンセなら分かんじゃねーの?」

 完全不機嫌モードに突入した俺の負のオーラに圧倒されたらしい東矢は肩を竦めて両手を軽く上げ、分かりません、のジェスチャー。

 ドカドカと足音も荒くドアに向かった時、背後から東矢の一言。

「部員との暴力沙汰だけは避けろよ」
「そこまでバカじゃねーよ」

 バン!と派手な音をたてて俺は喫煙室のドアを閉めた。



 放課後のグラウンド。部員達が準備を始めているところへ、着替えた俺が姿を現すと。

「ひらたあぁぁ――――――!」

 一瞬、耳を疑った。

 呼び捨て!?

「やっと監督と呼ぶようになったと思えば、一気に呼び捨てまで陥落かよ」

 高橋が思い切り俺にガン飛ばしている。全然こわくはねーけど、生意気とは違う〝睨み〟だった。

「俺と勝負しろ!!」

 は?

「俺と、1打席勝負しろ!!!」

 高橋が、握りしめたボールを見せて俺の前に仁王立ちしていた。

 そうか、この〝睨み〟は敵対心、てやつだ。
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