この夏をキミと【完結】

友秋

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キミの瞳に映るもの

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 ハアハアと息を切らせてたどり着いたのは、試合が行われている緑豊かなK公園内にあるスタジアムだった。

 短距離には自信あるけど長距離はだめだ。夏菜子は前屈みになると両手を膝に置き、息を整えた。木々の葉が夏の風に揺れていた。

 このスタジアムは高校から約二キロの距離にある。自転車なら十分と掛からない距離だったが、夏菜子は全速力でここまで走って来た。担任教諭がよりによって今日のホームルームを長引かせてしまい、プレイボールの時間に間に合わなくなってしまったのだ。

 緑の香りを含む空気を胸一杯に吸い込んだ夏菜子はゆっくりと体を起こし、スタンドへと続く階段を登り始めた。

『四番キャッチャー、緒方君!』

 アナウンスを聞いた夏菜子の疲れが一気に吹き飛んだ。今、歩くのもやっとなくらいヘトヘトだった足が、一気に階段を駆け上がる。

 パアッと視界が開けたその先に、バッターボックスへ向かう背番号2の広い背中が見えた。

――篤!

 夏菜子の胸が張り裂けそうなくらいにドキドキし始めた。ずっと見てきた背中なのに、今でもその姿を見るだけで堪らないくらいキュンとする。

 スコアボードは七回裏一死、ランナーは二、三塁だ。二点ビハンド。負けてる、と夏菜子の頬を汗が伝った。

――篤のホームランがみたい!

 なぜそう思ったかはわからない。ただ、夏菜子は今、ホームランがみられそう、そんな予感がしたのだ。

 今駆け上がってきた階段の前から一歩も動かず、両手を目の前で祈る形に組んだ。

 本当はこの場から逃げ出したいくらい、心臓が今にも飛び出していってしまいそうなくらいにドキドキしていた。

――どんなにドキドキしたって……篤の試合、もう見逃したりしない。最後まで全部、この目に焼き付けるんだ!

 身動きもせず、ただ一点を見つめていた。小さな頃からずっと追いかけてきたその背中を。

「あつし――――、打て―――――!」

 夏菜子の叫ぶような声は、盛り上がるるスタンドの応援団の声と同化した。




「か、夏菜子、足、はや……ついていけないよー……」

 フラフラになりながら階段を登ってきた真美は夏菜子の顔を見上げてギョッとした。

「やだっ、夏菜子何泣いてんの⁉」

 フィールドを見つめる夏菜子は大粒の涙を流していた。

「あ、篤が……」
「緒方がどうしたの! 空振り三振でもした!?」
「その反対よ!」

 慌ててハンカチで涙をぬぐいながら、夏菜子はフィールドを指さす。篤がガッツポーズをしながらダイヤモンドを走っていた。

「まさか……ホームラン?」

夏菜子が、どうだ、と言わんばかりの表情で頷いていた。
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