永遠のヴァージン【完結】

宿題

『ケンは、誰にも本気にならないから』

　南さんが最後に言った言葉が胸に刺さっていた。

〝本気〟。

　数時間も経たないうちに、奇しくもケンさんの口から同じ言葉を聞くなんて。

　本気？　〝本気〟って、なんだろう。

　ケンさんの両手に顔を挟まれながら、わたしは一生懸命考えてみたけれど、分からなかった。

　黙り込むわたしを見ていたケンさんだったけれど、突然、フッと吹き出した。

「？」

　眉を下げたわたしにケンさん、「わるい」と言って笑いを収めた。

「お嬢、俺が言った言葉の意味、分かんなそうな顔してんな、って思ってさ」

　その通りです、って目で訴えると顔を挟んでいた手が離れ、ケンさん、クックと笑い出した。

「意味考えてこい。次に会うまでの宿題」
「宿題??」

「そ」と応えたケンさんは、ふわりと身を翻してわたしに背を向けて、手を振った。

「俺が乗る電車、来たみたいだから、先に行く。お嬢、気を付けて帰れよ」
「あ、うん」

　わたしの反応にケンさん、振り返った。

「また、学校でな」

　ケンさんはすぐに前を向いて走り出して階段三段飛ばしくらいで駆け上がって行ってしまった。けれど、わたしは見ました。ケンさんの、笑顔。

　もしかして、今日一番の笑顔だったかもしれない。クライミングジムで見せていたあの楽しそうな、少年みたいに目をキラキラさせていた笑顔とも違う。

　わたしに、向けてくれた笑みだった？

　わたしはフルフルッと頭を振った。お馬鹿さんだ、わたし。そんなわけないでしょう。

　ケンさんが触れていた両頬に手を当てて深呼吸すると、二人きりのように感じていた世界が霧散して、雑踏が戻ってきた。

　頬がまだ熱い。この余韻はしばらく消えないと思う。

　ケンさん、『また学校で』って言ってくれた。

　ケンさん、学校で会ったら、今度は声、掛けてもいいの？　声、掛けてくれるの？　そんなことを考えるだけでドキドキする。

　にやけてしまいそうになる頬を軽く叩いた。

　声、掛けるもん。少しでもケンさんという人を知りたいから。

　わたしは、あっという間に見えなくなってしまったケンさんの後ろ姿の残像を求めて暫くそこに立ち尽くしていた。

　明日は、会えるかな。

　期待と不安を胸に抱きながら。