蝶の羽根【完結】

深智

文字の大きさ
22 / 27

もう一つの約束は

しおりを挟む
 最後に飛び掛かってきた男に剣崎は、両の手を組んだ拳をその頭上に振り下ろし溝落ちにニードロップをくわえ、撃沈させた。

「うおぉ……っ」とまだ残っていた男がその脇からナイフを持って突進してきたが、その背中に高い位置から踵が落とされる。崩れた男の後ろに、兵藤が立っていた。

「サンキュー、保」
「俺は本来、武闘派じゃないんだけどな」
「まあそーいうなって」

 言いながら剣崎は足元に倒れる男の手を蹴り、そこに握られていたナイフを遠くにやった。

 倒れ悶絶する男達を尻目に、剣崎は鈴蘭の前へ歩いて行く。そこには部下の男に脇を支えられ辛うじて立ち上がった田崎の姿があった。

「なんてザマだよオッサン、と言いたいとこだが、またうちのが悪いねぇ」

 〝悪い〟と思う気持ちなど微塵もない事は火を見るより明らかな剣崎の口調に、田崎は口元を歪めた。

「テメェ、凛花に手は出させねぇとかぬかして」

 ヘラヘラとしていた剣崎の表情が変わる。

「オッサンの勘違いだ、そりゃ。俺は『凛花に』とは言ってねぇ」
「なに?」
「あくまでも〝そちらさんの商品に〟と言ったんだ。凛花は今日店を辞めた。その時点でこっちにしてみりゃアンタんとこの〝商品〟っつー認識はなくなったんだよ。そんでアイツが奪い去った。奪ったモン勝ちだ。もうオッサンのモンではねーんだよ!」

 とんでもない屁理屈だ。しかし、この街で筋の通った理屈などない。〝筋〟は自分で通すのだ。

 田崎が悔しげに剣崎を睨み付けた時だった。

 いつの間にか雨が上がり、白々と明け始めた東の方角からパトカーと救急車のサイレンが聞こえてきた。

「ナイスなタイミングだな、保」

 剣崎が隣にいた兵藤に声を掛けた。

「ああ、だいたいこのくらいの時間でカタを付けるからよろしく、って四科のチョウさんに言っといた」

 兵藤が腕を組み、余裕の笑みを見せた。

「さすがだな。じゃあ俺らは居なくなるとすっけど」

 言いながら剣崎は、血の滲む脇腹を押さえ苦悶の表情で睨む田崎に視線を移した。

「報復とかなら組織で来いや。いつでも受けて立ってやる。個人を狙うんじゃねーぞ」
「剣崎!」

 動き出そうとした田崎が痛みに顔を歪めた。

「テメ、覚えてろよ」
「わりーね。俺頭わりーから全部忘れちまうよ。それよりよ、オッサン死なねーでな。傷害罪と致死罪じゃぜんぜん違うんでね」

 近づくパトカーのサイレンを聞きながらハハッ! と笑った剣崎は、兵藤と走り去った。

†††

「もう一つの約束?」
「ああ」

 始発まで、と剣崎が羽田近くのホテルまで用意してくれていた。

 薄暗いライトの下、肌と肌が触れ合う。

「龍吾、龍吾! たくさん、たくさん愛して」
「言われなくても」

 クスリと笑う龍吾が、ゆっくりと凛花の首筋に唇を寄せた。

「は……ん……」

 躰を突き抜ける快楽の吐息を逃す唇を、塞がれた。

 龍吾! どんなに、どんなにか貴方に会いたかったか。どんなに、貴方に触れたかったか。

 貴方はわかる?

 絡めた指に力が篭った。

 滑り込む舌が、優しく絡まる。

 雨に濡れて冷えていた躰が、熱を帯びていった。

  肌が気持ちいい。

「んん……っ……あっ」
「……愛してる」

 甘い響きを持った声が、凛花を痺れさせる。

 言葉が出ないくらい、いっぱいにして。龍吾!

 ほんの束の間の時間。たくさん愛し合う。



『もう一つ、約束をしていいか?』

 夜明けの光がカーテンから微かに漏れる頃だった。再び絡めた指に力を籠めた龍吾が凛花を見下ろしていた。

「もう一つの、約束?」
「ああ」

 龍吾は短く答えると凛花の身体を抱き抱え、グイッ!と起こした。

「きゃっ」

 突然の動きに小さく声をあげた凛花を、自分の上に座らせる。

「龍吾?」

 凛花は龍吾の肩に手を掛け、小首を傾げた。

 向かい合い、見詰め合う。龍吾がそっと凛花の頬に手を寄せた。

 ゆっくりと唇を重ねる。

 溶け合い、とろけて。そっと唇を離し、龍吾が静かに言った。

「〝もう一つの約束〟は、凛花も俺にする約束」
「私も、龍吾に?」

 それは、〝生き抜くこと〟。

 なにがなんでも、何があっても。

 決して、命を捨てない。

「今を一緒に歩いていく事ができなくても」
「龍吾それは」

 凛花の目から涙がこぼれた。

 死のうとしていた。

 落としたナイフは、自らの首を切る為のものだった。

 龍吾はちゃんと分かっていた。だから、約束する。

〝生き抜く〟。

「俺はちゃんと罪を償わないといけないから」

 龍吾は凛花の頬をそっと拭いながら困ったように笑った。

「例え相手があんな、田崎みたいなヤツでもな」

 両手で凛花の顔を優しく挟む。凛花は目を閉じうつ向いた。

 龍吾、龍吾!

 喉の奥が詰まったように、声が出ない。

 だって貴方は私の為に!

「きっと、この束の間が永遠になる日が来る。だから、その日の為に約束」

 この束の間が永遠になる日の為に。

「りゅう……ご……っ」

 唇を塞ぐような、激しい口づけ。凛花も龍吾の首に腕を絡め、しがみついた。

 心は、ずっと一緒よ!
 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

空蝉

杉山 実
恋愛
落合麻結は29歳に成った。 高校生の時に愛した大学生坂上伸一が忘れれない。 突然、バイクの事故で麻結の前から姿を消した。 12年経過した今年も命日に、伊豆の堂ヶ島付近の事故現場に佇んでいた。 父は地銀の支店長で、娘がいつまでも過去を引きずっているのが心配の種だった。 美しい娘に色々な人からの誘い、紹介等が跡を絶たない程。 行き交う人が振り返る程綺麗な我が子が、30歳を前にしても中々恋愛もしなければ、結婚話に耳を傾けない。 そんな麻結を巡る恋愛を綴る物語の始まりです。 空蝉とは蝉の抜け殻の事、、、、麻結の思いは、、、、

放蕩な血

イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。 だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。 冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。 その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。 「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」 過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。 光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。 ⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

処理中です...