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決戦8
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ホームベースを踏んだ篤は北田を顔を合わせた。北田の顔が明らかに変わっている。
「クセ、見抜いたのか」
篤は、「さあな」とだけ答えてベンチに戻って行った。
高笑いしてやりたい気持ちをグッと抑えて戻ってきた篤に、仲間たちの手荒な歓迎が待っていた。ヘルメットの上から容赦なく叩かれ、篤は声を上げた。
「まだ振り出しに戻っただけだぞ!」
控えのキャッチャーとキャッチボールをしていた貴史は仲間たちに囲まれる篤を見て「サンキュ」と口を動かしていた。
一本のホームランの後はきっちりと抑えた北田と五味のバッテリーはベンチに戻ると黙々と攻撃の準備をする。北田はプロテクターだけを外し、五味に低い声で話し掛けた。
「あの緒方ってヤツ、お前のクセを見抜いてやがったぞ。だから直せと言ったんだ」
五味は帽子を脱ぎ、汗を拭きながら冷静に答えた。
「努力はしたさ。ジョウ、誰もがお前と同じ天才じゃないんだぞ」
春からフォームの修正に取り組んで来た。それがなかなか思うように進まず、かえって調子を崩す原因となってしまたのだ。
五味は、バッテリーを組んでいながらピッチャーの心の動きに鈍感な北田を苦々しく思った。
天才には凡人の気持ちなんて分からないか。〝名門校のエース〟というプライドだけが今の五味を支えていた。
無言になった二人の間に重い沈黙が流れる。五味が脱いでいた帽子を回ってくる打順に備えてヘルメットに変えた時、北田が静かに言った。
「悪かったな」
思いもかけない言葉に五味はハッと北田を見た。
「お前のクセさ、見抜けたとしても県レベルならあの緒方くらいのモンだろう。でもな、全国ではそうはいかないぞ」
北田が素直じゃないのは長く付き合ってきた五味も重々承知だ。今の言葉に込められた北田なりの精いっぱい気持ちは五味に伝わった。〝一緒に甲子園に行くぞ〟という含みもしっかりと受け取った。
「ああ、そうだな」
五味は噛みしめるようにゆっくりと答えた。そして、囁くように「ありがとな」と言ったがそれは北田に届いたのか届かなかったのか。北田は返事をしなかった。五味は、それでいい、とヘルメットを深くかぶり直し、バットを手にベンチから出て行った。
雲ひとつない真夏の空からフィールドに差し込む太陽光は熱射と化し、フィールドの気温を上げ、スタンドの熱気と選手達の闘志が混ざり合い、炎のような熱波となる。
熱風吹き込むベンチの中で、篤はマネージャーの付けたスコアブックを眺めた。
「まあ、見事に凡打の山築きやがって」
「築きたくて築いたんじゃねーよ」
室橋が隣でぼやいた。
篤の本塁打を被弾したあとすっかり立ち直った相手チームのエース五味の、調子が悪いなりに打たせて取るピッチングに無得点に抑えられたが、こちらのエースもなんとか踏ん張り、試合は一対一の均衡を保ったまま終盤を迎えていた。
七回裏、こちらは七番から始まった攻撃はあっさりと片づけられる気配だ。篤はベンチ奥を見やった。
設置された扇風機の一番近い場所で貴史がぐったりと座っていた。顔に冷やしたタオルをかけてその上に氷嚢を乗せている。オーバーペースなんだよ、と篤は苦笑いした。
「スリーアウト、チェンジ!」という主審の声がした。
篤はミットとマスクを掴んだ。
「貴史、行くぞ!」
貴史は篤の声にガバッと立ち上がった。
「よしっ!」
颯爽とベンチを後にした貴史の手にはグラブがなかった。
「おいっ、貴史! お前どこに何しに行くんだよ!」
「クセ、見抜いたのか」
篤は、「さあな」とだけ答えてベンチに戻って行った。
高笑いしてやりたい気持ちをグッと抑えて戻ってきた篤に、仲間たちの手荒な歓迎が待っていた。ヘルメットの上から容赦なく叩かれ、篤は声を上げた。
「まだ振り出しに戻っただけだぞ!」
控えのキャッチャーとキャッチボールをしていた貴史は仲間たちに囲まれる篤を見て「サンキュ」と口を動かしていた。
一本のホームランの後はきっちりと抑えた北田と五味のバッテリーはベンチに戻ると黙々と攻撃の準備をする。北田はプロテクターだけを外し、五味に低い声で話し掛けた。
「あの緒方ってヤツ、お前のクセを見抜いてやがったぞ。だから直せと言ったんだ」
五味は帽子を脱ぎ、汗を拭きながら冷静に答えた。
「努力はしたさ。ジョウ、誰もがお前と同じ天才じゃないんだぞ」
春からフォームの修正に取り組んで来た。それがなかなか思うように進まず、かえって調子を崩す原因となってしまたのだ。
五味は、バッテリーを組んでいながらピッチャーの心の動きに鈍感な北田を苦々しく思った。
天才には凡人の気持ちなんて分からないか。〝名門校のエース〟というプライドだけが今の五味を支えていた。
無言になった二人の間に重い沈黙が流れる。五味が脱いでいた帽子を回ってくる打順に備えてヘルメットに変えた時、北田が静かに言った。
「悪かったな」
思いもかけない言葉に五味はハッと北田を見た。
「お前のクセさ、見抜けたとしても県レベルならあの緒方くらいのモンだろう。でもな、全国ではそうはいかないぞ」
北田が素直じゃないのは長く付き合ってきた五味も重々承知だ。今の言葉に込められた北田なりの精いっぱい気持ちは五味に伝わった。〝一緒に甲子園に行くぞ〟という含みもしっかりと受け取った。
「ああ、そうだな」
五味は噛みしめるようにゆっくりと答えた。そして、囁くように「ありがとな」と言ったがそれは北田に届いたのか届かなかったのか。北田は返事をしなかった。五味は、それでいい、とヘルメットを深くかぶり直し、バットを手にベンチから出て行った。
雲ひとつない真夏の空からフィールドに差し込む太陽光は熱射と化し、フィールドの気温を上げ、スタンドの熱気と選手達の闘志が混ざり合い、炎のような熱波となる。
熱風吹き込むベンチの中で、篤はマネージャーの付けたスコアブックを眺めた。
「まあ、見事に凡打の山築きやがって」
「築きたくて築いたんじゃねーよ」
室橋が隣でぼやいた。
篤の本塁打を被弾したあとすっかり立ち直った相手チームのエース五味の、調子が悪いなりに打たせて取るピッチングに無得点に抑えられたが、こちらのエースもなんとか踏ん張り、試合は一対一の均衡を保ったまま終盤を迎えていた。
七回裏、こちらは七番から始まった攻撃はあっさりと片づけられる気配だ。篤はベンチ奥を見やった。
設置された扇風機の一番近い場所で貴史がぐったりと座っていた。顔に冷やしたタオルをかけてその上に氷嚢を乗せている。オーバーペースなんだよ、と篤は苦笑いした。
「スリーアウト、チェンジ!」という主審の声がした。
篤はミットとマスクを掴んだ。
「貴史、行くぞ!」
貴史は篤の声にガバッと立ち上がった。
「よしっ!」
颯爽とベンチを後にした貴史の手にはグラブがなかった。
「おいっ、貴史! お前どこに何しに行くんだよ!」
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