永遠のヴァージン【完結】

深智

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解答へのアプローチ

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 お風呂から出てリビングのソファに座ってスマートフォンを手にすると、ケンさんからのメッセージが届いていた。

〝今日はありがとな。ちゃんと俺が教えた通りのケア、しておけよ〟

 それだけ。ケンさんは、優しいのか冷たいのか分からないです。でも、優しいんだよね、きっと。短いメッセージの中に、ケンさんの労わってくれてる気持ちが滲んでる。

〝ありがとうございます。ちゃんと、やります〟

 メッセージに、スタンプ。それから、湿布の写真も送っちゃおう。直ぐに既読が付いて、グッド、という可愛いスタンプが返ってきた。

 うーん、これ以上は、続けない方がいいのかな。多分、ケンさん今バイト中だものね。

 わたしはスマートフォンをテーブルに置いた。

 バイトの合間にメッセージくれたケンさんは、やっぱり優しいんだ。

〝優しい〟。

 ケンさんの優しさに触れて、本当なら嬉しいはずなのに、今は苦しい。

『ケンは女になら誰にでも優しいから』

 ケンさんの気持ち、分からないから胸が詰まって苦しいんです。

 ソファに座っていたわたしは、湿布を貼る手を休めて立てていた膝に顔を埋めた。

「なんだひまり、どうしたんだ、そんな湿布だらけになって!」

 突然のパパの声にわたしは飛び上がる勢いで顔を上げた。お仕事から帰ってきたパパが見た事のないものを目の当たりにした表情でわたしを見ていた。ママのホホホと笑う声が続く。

「大学のお友達と壁をよじ登って来たんですって」
「かべを、よじのぼる?」
「いやだ、ママったら。ボルダリングよ。パパ、ひまりったら、今巷で話題のボルダリングを体験してきたんですって!」

 傍でスマートフォンを弄っていたさくらお姉ちゃんがママの言葉に補足する。

「ボルダリング~? ひまり、お前そんなものやるような子じゃないだろう」
「パパ~、それは押し付け。良くないよ、そういうの。ひまりはいつまでもパパの可愛いひまりちゃんのままじゃないんだから」
「なに!」

 あ、さくらお姉ちゃん、もしかして余計なことを言ってしまったかもですよ。

「あ、あのね、パパ」
「男か! 大学の友達なんて言って、ひまり、男か!」

 ほらぁ~!

「あのね、違うよ、パパ。だから」

 違わないですね。確かに、殿方と参りました。うん。でも。ケンさんはそうじゃなくて。わたしはまだケンさんにとってそんな関係じゃなくて。

 そんな関係って?

 脳内の言い訳が、自分の首を絞めていた。あ、どうしよう。哀しくなって――、

「大丈夫よ、パパ。仮に男だとしたって、ひまりには最強のボディーガードが付いてるじゃない」

 ママがホホホとまた笑った。

「そうよ、慶子ちゃんがひまりの周りに来る悪いムシは払ってくれるわよ」

 さくらお姉ちゃんとママの言葉を聞いたパパは深い溜息を吐いて、ソファに腰を下ろした。

「その慶子ちゃんなんだが、どうもひまりの世話どころじゃないぞ」

 わたしとママ、お姉ちゃんは一様に顔を見合わせた。

「おケイちゃん、どうしたの」

 パパは脱いだジャケットをママに渡しながら話し始めた。

「今夜は野々村が話しを聞いてくれというから呑んで来たんだが、慶子ちゃんの事だった。アイツ、どうも慶子ちゃんが付き合っている男が気に食わなくてな。なんとかして別れさせたいらしいんだ。その事で喧嘩して、慶子ちゃんがかれこれ半年くらい口を利いてくれないらしいんだ」

 おケイちゃんそんなこと、一言も話していなかった。おケイちゃんは毎日変わらず平田さんと一緒にいる。

 おケイちゃんの抱える悩みって、そう言えばわたし、知らない。いつだっておケイちゃんは強いって思っていた。わたしの胸が、鈍い痛みを訴えていた。

 でも、おケイちゃんが平田さんと別れるなんて、考えられない。そうだよね、おケイちゃん。

「まあ、野々村さんも、小さいわね」

 パパのお話しを聞き終えたママが、ズバッと斬り捨てた。わたしとお姉ちゃんが目を丸くしてママを見た。

「野々村家で一番の男前は慶子ちゃんよ。信じてあげるべきだわ」

 苦笑いするパパに、自信たっぷりな表情で言い切るママ。鯉沢家で一番の男前は間違いなく、ママです。

「そうだ、さくら! お前この間連れてきた男はなんだ、あんなピアスして『チョリーッス』なんて挨拶する男、俺は認めんぞ!」

 パパが突然、話題の方向転換の舵を切った。

「は!?」

 いきなり振られてさくらお姉ちゃんが反論する。

「なに言ってんの、パパ! ピアスの何がいけないの! 挨拶だって個性でしょ! 考え方、昭和なんですけど! 会社でそういうの、パワハラとか言われない!?」
「お前にパワハラの何が分かる! それより、だいたいな、お前は毎回毎回違う男を連れてくる上に、どいつこもいつもチャラい野郎ばかりで――」
「真面目な長女と猫可愛がりされる三女に挟まれた次女は自由な生き物なんですぅ~」
「なに言ってんだ、お前は!」
「はいはい、パパ。血圧上がりますよ。ご飯にしますか、それとも先にお風呂にしましょうか」

 エキサイティングするパパとさくらお姉ちゃんの間にママが恐ろしいテンションで割って入る。わたしは、巻き込まれないように湿布を抱えてそっとリビングを後にした。



 わたしは、自分で思っているよりも、ずっとずっと幼かったんだ。

 自分が、大事なお友達の力になれてないって、思い知らされて、涙が出そうになった。

 ケンさんからの宿題。〝本気〟の意味。今のわたしに分かるのかな。でも、考えなくちゃ。

 ちゃんと自分で答え、出さなきゃ。
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