永遠のヴァージン【完結】

深智

文字の大きさ
2 / 46

再会は三度目の桜シーズン1

しおりを挟む
 キャンパスでの、三度目の桜シーズン。ピークを過ぎたソメイヨシノが最後の花びらを散らせる、そんな四月。
入学式の日に、ドキドキするような出会いがあったあの場所で。

「わかれてやるからっ!」

 男の人が女の人に平手打ちされていた。甲高い、悲鳴のようにも聞こえる女の人の声とともに、ぱーんっ、という乾いたが辺りに響き渡っていた。

 キャンパス内の、大きな桜の木の下。女の人に平手打ちされた背の高い男の人は何か言ったみたいだけど、彼女はフンッと踵を返して去って行った。

 周りの人が、見ないふりをしながらもチラチラとそちらを窺いながら通り過ぎる、そんな光景がわたしの目の前に拡がっていた。

 疎いわたしでも分かっちゃうような、あきらかなカップルのトラブルシーン(だよね?)目の前で繰り広げられるリアルな現場をいうのを見たのは初めてで、ドキドキした。

 見ちゃいけないものを見てしまった気がして、わたしが目を逸らすと。隣にいたおケイちゃんが、フフフと笑っていた。

 おケイちゃん?

「やってるやってる、計算通り」

 おケイちゃんはそう言って心底嬉しそうにほくそ笑んだ。

「お、おケイちゃん?」

 男の人が女の人に叩かれる、つまりその、カップルさん達のそういうシーンを見て笑うおケイちゃんをわたしは咎めるように見た。

 ここは、笑うとこじゃないと思うよ?

 キリッとした美人さんであるおケイちゃんの聡明な印象を与える綺麗な横顔が、今は何か良からぬ事を企むいたずらっ子のお顔にしか見えなかった。

 わたしと目が合ったおケイちゃんのアイコンタクトの意味は少々解し兼ねます。

「ほら、行くよ」

 え!?

 おケイちゃん、ぐいとわたしの手を引いて歩き出した。その、たった今平手打ちされて立ち尽くす男の人の方へ!

「な、まさかおケイちゃん、さっき言っていたのって」
「そう! あの彼!」

 えええ――っ、ちょっと待って!

 わたしは、ずんずん歩くおケイちゃんに引きずられるように、歩いて行った。



 さかのぼる事数時間前。それは、午前最後の講義が始まる頃だった。

 階段教室になっている大講義室の窓側の席に並んで座っていたおケイちゃんがわたしにそっと囁いた。

「ひまりもそろそろいい人見つけなきゃ」

 え? とわたしはおケイちゃんを見た。

「いい人って?」

 首を傾げたわたしにおケイちゃんは、もうっ! と盛大なため息を吐いた。

「だって、ひまりはせっかくあの息が詰まるような女学園をやっと脱出して共学に来たっていうのに、普段は図書館に籠ってたり、で未だ男と話したこともないんでしょう?」

……はい、その通りでございます。

 おケイちゃん自身は、と言うと。

『こんな窮屈なとこもういられない!』と言って、幼稚舎から通っていた北鎌倉にある女学園を中学卒業の時に一足早く脱出しました。

 おケイちゃんは都内の共学高校出身です。

 三姉妹の末っ子として育ったわたしと違って、お兄さん二人の三兄妹の末っ子だったおケイちゃんは、とっても奔放……違った、活発な女の子でした。

 共学の学校にいっても気後れすることなく存分に快活に過ごしてきたおケイちゃんに対し、わたしはいざ男の子を前にすると何を話していいのか分からなくて。

「男の人に、お友達になってください、とか言うの?」って聞いてたわたしにおケイちゃんは「なにを言ってるの!?」と最上級の呆れ顔を返してくれました。

 大学入学してそんなこんなを経て、三年目に突入。教育学部国文学専攻のわたしは、ゼミも女性多数の為、あまり環境も変わらず、心配になったおケイちゃんは、高校時代からの同級生で生徒会仲間だった、というお友達を紹介する、と張り切り出したのだ。

「一年目は様子見、二年目は辛抱、三年目は我慢の限界!」

 意味がわかりませんけど?

 唖然とするわたしをよそに、おケイちゃん元気に言う。

「この容姿に言い寄る男が一人もいないなんて、ひまりのガードが固すぎるとしか考えられない。こうなったら荒療治でも私がひまりを変えてみせようと思って。今日はまずその第一歩決行するからね!」

 即決即断。有言実行。思い立ったら即実行、がおケイちゃんのモットー。おケイちゃんは周りを意のままに動かしてしまう天才で、周囲の者はいつのまにか運命共同体となっている。

 強硬に断るわけにはいかないので、とりあえずおケイちゃんに従うことにしたけれど、わたしも一応ちょっと気になる人はいるんだよ、って言うべきだったかもしれない。

 言えなかったのは、何も知らないから。学科も、学部も。学年も。

 入学式のあの日にスーツではなく、少しラフな格好をしていたから、同じ学年ではなかったのかもしれない。
知っているのは、たった一つだけだった。ケンさん、とう名前だけ。

 わたしがいる学部ではないんだ、ってことはなんとなく分かったけれど、大学のキャンパスはとても広くて、学部が違えば見かけることもなかなか叶わない。入学式に会ったあの日から、ごくたまにしか見かけることはなかった。

 当然、話しかけるなんてできなくて、いつも遠巻きに見ているだけだから向こうだって気付くことも無かった。

 気になって仕方ないのに、結局は、彼はわたしの中の幻想で終わってしまうんだ、って思っていた。この瞬間まで。



 公衆の面前で女の人に平手打ちされた男の人の元へおケイちゃんに引き摺られて向かっていた。

 ため息吐きながらも抵抗は無駄と諦めて惰性で歩いていたわたしの意識は、次におケイちゃんが放った声に覚醒した。

「ケンさーん!」

 え? ケンさん?

 わたしは意識を、前を歩くおケイちゃんの向こうに集中させた。視線の先で彼は、こちらを振り向いた。

 わたしは、目をこらす。

 長身のシルエット。風にさらりとなびく、黒髪。凛々しい眉の下、精悍な瞳がこちらを見ていた。

 ああ、やっぱり〝ケンさん〟だ。わたしの足が、竦んだように動かなくなってしまった。


しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】恋人代行サービス

山田森湖
恋愛
就職に失敗した彼女が選んだのは、“恋人を演じる”仕事。 元恋人への当てつけで雇われた彼との二ヶ月の契約が、やがて本物の恋に変わっていく――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...