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もう一つの約束は
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最後に飛び掛かってきた男に剣崎は、両の手を組んだ拳をその頭上に振り下ろし溝落ちにニードロップをくわえ、撃沈させた。
「うおぉ……っ」とまだ残っていた男がその脇からナイフを持って突進してきたが、その背中に高い位置から踵が落とされる。崩れた男の後ろに、兵藤が立っていた。
「サンキュー、保」
「俺は本来、武闘派じゃないんだけどな」
「まあそーいうなって」
言いながら剣崎は足元に倒れる男の手を蹴り、そこに握られていたナイフを遠くにやった。
倒れ悶絶する男達を尻目に、剣崎は鈴蘭の前へ歩いて行く。そこには部下の男に脇を支えられ辛うじて立ち上がった田崎の姿があった。
「なんてザマだよオッサン、と言いたいとこだが、またうちのが悪いねぇ」
〝悪い〟と思う気持ちなど微塵もない事は火を見るより明らかな剣崎の口調に、田崎は口元を歪めた。
「テメェ、凛花に手は出させねぇとかぬかして」
ヘラヘラとしていた剣崎の表情が変わる。
「オッサンの勘違いだ、そりゃ。俺は『凛花に』とは言ってねぇ」
「なに?」
「あくまでも〝そちらさんの商品に〟と言ったんだ。凛花は今日店を辞めた。その時点でこっちにしてみりゃアンタんとこの〝商品〟っつー認識はなくなったんだよ。そんでアイツが奪い去った。奪ったモン勝ちだ。もうオッサンのモンではねーんだよ!」
とんでもない屁理屈だ。しかし、この街で筋の通った理屈などない。〝筋〟は自分で通すのだ。
田崎が悔しげに剣崎を睨み付けた時だった。
いつの間にか雨が上がり、白々と明け始めた東の方角からパトカーと救急車のサイレンが聞こえてきた。
「ナイスなタイミングだな、保」
剣崎が隣にいた兵藤に声を掛けた。
「ああ、だいたいこのくらいの時間でカタを付けるからよろしく、って四科のチョウさんに言っといた」
兵藤が腕を組み、余裕の笑みを見せた。
「さすがだな。じゃあ俺らは居なくなるとすっけど」
言いながら剣崎は、血の滲む脇腹を押さえ苦悶の表情で睨む田崎に視線を移した。
「報復とかなら組織で来いや。いつでも受けて立ってやる。個人を狙うんじゃねーぞ」
「剣崎!」
動き出そうとした田崎が痛みに顔を歪めた。
「テメ、覚えてろよ」
「わりーね。俺頭わりーから全部忘れちまうよ。それよりよ、オッサン死なねーでな。傷害罪と致死罪じゃぜんぜん違うんでね」
近づくパトカーのサイレンを聞きながらハハッ! と笑った剣崎は、兵藤と走り去った。
†††
「もう一つの約束?」
「ああ」
始発まで、と剣崎が羽田近くのホテルまで用意してくれていた。
薄暗いライトの下、肌と肌が触れ合う。
「龍吾、龍吾! たくさん、たくさん愛して」
「言われなくても」
クスリと笑う龍吾が、ゆっくりと凛花の首筋に唇を寄せた。
「は……ん……」
躰を突き抜ける快楽の吐息を逃す唇を、塞がれた。
龍吾! どんなに、どんなにか貴方に会いたかったか。どんなに、貴方に触れたかったか。
貴方はわかる?
絡めた指に力が篭った。
滑り込む舌が、優しく絡まる。
雨に濡れて冷えていた躰が、熱を帯びていった。
肌が気持ちいい。
「んん……っ……あっ」
「……愛してる」
甘い響きを持った声が、凛花を痺れさせる。
言葉が出ないくらい、いっぱいにして。龍吾!
ほんの束の間の時間。たくさん愛し合う。
†
『もう一つ、約束をしていいか?』
夜明けの光がカーテンから微かに漏れる頃だった。再び絡めた指に力を籠めた龍吾が凛花を見下ろしていた。
「もう一つの、約束?」
「ああ」
龍吾は短く答えると凛花の身体を抱き抱え、グイッ!と起こした。
「きゃっ」
突然の動きに小さく声をあげた凛花を、自分の上に座らせる。
「龍吾?」
凛花は龍吾の肩に手を掛け、小首を傾げた。
向かい合い、見詰め合う。龍吾がそっと凛花の頬に手を寄せた。
ゆっくりと唇を重ねる。
溶け合い、とろけて。そっと唇を離し、龍吾が静かに言った。
「〝もう一つの約束〟は、凛花も俺にする約束」
「私も、龍吾に?」
それは、〝生き抜くこと〟。
なにがなんでも、何があっても。
決して、命を捨てない。
「今を一緒に歩いていく事ができなくても」
「龍吾それは」
凛花の目から涙がこぼれた。
死のうとしていた。
落としたナイフは、自らの首を切る為のものだった。
龍吾はちゃんと分かっていた。だから、約束する。
〝生き抜く〟。
「俺はちゃんと罪を償わないといけないから」
龍吾は凛花の頬をそっと拭いながら困ったように笑った。
「例え相手があんな、田崎みたいなヤツでもな」
両手で凛花の顔を優しく挟む。凛花は目を閉じうつ向いた。
龍吾、龍吾!
喉の奥が詰まったように、声が出ない。
だって貴方は私の為に!
「きっと、この束の間が永遠になる日が来る。だから、その日の為に約束」
この束の間が永遠になる日の為に。
「りゅう……ご……っ」
唇を塞ぐような、激しい口づけ。凛花も龍吾の首に腕を絡め、しがみついた。
心は、ずっと一緒よ!
「うおぉ……っ」とまだ残っていた男がその脇からナイフを持って突進してきたが、その背中に高い位置から踵が落とされる。崩れた男の後ろに、兵藤が立っていた。
「サンキュー、保」
「俺は本来、武闘派じゃないんだけどな」
「まあそーいうなって」
言いながら剣崎は足元に倒れる男の手を蹴り、そこに握られていたナイフを遠くにやった。
倒れ悶絶する男達を尻目に、剣崎は鈴蘭の前へ歩いて行く。そこには部下の男に脇を支えられ辛うじて立ち上がった田崎の姿があった。
「なんてザマだよオッサン、と言いたいとこだが、またうちのが悪いねぇ」
〝悪い〟と思う気持ちなど微塵もない事は火を見るより明らかな剣崎の口調に、田崎は口元を歪めた。
「テメェ、凛花に手は出させねぇとかぬかして」
ヘラヘラとしていた剣崎の表情が変わる。
「オッサンの勘違いだ、そりゃ。俺は『凛花に』とは言ってねぇ」
「なに?」
「あくまでも〝そちらさんの商品に〟と言ったんだ。凛花は今日店を辞めた。その時点でこっちにしてみりゃアンタんとこの〝商品〟っつー認識はなくなったんだよ。そんでアイツが奪い去った。奪ったモン勝ちだ。もうオッサンのモンではねーんだよ!」
とんでもない屁理屈だ。しかし、この街で筋の通った理屈などない。〝筋〟は自分で通すのだ。
田崎が悔しげに剣崎を睨み付けた時だった。
いつの間にか雨が上がり、白々と明け始めた東の方角からパトカーと救急車のサイレンが聞こえてきた。
「ナイスなタイミングだな、保」
剣崎が隣にいた兵藤に声を掛けた。
「ああ、だいたいこのくらいの時間でカタを付けるからよろしく、って四科のチョウさんに言っといた」
兵藤が腕を組み、余裕の笑みを見せた。
「さすがだな。じゃあ俺らは居なくなるとすっけど」
言いながら剣崎は、血の滲む脇腹を押さえ苦悶の表情で睨む田崎に視線を移した。
「報復とかなら組織で来いや。いつでも受けて立ってやる。個人を狙うんじゃねーぞ」
「剣崎!」
動き出そうとした田崎が痛みに顔を歪めた。
「テメ、覚えてろよ」
「わりーね。俺頭わりーから全部忘れちまうよ。それよりよ、オッサン死なねーでな。傷害罪と致死罪じゃぜんぜん違うんでね」
近づくパトカーのサイレンを聞きながらハハッ! と笑った剣崎は、兵藤と走り去った。
†††
「もう一つの約束?」
「ああ」
始発まで、と剣崎が羽田近くのホテルまで用意してくれていた。
薄暗いライトの下、肌と肌が触れ合う。
「龍吾、龍吾! たくさん、たくさん愛して」
「言われなくても」
クスリと笑う龍吾が、ゆっくりと凛花の首筋に唇を寄せた。
「は……ん……」
躰を突き抜ける快楽の吐息を逃す唇を、塞がれた。
龍吾! どんなに、どんなにか貴方に会いたかったか。どんなに、貴方に触れたかったか。
貴方はわかる?
絡めた指に力が篭った。
滑り込む舌が、優しく絡まる。
雨に濡れて冷えていた躰が、熱を帯びていった。
肌が気持ちいい。
「んん……っ……あっ」
「……愛してる」
甘い響きを持った声が、凛花を痺れさせる。
言葉が出ないくらい、いっぱいにして。龍吾!
ほんの束の間の時間。たくさん愛し合う。
†
『もう一つ、約束をしていいか?』
夜明けの光がカーテンから微かに漏れる頃だった。再び絡めた指に力を籠めた龍吾が凛花を見下ろしていた。
「もう一つの、約束?」
「ああ」
龍吾は短く答えると凛花の身体を抱き抱え、グイッ!と起こした。
「きゃっ」
突然の動きに小さく声をあげた凛花を、自分の上に座らせる。
「龍吾?」
凛花は龍吾の肩に手を掛け、小首を傾げた。
向かい合い、見詰め合う。龍吾がそっと凛花の頬に手を寄せた。
ゆっくりと唇を重ねる。
溶け合い、とろけて。そっと唇を離し、龍吾が静かに言った。
「〝もう一つの約束〟は、凛花も俺にする約束」
「私も、龍吾に?」
それは、〝生き抜くこと〟。
なにがなんでも、何があっても。
決して、命を捨てない。
「今を一緒に歩いていく事ができなくても」
「龍吾それは」
凛花の目から涙がこぼれた。
死のうとしていた。
落としたナイフは、自らの首を切る為のものだった。
龍吾はちゃんと分かっていた。だから、約束する。
〝生き抜く〟。
「俺はちゃんと罪を償わないといけないから」
龍吾は凛花の頬をそっと拭いながら困ったように笑った。
「例え相手があんな、田崎みたいなヤツでもな」
両手で凛花の顔を優しく挟む。凛花は目を閉じうつ向いた。
龍吾、龍吾!
喉の奥が詰まったように、声が出ない。
だって貴方は私の為に!
「きっと、この束の間が永遠になる日が来る。だから、その日の為に約束」
この束の間が永遠になる日の為に。
「りゅう……ご……っ」
唇を塞ぐような、激しい口づけ。凛花も龍吾の首に腕を絡め、しがみついた。
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