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カルテ4 〝彼〟の背中2
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立川駅の駅ビルの中に、しっとりと落ち着いたちょっぴり高級な飲み屋があった。
スタイリッシュなサラリーマンや、上品なOLさんのグループがお酒を楽しむ、落ち着いたお店だった。
いつもはカウンター席で呑むんだけど、今日は奥の個室に案内してもらった。
そのわけは。
「だぁって〝どうじょう〟じゃなくて〝きょうかん〟だったのにぃ。
ねぇ、ちひろぉ」
酒が入って泣き上戸とか、わたしはそんなタイプではなかったのだけど。
アルコールが回り始めて、堪えていた感情の箍が外れた。
親友を目の前にして涙が堰を切ったように溢れ出す。
「分かった分かった」
親友の近江千尋(おうみちひろ)がわたしの頭を撫でた。
千尋は大手航空会社の国際線CAをしていて、今日はオフで今実家に帰って来ている、とメールをくれた。
あんな事があった後、親友の声にわたしはいても立ってもいられなくなって「呑もうよっ」と泣き付き、今に至っている。
「菊乃はいっつも自分のことは後回しで、みんなの為に色々してくれるタイプだったものね。
だから、弁護士になったんでしょう?
困っている人を助けたかったのでしょう?
相手の気持ちになってしまうのでしょう?
いいのよ、それが菊乃なんだから」
さすがは高校から大学までずっと一緒だった友人。
「ちひろぉ~」
「はいはいよしよし」
個室で良かったわね、と千尋が苦笑いしていたけれど、恐らくカウンターでも泣き弱っていただろう、って思うくらい今は心がボロボロだった。
突っ伏して泣くわたしに、千尋が言う。
「菊乃は強がりだからあまり泣いたりしなかったけど、こんな風に泣いてわたしが慰めたこと、あったよね」
わたしが顔を上げると、千尋がの上品で美しい顔がニッコリ。
あ、なんか思い出したくないこと言いそう。
「大学のチアリーデイング部での事」
案の定。
大学時代の嫌な思い出ナンバーワンのエピソードを、千尋は話し出した。
「菊乃、野球部の応援以外は全然やる気出さなくて、2年の時、先輩達の〝ヤキ〟が入ったんだよね」
クスクス笑いながら話す千尋に、わたしは。
「もういいよ、その話し」
そう? と千尋は笑いながら日本酒のグラスに口を付けた。
そんな千尋を見てわたしは、もう……、と再び顔をテーブルに突っ伏した。
高校、大学、まで一緒だった遼太はずっと野球部だったから。
見ていたくて。
野球部の応援、チアなら傍で出来る。
しっかり形になった応援が出来る、なんて、今から思えば浅はかな理由で高校からチアに入った。
そこで千尋と知り合って仲良くなって、そのまま大学まで続けた。
今思えば、わたしの青春時代はぜーんぶ、遼太に捧げちゃったの。
でも結局、あれだけ燃え上がって……今のわたしは燃えカス?
仕事も、恋も、上手く行かない。
ため息吐いちゃう。
「なんか、ばかみたい、わたし……」
千尋の手がわたしの頭をもう一度撫でた。
「そんなことないよー。
ほら、ここにおんなじ迷える子羊がいますよー」
顔を上げると千尋は、蟹の甲羅で焼いたお洒落な焼き味噌を箸ですくいながらにっこり笑う。
わたしも笑ってしまう。
「もう子羊じゃないわね。
いい年した大人羊だわ」
「アハハ、そうね、ラムじゃなくて、マトンね」
わたし達は顔を見合わせて、大声で笑った。
スタイリッシュなサラリーマンや、上品なOLさんのグループがお酒を楽しむ、落ち着いたお店だった。
いつもはカウンター席で呑むんだけど、今日は奥の個室に案内してもらった。
そのわけは。
「だぁって〝どうじょう〟じゃなくて〝きょうかん〟だったのにぃ。
ねぇ、ちひろぉ」
酒が入って泣き上戸とか、わたしはそんなタイプではなかったのだけど。
アルコールが回り始めて、堪えていた感情の箍が外れた。
親友を目の前にして涙が堰を切ったように溢れ出す。
「分かった分かった」
親友の近江千尋(おうみちひろ)がわたしの頭を撫でた。
千尋は大手航空会社の国際線CAをしていて、今日はオフで今実家に帰って来ている、とメールをくれた。
あんな事があった後、親友の声にわたしはいても立ってもいられなくなって「呑もうよっ」と泣き付き、今に至っている。
「菊乃はいっつも自分のことは後回しで、みんなの為に色々してくれるタイプだったものね。
だから、弁護士になったんでしょう?
困っている人を助けたかったのでしょう?
相手の気持ちになってしまうのでしょう?
いいのよ、それが菊乃なんだから」
さすがは高校から大学までずっと一緒だった友人。
「ちひろぉ~」
「はいはいよしよし」
個室で良かったわね、と千尋が苦笑いしていたけれど、恐らくカウンターでも泣き弱っていただろう、って思うくらい今は心がボロボロだった。
突っ伏して泣くわたしに、千尋が言う。
「菊乃は強がりだからあまり泣いたりしなかったけど、こんな風に泣いてわたしが慰めたこと、あったよね」
わたしが顔を上げると、千尋がの上品で美しい顔がニッコリ。
あ、なんか思い出したくないこと言いそう。
「大学のチアリーデイング部での事」
案の定。
大学時代の嫌な思い出ナンバーワンのエピソードを、千尋は話し出した。
「菊乃、野球部の応援以外は全然やる気出さなくて、2年の時、先輩達の〝ヤキ〟が入ったんだよね」
クスクス笑いながら話す千尋に、わたしは。
「もういいよ、その話し」
そう? と千尋は笑いながら日本酒のグラスに口を付けた。
そんな千尋を見てわたしは、もう……、と再び顔をテーブルに突っ伏した。
高校、大学、まで一緒だった遼太はずっと野球部だったから。
見ていたくて。
野球部の応援、チアなら傍で出来る。
しっかり形になった応援が出来る、なんて、今から思えば浅はかな理由で高校からチアに入った。
そこで千尋と知り合って仲良くなって、そのまま大学まで続けた。
今思えば、わたしの青春時代はぜーんぶ、遼太に捧げちゃったの。
でも結局、あれだけ燃え上がって……今のわたしは燃えカス?
仕事も、恋も、上手く行かない。
ため息吐いちゃう。
「なんか、ばかみたい、わたし……」
千尋の手がわたしの頭をもう一度撫でた。
「そんなことないよー。
ほら、ここにおんなじ迷える子羊がいますよー」
顔を上げると千尋は、蟹の甲羅で焼いたお洒落な焼き味噌を箸ですくいながらにっこり笑う。
わたしも笑ってしまう。
「もう子羊じゃないわね。
いい年した大人羊だわ」
「アハハ、そうね、ラムじゃなくて、マトンね」
わたし達は顔を見合わせて、大声で笑った。
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