舞姫【中編】

深智

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静かな炎

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『彼女を、1ヶ月程私に預けなさい。
君ほどの男が太鼓判を押す美しさを持ちながら、二十歳になってもヴァージン、という彼女に興味を持ったよ。
だから、君の頼みを無下に断るつもりはない。
そのひと月でしっかり彼女と向き合わせてもらう。
君にそれが出来れば、の話だが』

 意表を突く御幸からの申し入れだった。

 みちるを、預ける?

 床に頭を付けたままの星児は頭上から降る御幸の言葉に即答できず顔も上げられず、奥歯を噛み締めていたーー。





 
「星児お前、何考えてんだよ。それで良かったのかよ」

 ベランダでタバコを吸う星児に、リビングのソファーに座る保が話しかけた。

 返事はなかった。

 いつもならキッチンのカウンターから料理を作ったり洗い物をする姿や、ソファーでテレビを観ながら話しかけるみちるの姿がここにある。

 そんな彼女が今夜は、いない。

「いつまでみちるは帰って来ないんだよ」

 ずっと星児と2人で暮らしていて、こんなのは当たり前だった筈なのに。

 保は舌打ちしながらテレビリモコンを手に取った。

 いつの間にか、みちる無しの生活なんて考えられなくなっていた。

 保の脳裏を一つの大きな不安が覆う。

 このままみちるが帰って来なかったら。

 ゴクリと固唾を呑んだ保は堪らず声を上げた。

「星児、みちるがもし」

 保の言葉を遮るように、タバコを指に挟んだままの星児がベランダから部屋に入って来た。

 表情は、機嫌の悪い時に見せるものだ。

 無表情の中に、氷のような冷気を感じさせ、明かりの下で見る時の蒼白い炎のような美しさは相手の恐怖を煽る。

 保はハッと身構えた。

 凍りつくような空間。

 長くいるから分かる。

 星児の怒りが。

「俺は」

 星児がゆっくりと口を開く。

「御幸右京という男を信じたんだよ。だからみちるを預けた」

 そうだ、御幸は信じられると思ったからだ。


 そうでもなけりゃ、俺はあんな〝屈辱的な真似〟はしない。


「今回はあくまでも預けただけだ。
でもな、御幸がもし了解したとしても、最終的に決めるのは、みちるだ。
ストリップの時と同じだ。
みちるがイヤだと言えばこの話は無しにする。
だからこの話が決まる前に向こうがこっちに何の断りもなくみちるに触れる事はルール違反なんだよ。
もし、アイツに何かあれば」

 星児は一旦言葉を切り、低い声で言った。

「相手がどんなにでけーと分かっていても、俺が絶対ぇぶっ潰す」

 巨大な相手に立ち向かうと言うことは、同時に自分もタダでは済まない事を意味する。
 
 星児は、今回の件にそれだけの覚悟を持って挑んでいる。

 タバコをくわえたまま宙を睨み付ける星児の横顔を見る保は黙って想いを巡らせる。

 星児の中にあるのはただ1つの想いだった。

 自分が犠牲となってもみちるをどうにかしてやりたい。

 蒼白く美しい炎はきっと消える事なく燃え続ける。

 俺だって同じだよ。

 保がテーブルのタバコを手にした時だった。

「やっぱりお通夜みたい」

 リビングのドアが開き、段ボールを抱えた麗子が現れた。

「姉貴」

 タバコをくわえた保が、ライターを持ったまま呟いた。

「スゲー荷物だな、どうした」

 少し前の星児からガラリと変わり、いつも麗子の前で見せる顔になる。

「どうせ2人ともこんな事だろうと思ってね。お歳暮で貰ったお酒、たくさん持ち込みよ。おつまみもあるわ。さあっ呑むわよ!」

 星児と保は顔を見合わせ、肩を竦めた。




「さっきね、みちるちゃんから電話が来たの」

 頬を微かに染め、ワイングラスを持つ麗子が徐に話し始めた。

 ロックグラスを持つ星児と、ワイングラスを持つ保の視線が一気に麗子に集まる。

「なんてあからさまな食付き」

 言いながら彼女は苦笑いする。

「お家の事お願いします、って。それとお仕事すみません、って。みちるちゃん、自分の事をしっかり考えなきゃいけない状況なのにね」

 麗子は揺れる赤い液体を見ながらみちるを想う。

 それぞれの想いが無言のまま交錯する沈黙を、星児が、そういえば、と破った。

「麗子、ショーの方はみちるが抜けて大丈夫か。アイツ、ひと月くらい戻って来ないぞ」
「ああ、それなら大丈夫よ。みちるちゃんはまだ絡みはなくてソロだけだったし。ちょうど公演内容の移行期間に入るから、今回はみちるちゃんは入れないでおくわね」

 星児が、そうか、とグラスに口を付けた。

「みちるちゃんが戻ってきた時の場所はちゃんと作っておくから」ら
「ああ、頼む」

 静かにそう言った星児の言葉に、麗子の胸に去来する複雑な想い。

 ふぅ、と小さく息を吐いた。

「そういえばアナタ達、みちるちゃんいなくても同じベッドで一緒に寝るの?」
「寝ねーよっ!」
「寝るかよっ!」


†††

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