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12滉
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滉のレザージャケットを羽織り助手席に座る美夕が子猫を抱きしめ泣いていた。
滉はチッと舌打ちする。
「お前が泣いたって猫が治るわけじゃねぇだろうが。ともかく、その恰好でどこかに寄るわけにいかねえから帰るぞ。三浦に話したら、家まで獣医を呼んでくれるってよ」
口から血を流し、虫の息の子猫を抱いて泣く美夕は、滉の言葉に「うんうん」と頷いていた。
一人の男は美夕の嫌がる顔から乳房、陰部に至るまで、舐めるようにスマホで映し、動画でも残していた。
あの野郎のスマホ、バキバキにしてやったからいいものを……。
ハンドルを握る滉は、チラリと美夕に視線を送り、溜息を吐いた。
男達が逃げ去った後、美夕は泣き出すどころか直ぐに立ち上がり、半裸状態のまま猫を探し始めた。
動けなくなっていた子猫を見つけ、抱き上げて初めて、美夕は声を上げて泣き出したのだ。
滉は、思い出した。
そうだった、コイツは昔っからそういうヤツだった。
弱いくせに正義感が強くてトラブルに巻き込まれる。だから楊はコイツの事をガキの頃から――。
手離したくない。誰かのものになる前に。嫌われてもいい。
〝自分〟を刻み込んでやる。
滉はそっと頭を振り、深呼吸してから口を開いた。
「お前の危険察知能力がポンコツなのは分かり切ったことだけどな、もうガキじゃねぇんだよ。そろそろ考えて行動しろ。良かれと思ってした事も結果的に誰かに迷惑かけてたら世話ねぇだろうが」
心中を覆いつくしてしまいそうな〝情〟を掻き消すために滉は突き放すようなキツイ言い方をした。
けれど、〝じゃあお前は美夕に何をしている〟という内の声に自分自身を殴りたい思いに駆られる。
正直なところ、自分達が、美夕自身の、襲われる事に対する恐怖を薄れさせてしまったのかもしれない。
ハンドルを握る手にギュッと力を籠めた時、猫を抱きしめたまま「ごめんなさい」と小さく応える美夕の声が耳に届き、滉は胸を締め付けられた。
胸の痛みをやり過ごす滉は口を閉ざし、美夕のすすり泣く声だけが、車内を満たしていた。
家に戻ると敏腕執事の三浦茂太は滉の連絡を受けて、知り合いの獣医の往診を手配してくれていたが、美夕の姿を見て卒倒寸前となった。
「美夕さん、なんて恰好に! え、この子猫を助けようとして暴漢に!? 滉君がいなかったらどうなっていたか――」
60代後半の初老執事、三浦は、美夕をよく可愛がってくれ、普段いない義父に代わる、父のような人だった。
三浦は、美夕が直ぐに風呂に入れるよう使用人たちに指示を出した。
「三浦さん、ありがとう」
項垂れる美夕の頭を撫で、三浦は言う。
「いいんですよ。とりあえず、無事だったのですから。猫も、先生にしっかり診てもらいましょう」
「はい」
美夕の潤む視界の中で、三浦は優しく微笑んでいた。
美夕は改めて思う。
ここから逃げ出さずにいられる理由の一つは、確実にこの人だ。
母以外の身寄りがなく、父の愛情をほとんど知らなかった自分に、無償の抱擁を教えてくれた人。
そう言えば、この人はいつからここの家に仕えているのだろう。
往診に来た獣医によって、子猫は、命に別状はないが入院での治療が必要という診断が下された。
「一週間お預かりします」と言った獣医に子猫は預けられた。
美夕は三浦と使用人数人と話し合い、子猫が完治し退院した後はこの家で飼う、という許可をもらった。
滉は。
「俺は別に関係ない。好きにすりゃあいい。楊もそれに関しては別になにも言わないんじゃねえの」
とだけ言っていたが、助けてくれたお礼をしなきゃ、と言った美夕の細い腰を抱いてグイッと自分の方へ寄せ、ニッと笑った。
「今晩、ゆっくり返してくれりゃいい」
滉はチッと舌打ちする。
「お前が泣いたって猫が治るわけじゃねぇだろうが。ともかく、その恰好でどこかに寄るわけにいかねえから帰るぞ。三浦に話したら、家まで獣医を呼んでくれるってよ」
口から血を流し、虫の息の子猫を抱いて泣く美夕は、滉の言葉に「うんうん」と頷いていた。
一人の男は美夕の嫌がる顔から乳房、陰部に至るまで、舐めるようにスマホで映し、動画でも残していた。
あの野郎のスマホ、バキバキにしてやったからいいものを……。
ハンドルを握る滉は、チラリと美夕に視線を送り、溜息を吐いた。
男達が逃げ去った後、美夕は泣き出すどころか直ぐに立ち上がり、半裸状態のまま猫を探し始めた。
動けなくなっていた子猫を見つけ、抱き上げて初めて、美夕は声を上げて泣き出したのだ。
滉は、思い出した。
そうだった、コイツは昔っからそういうヤツだった。
弱いくせに正義感が強くてトラブルに巻き込まれる。だから楊はコイツの事をガキの頃から――。
手離したくない。誰かのものになる前に。嫌われてもいい。
〝自分〟を刻み込んでやる。
滉はそっと頭を振り、深呼吸してから口を開いた。
「お前の危険察知能力がポンコツなのは分かり切ったことだけどな、もうガキじゃねぇんだよ。そろそろ考えて行動しろ。良かれと思ってした事も結果的に誰かに迷惑かけてたら世話ねぇだろうが」
心中を覆いつくしてしまいそうな〝情〟を掻き消すために滉は突き放すようなキツイ言い方をした。
けれど、〝じゃあお前は美夕に何をしている〟という内の声に自分自身を殴りたい思いに駆られる。
正直なところ、自分達が、美夕自身の、襲われる事に対する恐怖を薄れさせてしまったのかもしれない。
ハンドルを握る手にギュッと力を籠めた時、猫を抱きしめたまま「ごめんなさい」と小さく応える美夕の声が耳に届き、滉は胸を締め付けられた。
胸の痛みをやり過ごす滉は口を閉ざし、美夕のすすり泣く声だけが、車内を満たしていた。
家に戻ると敏腕執事の三浦茂太は滉の連絡を受けて、知り合いの獣医の往診を手配してくれていたが、美夕の姿を見て卒倒寸前となった。
「美夕さん、なんて恰好に! え、この子猫を助けようとして暴漢に!? 滉君がいなかったらどうなっていたか――」
60代後半の初老執事、三浦は、美夕をよく可愛がってくれ、普段いない義父に代わる、父のような人だった。
三浦は、美夕が直ぐに風呂に入れるよう使用人たちに指示を出した。
「三浦さん、ありがとう」
項垂れる美夕の頭を撫で、三浦は言う。
「いいんですよ。とりあえず、無事だったのですから。猫も、先生にしっかり診てもらいましょう」
「はい」
美夕の潤む視界の中で、三浦は優しく微笑んでいた。
美夕は改めて思う。
ここから逃げ出さずにいられる理由の一つは、確実にこの人だ。
母以外の身寄りがなく、父の愛情をほとんど知らなかった自分に、無償の抱擁を教えてくれた人。
そう言えば、この人はいつからここの家に仕えているのだろう。
往診に来た獣医によって、子猫は、命に別状はないが入院での治療が必要という診断が下された。
「一週間お預かりします」と言った獣医に子猫は預けられた。
美夕は三浦と使用人数人と話し合い、子猫が完治し退院した後はこの家で飼う、という許可をもらった。
滉は。
「俺は別に関係ない。好きにすりゃあいい。楊もそれに関しては別になにも言わないんじゃねえの」
とだけ言っていたが、助けてくれたお礼をしなきゃ、と言った美夕の細い腰を抱いてグイッと自分の方へ寄せ、ニッと笑った。
「今晩、ゆっくり返してくれりゃいい」
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完結しましたね〰️✨お疲れ様でした🍀
長い道のりでしたが、美夕ちゃんが幸せになって良かったです😆もちろん、楊君と❤️
ラストに貴臣兄さんのことがあって『??』って思ったんですけど、何かあるんですねっ😁
楽しみしてま~す🎵
これからも、お身体に気をつけて😄
いつもいつも、応援してます🐹
最後まで見守ってくださったうさぎさんに感謝です❣️
本当にありがとうございます😊
そうなんです、貴臣の波乱がまた始まる予定です😅
まだ先になるとは思いますが…ハラハラドキドキになるかな、と💦
うさぎさんにはいつも力をいただいてます✨
また頑張りますね(≧∇≦)
貴臣さんやパパみたいな、ちょっと影がある人、大好きなので、要求してしまいすみません。
無理しないでください!
いつもでも、待っていますので、書きたい時にお願いします。m(_ _)m
ps.気が向いたら、パパの話も読めたらうれしいです。
これからも、頑張ってください。
返信等、ありがとうございました。m(_ _)m
いえいえ、トンボさんからのリクエスト、すごく嬉しかったんです(*´∇`*)
インスピレーションが湧くきっかけをいただけて、書きたいものがまた出来て、私自身が楽しみなんですよ〜🎶
マイペースではありますけど…
また楽しんでいただけるお話が書きたいと思ってますo(^▽^)o
こちらこそ、ありがとうございます❣️
お疲れ様でした。(๑'ᴗ'๑)
最後までありがとうございました。
美夕ちゃん、幸せになれてよかった😹
その後もきになりますが、貴臣さん、なんか出会いですね。楽しみにしてます。
兄妹のパパも、幸せになってほしい!みんなも!
トンボさん、ありがとうございます❣️
たくさんのコメントに元気をもらい、書き上げることが出来ました☺️
やっと、美夕を幸せに出来ました。
ホッとしてます笑
多分、みんな幸せになれるでしょう(*´∀`*)
トンボさんに大きなヒントをいただいたおかげもあり、貴臣の話は書けそうなので少しだけ予告を入れました。
忘れられてしまわないうちに…と思ってます。
トンボさん、本当にありがとうございました❣️(*´∇`*)