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カルテ6 微熱
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緒方君にこれ以上近づくことは、傷口を拡げることになるのだろうか?
それとも、少しでもこの傷を風化させて、傷痕と変えてくれる手助けとなるのだろうか?
どうなんだろうね、緒方君。
クリニックを出た頃には日付が変わっていた。
駅前のロータリーでタクシー乗り場には終電を逃してタクシーを待つ人の列が出来ていた。
緒方君が「翠川さんが無事に乗るのをちゃんと見届けないと」と言って一緒に並んでくれた。
「午前様だけど、大丈夫?」
緒方君の言葉にわたしは苦笑い。
「一応、とっくに成人を迎えた大人なので自己責任よ。
そうでなくとも、うちの母は娘の問題行動には免疫があるから」
「免疫?」
わたしの顔を覗き込むようにして首を傾げた緒方君。
その仕草にちょっぴりドキッとする。
何気ない仕草も画になってしまう。
「僕の知ってる翠川さんは、親御さんに問題行動の免疫付けさせるタイプではないけどな」
意味深な言い方をしてクスッと笑った緒方君に、わたしはますます苦笑い。
「高校時代、外泊とかやらかしてたの、知ってるくせに」
緒方君は、アハハと笑った。
自分の大切な時間を共有して来た人と話しをすることは心が落ち着く。
でも、緒方君との関係は、そんな、同級生、という一括りで簡単に片付けることは出来ない。
緒方君イコール遼太。
その図式をすぐに連想してしまうから。
落ち着くのに、落ち着かない。
わたしは、いつになったらこのループから抜け出すことが出来るのだろう。
「でもそれは結構上手にごまかしていた印象があるけどな」
「よく御存じで」
緒方君は本当に、遼太とよく通じていた。
わたしの胸に込み上げる甘い記憶。
それ掻き消し、ごまかす為にわたしは別の角度からの話しをする。
「問題行動は、姉がわたしの上を行っていたから、母はわたしの時はもう、学校にちゃんと行っててくれればいい、っていう感じだったわ」
「お姉さん?」
タクシーを待つ列が随分短くなった。
長い話しをすればきっと中途半端なところで途切れてしまう。
「わたしの姉、高校入る前に家出して、子供作って戻って来ちゃったの。
でも、今は姉も働いてるし、その娘もちゃんと成人してるけどね」
早めにこの話しを切り上げられるよう、たくさん割愛した。
遼太にもよくは話していないわたしの家の実情。
緒方君がこんな話を聞いたって――、
「今度、ゆっくり聞かせて。翠川さんのこと」
え? とわたしが顔を上げると、高い位置にある緒方君の顔が、ふわっと笑った。
「おがたく……」
それって? って聞こうとした時、わたしは列の先頭になっており、目の前に滑り込んで来たタクシーの自動ドアが開け放たれた。
「翠川さん、これ」
わたしをタクシーの車内に促してくれた緒方君。
その時、わたしの手の中にそっとメモを握らせた。
「実は、この間話しのあった翠川さんのクライアントさんのことでちょっと気になることがあるんだ。
ごめん、もしかしたらあれでは済まないかもしれない。
何か起きたら必ず何かしらの協力をするから連絡して」
「気になること?」
タクシーの中にすっかり乗り込んでいたわたしは気になって、もう一度降りそうになったけれど。
「おやすみ」
そう言って優しく微笑んで手を振った緒方君にはそれ以上何も言えなかった。
ドアが、バタンと閉まり、運転手さんに行き先を告げると車は走り出した。
わたしは思わず車窓に貼り付き外を見る。
背の高い緒方君の姿は、こんな深夜でも灯り溢れるロータリーで目立つ。
わたしの乗ったタクシーをずっと見送ってくれていた緒方君は、次に来た車に乗り込み、見えなくなった。
後ろから来た緒方君のタクシーは、ロータリーを出て直ぐに反対方向に曲がり、宵闇に消えて行った。
忘れかけていた感覚が胸に蘇る。
でも、これ以上は進めない。
辛い想いはこれ以上したくない。
もういい年だもの。
感情のコントロールくらい、簡単。
そんな風に思っていた。この時は。
それとも、少しでもこの傷を風化させて、傷痕と変えてくれる手助けとなるのだろうか?
どうなんだろうね、緒方君。
クリニックを出た頃には日付が変わっていた。
駅前のロータリーでタクシー乗り場には終電を逃してタクシーを待つ人の列が出来ていた。
緒方君が「翠川さんが無事に乗るのをちゃんと見届けないと」と言って一緒に並んでくれた。
「午前様だけど、大丈夫?」
緒方君の言葉にわたしは苦笑い。
「一応、とっくに成人を迎えた大人なので自己責任よ。
そうでなくとも、うちの母は娘の問題行動には免疫があるから」
「免疫?」
わたしの顔を覗き込むようにして首を傾げた緒方君。
その仕草にちょっぴりドキッとする。
何気ない仕草も画になってしまう。
「僕の知ってる翠川さんは、親御さんに問題行動の免疫付けさせるタイプではないけどな」
意味深な言い方をしてクスッと笑った緒方君に、わたしはますます苦笑い。
「高校時代、外泊とかやらかしてたの、知ってるくせに」
緒方君は、アハハと笑った。
自分の大切な時間を共有して来た人と話しをすることは心が落ち着く。
でも、緒方君との関係は、そんな、同級生、という一括りで簡単に片付けることは出来ない。
緒方君イコール遼太。
その図式をすぐに連想してしまうから。
落ち着くのに、落ち着かない。
わたしは、いつになったらこのループから抜け出すことが出来るのだろう。
「でもそれは結構上手にごまかしていた印象があるけどな」
「よく御存じで」
緒方君は本当に、遼太とよく通じていた。
わたしの胸に込み上げる甘い記憶。
それ掻き消し、ごまかす為にわたしは別の角度からの話しをする。
「問題行動は、姉がわたしの上を行っていたから、母はわたしの時はもう、学校にちゃんと行っててくれればいい、っていう感じだったわ」
「お姉さん?」
タクシーを待つ列が随分短くなった。
長い話しをすればきっと中途半端なところで途切れてしまう。
「わたしの姉、高校入る前に家出して、子供作って戻って来ちゃったの。
でも、今は姉も働いてるし、その娘もちゃんと成人してるけどね」
早めにこの話しを切り上げられるよう、たくさん割愛した。
遼太にもよくは話していないわたしの家の実情。
緒方君がこんな話を聞いたって――、
「今度、ゆっくり聞かせて。翠川さんのこと」
え? とわたしが顔を上げると、高い位置にある緒方君の顔が、ふわっと笑った。
「おがたく……」
それって? って聞こうとした時、わたしは列の先頭になっており、目の前に滑り込んで来たタクシーの自動ドアが開け放たれた。
「翠川さん、これ」
わたしをタクシーの車内に促してくれた緒方君。
その時、わたしの手の中にそっとメモを握らせた。
「実は、この間話しのあった翠川さんのクライアントさんのことでちょっと気になることがあるんだ。
ごめん、もしかしたらあれでは済まないかもしれない。
何か起きたら必ず何かしらの協力をするから連絡して」
「気になること?」
タクシーの中にすっかり乗り込んでいたわたしは気になって、もう一度降りそうになったけれど。
「おやすみ」
そう言って優しく微笑んで手を振った緒方君にはそれ以上何も言えなかった。
ドアが、バタンと閉まり、運転手さんに行き先を告げると車は走り出した。
わたしは思わず車窓に貼り付き外を見る。
背の高い緒方君の姿は、こんな深夜でも灯り溢れるロータリーで目立つ。
わたしの乗ったタクシーをずっと見送ってくれていた緒方君は、次に来た車に乗り込み、見えなくなった。
後ろから来た緒方君のタクシーは、ロータリーを出て直ぐに反対方向に曲がり、宵闇に消えて行った。
忘れかけていた感覚が胸に蘇る。
でも、これ以上は進めない。
辛い想いはこれ以上したくない。
もういい年だもの。
感情のコントロールくらい、簡単。
そんな風に思っていた。この時は。
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