蝶の羽根【完結】

深智

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龍吾と剣崎

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 龍吾の背中に残る無数の火傷痕。

幼い日に、母親により付けられたタバコの火の押し付け跡だった。

5歳で児童養護施設に保護された時、彼は2ヶ月近くろくな食事も与えられていなかった――……





『お前、いつもこんな事してんのか?』

 中学卒業間近、児童養護施設で幼い子のいたずらを庇い受けた叱責に、そこを飛び出した。

しかし、行くところなどなく……。

この街に迷い込んだ。

どこでも良かったのだ。

――生きていければ。

 
 
道行く人の財布をスり、お金を手に入れる。

そうやってなんとか食いつなぐくらいの知恵しかなかった龍吾はその日、剣崎の懐を狙った。

周りを厳つい男達に囲まれていたが、明らかに一番金を持っていそうだったからだ。


「なにやってんだっ!?
このガキ!!」


あっという間に隣の男に腕を掴まれ殴り飛ばされ、地面に倒れ込んだ龍吾の顔を剣崎が覗き込む。

彼は周りの男達を軽く手で制し屈み、龍吾と視線を合わせた。


「なんで一番ガードが固そうな俺を狙った?」

 
 
「アンタが一番カネ持ってそうだったからだよ!」


起き上がり、切れた口内の血をペッと吐きながら言う。


「コイツ……ッ!」


1人の男が拳を上げた時、再び剣崎は手で制する。


「いい度胸だ。
お前、いつもこんな事してんのか?」


それが――……始まりだった――……。


 剣崎は、龍吾が知るような“大人”ではなかった――……

あの頃、龍吾の中全てを覆い尽くしていた世の中に対する“不信”。

そんな龍吾に剣崎は“信じるべきもの”を見極め、それを取捨択一する事を教えてくれたのだ――……。




 
 
……龍吾……愛してるわ……

そう言い、絡めてきた細い腕……。

なめらかな肌を抱きしめようとした時、フッと霞のようにその躰が消えた。


――凛花……?


次の瞬間、目の前に残忍な光景が拡がる。

凛花の美しい白い肌を男達の汚い手が蹂躙する。

彼女は激しく首を振りながら泣き叫び、必死に抗い手を伸ばす。


「助けて――……助けて!龍吾―――!」



 
 
 ガバッと起き上がった龍吾は全身汗だくだった。


「い゛……っ!」


急に動いた衝撃で、手負いの身体に激痛が走る。


「最悪な夢見だったみてーだな」


声がした方を見ると、剣崎が窓に寄り掛かって立っていた。

白い壁と天井。大きな窓。


「セイジさん……俺……は……?」

「ここは俺の知り合いの病院だ。
お前は二日間眠り続けてた。
でもよ……あんだけフルボッコにされて骨折2ヶ所……って、お前どんだけ頑丈なんだよ」

 
 
心底可笑しそうに笑う剣崎の、茶色の髪と片耳のピアスが窓から射し込む夕陽に光る。


――俺は……――

凛花を助けられなかったんだ――……

凛花を……自由にしてやれなかった――……!


ギブスで固められた右手を見つめ、痛みを堪えて拳を握り締めた。

悔しさに胸が潰されそうだった。

目を閉じた時、ふと意識を失う直前聞いた田崎の言葉が脳裏をよぎった。


『凛花はお前が俺に売った女だという事を忘れるな』


龍吾は顔を上げ、剣崎を見る。

 
 
「セイジさん……田崎の言葉……本当なんですか。
……セイジさんが凛花を……」

「お前は聞きたい事を聞く前に、俺に何か言うべき事はないか。
俺の忠告、完全に無視しやがって」


逆光でその表情はよく見えない。

しかし、明らかに怒気を含んだ声音。

ハッとした龍吾はベッドの上で慌てて土下座する。


「す……っすみませんでした!」


動けば全身激痛に襲われるが、そんな事を気にしてはいられなかった。

 
 
『俺がお前を育ててやる』


あの日剣崎は、何も聞かずに龍吾にそう言った。


『俺が……お前を一人前の男にしてやるよ』


剣崎は、《大人など信用できない》という想いで一杯だった筈の龍吾を魅了する不思議な男だった。

『お前、いい目してるよ。
見込みがあるぞ』


――……初めて誉められた――……

剣崎には、一生尽くしても返しきれない程の恩があった。

それを俺は――……!


剣崎を裏切り……

凛花を助ける事も出来ず……

頭を上げられないまま、龍吾は込み上げてくるモノを必死に堪えた。

 
 
「俺は別に怒っちゃいねーよ」


 顔を上げないままの龍吾に剣崎は声をかけた。


「人間としての“礼儀”みてーなモンをちょっとお前に教えたかっただけだ。
まあ俺も人に偉そうな事言える人間じゃねーがな」


龍吾はその言葉を聞きながら目を閉じた。


「……ありがとうございました――!」


今は助けられた礼を口にするので精一杯だった。

これ以上何かを口にしたら……自分が崩れてしまいそうだった。

 
 
室内を包み込む静寂が暫く続き、剣崎が口を開く。


「龍吾」


呼ばれて龍吾が静かに顔を上げると剣崎は窓の外を眺め、背をむけていた。


「お前の知りたい事……教えてやるよ」


え……と龍吾は改めて剣崎の方に向き直った。


 
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