永遠のヴァージン【完結】

深智

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おケイちゃんと平田さん

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 学内レストランは、お洒落なカフェのようでもあって、学生達にとって、食事だけではなく昼下がりの憩いの場にもなっている。

 木曜日は比較的午後の講義が少ない為、若干混んでます。

 人の声や、食器の音が入り交じる喧騒の中、わたしは今日もおケイちゃんとその彼氏、平田さんと一緒にいた。

 おケイちゃんはUSBメモリーを二本挿したノートパソコンの画面を食い入るように見つめて時折キーボードを叩く。

「おケイ。お前は自分でレポートを書く気はないのか」
「ない」

 会話、強制終了です。

 おケイちゃんは、まだ何か言いたそうにしている平田さんを完全に無視して、彼の一般教養の課題レポートのコピペに勤しんでいます。平田さんが書いてくれたレポートを完全コピーするつもりですね。

 おケイちゃんとわたしは教育学部。平田さんは理工学部。本来なら学部違いの学生に共通の講義はないのだけれど、この大学はちょっと違う。

 昨今、学部ごとにキャンパスが分かれる大学が多い中で、歴史と伝統を誇るこの学校は出来うる限りの都内集中型のキャンパスを守ってる。その特色を生かしてか、専門外の講義を受けられるようになっていて、一般教養に関しては、学部の壁を乗り越えて様々な単位が取れる。

 そこで、おケイちゃんはここぞとばかりに、一年生の時から理工学部の講義を時間割に大量投入。……わたしも巻き込んで。

 大学の講義は、高校の理系科目とはレベルが違います。〝日本の機械工学史〟なんてわたしちんぷんかんぷん。でもおケイちゃんはきっと平田さんと少しでも一緒にいたいんだなって、おケイちゃんカワイイなぁ、なんて思って今年も頑張ってお付き合いしたのだけど。

『何言ってんの、ひまり。このご時世、男女間でそんなロマンチストな事考えていたら身が持たないでしょ。利用出来るもんは大いに利用すべし、よ。一般教養なんてもんに時間割く暇は私には無いの。理工学部の講義を取ればノートもレポートも晃司が完璧なものを作成してくれるでしょ』

 おケイちゃんはとっても頭の良い女性なんです。

 諦めたように本に目を落としていた平田さんにおケイちゃん、パソコンの画面を見たまま話しかける。

「ここ、こんなに細かく書くこと求められてないから消す」

 マウスを操作して画面いっぱいブルーにしたおケイちゃんは、容赦なくbackspaceキーを押した。平田さんの書いたレポート三ページほどが一瞬で消滅。呆気に取られるわたしの前で、おケイちゃんの添削(そう言っていいの?)は続く。

「それから、ここは言いまわし固くて文系っぽくないから変えるね」

 おケイちゃん、今度はキーボードをカチャカチャ叩き始めた。

 どうやら、完全コピーではないみたい。おケイちゃんの、(いえ、他人様の)レポートの鮮やかな仕上げっぷりには頭が下がります。でも、と平田さんをチラッと見ると、頬杖突いて諦め顔でおケイちゃんの様子を見てた。

 不思議なカップルさんです。ここだけのやり取りを見ていると、大丈夫なのかな、と思ってしまうけれど、この二人は互いのことをちゃんと見ている、知っている。

 平田さんの書いたレポートは見せてもらったことあるけれど、理系の文章、理系の仕上げで、文系のわたしが読める代物ではなかった。

 でも、おケイちゃんは違う。自分流に仕上げられるのは、平田さんのレポートを隅から隅までしっかり読んで理解しているからだ。

 平田さんは前に言っていた。

『おケイは、俺より頭がいいんだ』

 おケイちゃんはおケイちゃんで平田さんの事、『私にないものを全て持ってる』って言ってた。

 互いに言い合うことは決してないのだろうけれど、どれだけ相手をリスペクトしているか、傍にいるわたしが一番知ってる。

 おケイちゃんと平田さんは、高校一年の時からお付き合いしています。二人の紡いできた時間はとても長くて、なんだかんだ言ってもおケイちゃんは平田さんと共有する時と事由が大事なのだと思う。

 だって、本来なら一般教養なんて三年生は取る必要ないんだもの。選択科目の穴埋めだから、なんて言っていたけれど、共通言語のような科目が欲しかったのだと思う。

 パッと見は、パワーバランスがなんだか妙なことになっている不思議なカップルなのだけど、ある意味均衡の取れたベストカップルなのかな。

 わたしは、おケイちゃん達を見ていつも思う。

 人を好きになる、ってどんな感覚なのかな、って。

 想いが、パズルのピースみたいにピタッと嵌る時って、どんな感じなのかな。

 わたしには、分からないし、そんな瞬間が訪れるかどうかも分からない。

 シスターテレサのお言葉が、ふと蘇った。

『誰かの心に寄り添う――』

 心に寄り添う、ってどんな事を言うのかな。シスターのお言葉をいただいてからもう三年も経つのに、わたしはまだ分からないです。

「あ、ケン~!」
「会いたかった~!」

 レストランの向こうから数人の女の人の声が上がって、わたしは振り向いた。視線の先には。

 ど、どうしよう。ドキドキが止まんないです。あの、池袋で助けてくれた日以来初めて見る彼だった。

 ケンさんは、大きなナップザックを背負い、青いチェックのネルシャツを腰に巻いている出で立ちだった。




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