永遠のヴァージン【完結】

深智

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エピローグ

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 高尾山の頂上へのラストは、大階段でした。

「さ、行くぞ」
「うん」

 改めて、手を差し伸べられて、わたしはその手を取る。

 ケンさんが、お山に連れて来てくれたことには大きな意味があるってわたしは思っている。

 頂上が、見えました。

「せーのっ」

 最後の一段は二人でジャンプ。

「よくやった! 頑張った!」
「うん!」

 ケンさんに抱きしめられて、それだけでもう、疲れは全部吹き飛んじゃいます。

 見晴らしの良い場所に手を引かれて着いていく。

 人気の高尾山の頂上は平日でも沢山の人がいた。木々に囲まれた場所が多い中、切れ間がちょこちょこあって、その一つにケンさんが連れて来てくれた。

「わあ」

 はるか遠くに、スカイツリー。東京の街が木々の向こうに綺麗に拡がっていた。

「アルプスの景色とは違うけど、これもまたいいだろ」
「うん、いい、いい!」

 快晴、澄んだ空気。

 大きく息を吸い込むと、脳に酸素が行き渡って全てがクリアになる。一緒に深呼吸していたケンさん、伸びをしながら言った。

「親と、話せた。まだぎこちないけどさ、ちゃんと向き合おうと思う。親父もそう思ってくれてるっていうのが、分かったから」

 清々しい表情の横顔に、短い言葉に言い表せない沢山の事が隠されてるって分かった。

「よかったです」
「ありがとな。ひまりに出会わなかったら多分、一生あのままだった」

 一気に視界が曇ってしまった。慌てて目元を拭った手を、ケンさんが優しく取ってくれた。

「三年前」
「三年前?」

 手を繋いで景色を眺め、話し始めたケンさんをちらっと見上げると、遠くを見つめている横顔にドキッとする。どこを見つめているのかな、って思って視線を遠景に戻して言葉の続きを待つ。

「入学式の時」
「あっ」

 思わず声を上げたわたしにケンさん吹き出した。

「派手に転んでたよな」
「それはもう忘れてくださいっ」

 空いていた方の手で顔を隠して俯くわたしを、ケンさん、ふっと引き寄せた。

「偶然じゃない、必然だったんだ」
「?」

 もう一度ケンさんを見上げると、視線が合った。真っ直ぐな、芯の強さが宿る、澄んだ黒い瞳。吸い込まれそうになりながら見つめ返す。

「ひまりの言葉を借りると、神様、というのがちゃんといた。今はそう思ってる。神様が、俺の前にーー」

 ケンさんの言葉が、わたしの涙を呼ぶ。


 天使を落としたんだ。

 あの日、あの瞬間。


 ケンさん、ちょっと恥ずかしそうに頭を掻いたのが曇る視界に映る。

「今だから話す。実を言うと、ひまりがすっ転んだ時、俺結構遠くにいた」
「そうなの?」
「そう」

 ケンさん、クスッと笑って続ける。

「あれだけの人混みの中で、ひまりの姿がはっきりと目に飛び込んで来て、無意識に目で追ってたら、見事な転びっぷり」
「あの、だからそれは……」

 思い出せば出すほど恥ずかしくて、穴があったら入りたいと思って縮こまっていると、肩をケンさん肩を優しく抱いて、頭にお顔を乗せた。

 頭頂部に、ケンさんの顎が乗ってます。ケンさんの息遣いを感じてドキドキ。そっと深呼吸して目を閉じる。

「条件反射的に、転んだひまりのとこに飛んで行ってたんだけどさ、初めてひまりを見た時、眩しくて、この子は自分とは違う世界に生きる子だ、って思った。だからあの後、学内でたまに見かけたけど極力近付かないようにしてきたってのに、おケイに紹介された時、正直焦った」

 え、ケンさん?

 三年前から、ケンさんはわたしの事、認識してくれていたの?

 ドキドキが加速する。

「ハマったらヤバイと思ったから、突き放した」

 静かな声だった。ケンさんの腕が、わたしが顔を上げるのを阻止してる。今は黙って聞いてて、っていう声がテレパシーみたいに胸の内に伝わってきて、わたしはケンさんの言葉に耳を傾けた。

「まっさらで」

 ケンさんの引くて甘い声がわたしの内側に浸透していく。

「無垢で眩しくて、俺が触れたらダメだと思ったんだよ。それなのに、お嬢様は無遠慮にグイグイ俺のテリトリーに入って来た」
「ひど……っ」

 腕が緩む。顔を上げると、ハハハと明るく笑い出したケンさんが視界に飛び込んで来て、抗議は消えてどこか行ってしまった。

 屈託なく笑うケンさんを、初めて見た気がする。

「ケンさん……」

 その笑顔、胸がギュッとなって涙が出そうなくらい嬉しいです。

 ケンさんの手が伸びて、わたしの頭を優しく撫でた。

「風に吹かれただけで壊れるようなヤワなお嬢様かと思っていたら、イメージ覆して余りあるくらいのガッツを持ったお嬢様だった」
「あの、ケンさん、それは褒められているのでしょうか」

 上目遣いで見てしまうわたしにケンさんは柔らかな笑みで応えてくれる。

「当然、褒めてる」
「はあ……」

 ケンさん、人差し指でわたしの額を軽く押して、ニッと笑う。わたしは小首を傾げた。

「本気にさせろって言ったアレな。アレは多分、俺自身、時間が必要だったんだ。コイツだけは絶対に泣かせたらいけないと思った自分に驚いたんだよ。戸惑ってたんだ、俺自身。だから、気持ちの整理をしたかった。ごめんな」

 思いがけないケンさんからの謝罪の言葉にわたしは千切れそうなくらいに首を振った。

 出会ってからの時間の中で、ケンさんが想ってきた事。

 わたしは真っ直ぐにケンさんを見つめた。

「わたしはただただケンさんが好きで、必死に追いかけていました。でも、ケンさんは色んな事を考えていたんですね。その事を知れたのが、嬉しい」

 額にケンさんの唇が触れて、微かな痺れを覚えた。

「ひまり」

 柔らかな声がわたしを呼ぶ。視界が、曇って大好きなケンさんのお顔がよく見えないです。

「はい」とお返事をして甘い声に耳を澄ます。

「ひまりは、いつでも前しか見てなくて、危なっかしくて」
「……はい」

 その通りです。

 わたしの顔を両手で挟んだケンさん、クスッと笑った。

「俺がずっと守るから」
「ケンさん……」

 ケンさんがくれたヒメイチゲの花言葉は〝あなたを守りたい〟でした。

 ケンさん。

 わたしは、ケンさんの服に両手でしがみついた。

「わたしも、あなたを守りたいです」

 ケンさん、目を丸くしてわたしを見た。

 わたしも、ケンさんを守りたいです。

「ケンさんの心を抱いて、生きたいです」

 ケンさん、フワッと笑った。

 あ、また新しいお顔です。胸をキュンとさせる笑み。柔らかくて、優しくて、心を委ねてくれてる、って思わせてくれる笑み。

「ケンさん、だいすーー、」

 人差し指で唇を押さえられた。

「先に言わせろ」

 あ。

 ケンさんのお顔が近付く。

「好きだよ、ひまり」

 目を閉じて、優しい口付けを交わす。わたしは、ケンさんの全てを抱き締めたいです。

 大好きです、ケンさん。




 ゆっくりと唇を離してケンさん、ニッと笑った。

 え、なあに?

「まずは、当面の課題として親父さん」
「ああっ」

 両手で頭を抱えたわたしにケンさんが笑う。両手で顔を挟まれた。

 フワッと笑ったケンさんに、胸が弾む。

「俺は絶対に引かないから安心しろ」
「うん」

 秋の風に包まれて、もう一度、キスを。



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感想 18

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みんなの感想(18件)

しゅんさく
2018.09.30 しゅんさく

わぁ~完結してしまった~っ!!ともあきさんお疲れ様でした。こんなに素敵な作品を読ませていただけて感謝しかありません。
次の作品への期待とともに、ひよりちゃんのお話も読みたいです!よろしくお願いします。

2018.09.30 深智

しゅんさくさん、ずっと読んでくださってて、本当にありがとうございます!
しゅんさくさんのコメント、いつも嬉しく読ませていただいてます(*^^*)
こちらこそ、感謝感謝です。

更新が止まってしまった【だいすき〜】。
待ってくださっているしゅんさくさんの為にも何とか動かしたいと今回の作品書いて思いました
頑張ってみます!(>_<)

解除
うさぎ
2018.09.30 うさぎ

今、タッチの差で完結したんですね(^o^;)
早速読ませて頂きました!

素敵なラスト。
これから何でも、二人で乗り越えていく感じが良かったです(*´ω`*)
頑張って、ひまりパパ山も乗り越えたんでしょうね(笑)

おケイちゃんの件がチョコっと知りたい気もしましたけど、遼太は3番目だから…。
もし『大好きって~』の続きがあったら、そこをひまり目線で語るっていうのも有りかな、とも思います。

でも、やっぱり一生懸命っていいですね。自分も頑張らなきゃ!!

完結、お疲れ様でした。
いつもありがとうございます。
これからも、お身体に気をつけて頑張ってくださいね。
ずっと、応援してます(^○^)


2018.09.30 深智

うさぎさん、本当に、本当にありがとうございます!
うさぎさんのお言葉にどれだけ励ましていただいたか……(T-T)

そうなんです、書き終えてから、「あ、しまった、おケイちゃん!」となりました(笑)
まだちょっと書き足りない、というところが本音かもです。

キャラクターがしっかり固まっているシリーズなので、大好き〜も交えて練ってみようかな、とうさぎさんのお言葉からヒントを頂きました。

応援していただいて、本当に幸せです。
また、楽しい作品をお送りできるよう精進しますo(*´∇`*)o

解除
うさぎ
2018.09.30 うさぎ

こんにちは❗
朝イチ読んで、すぐにでも感想を書きたかったんですけど、台風で停電になっちゃって(*_*)
(居住地バレちゃいますけど(笑))
まだ復旧してないですが、風とかおさまったので…(゜∇^d)!!

タイトルみたら、ガツガツな感じなのかな?って思ったけど、やっぱりひまりちゃんですね(*´ω`*)
健気で可愛いすぎて、絶対断るなんて有り得ない『私じゃだめですか?』だったです(〃∇〃)

ケンさんもやっと、って感じですね。色々整理がついたからかな~。
お嬢改め、名前で呼んでくれて、こっちも嬉し恥ずかしでした!

ジレジレでも、結果がわかっても、ここまで十分楽しかったです。
うちは、ネタバレ気にしない方なんです。むしろ、過程が大事かな~。だから、毎回、みんなの気持ちの機微が感じられて、切なくなったりドキドキしたりで、楽しませてもらってます。

なので、まだまだ続きを心待ちにしてますので、ともあきさん、頑張ってくださいね~o(^o^)o

2018.09.30 深智

うさぎさん、いつも本当にありがとうございます!

ごめんなさい、実はハッピーエンドでここでひと段落、完結させる事にしましたm(_ _)m

うさぎさんのおっしゃる通り、色々な事が整理できて、ここで一区切り出来そうだな、と思いました。

ひまりはやっぱりひまりでして……これ以上のドキドキ展開はまた別のお話で行こうかな、と思ってます(*´ω`*)

またちょっと別の展開を考えます(*´∇`*)

ところで台風、大丈夫ですか⁈
大変な時に読んでくださって…感謝感謝です。
気を付けてくださいね。
また楽しんでいただける物を書けるように頑張りますね!
こちらはまだこれからです(>_<)



解除

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