舞姫【前編】

深智

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生活安全課の亀岡

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 それぞれの課で朝礼が終わった警察署内は、制服、私服の警察官達が各々の仕事に就く為に入り雑じる喧騒に包まれていた。

 生活安全課の警部亀岡は、地域課の警官達が慌ただしく自転車に跨がり出ていくのを窓から眺めながら見送る。

 さて仕事、とパソコンに向かおうとした時だった。

「亀岡さん、お電話でーす」

 制服の女性警察官が生安課の入口から亀岡を呼んだ。

「電話?」





「ああ、分かったよ。昼にいつもの駅前の喫茶店だな」

 それだけ言うと亀岡は電話を切った。

 電話の相手は、彼が少年事件担当だった数年前に扱った暴行傷害事件の被疑者である当時19歳少年、の相棒。

 当の本人からは滅多に、というか完全になしのつぶてだが、この相棒である青年からはちょくちょく連絡が来た。

 また例の依頼、かな。

「亀さん、タバコかい?」
「ああ」
「近いうちに全署禁煙に、なんて声が上がるかもしれん、なんて噂、どっかから聞いたぞ」

 同僚が冗談めかした事を言い、笑った。

「そりゃ勘弁だな。そんな事になったら肺癌で死ぬ前にストレスで死んじまうわ」

 同僚達が笑うのを背中で聞きながら亀岡は部屋を出た。

 缶コーヒーを片手にタバコを吸う。

 喫煙所は警察署の隅だ。現署長が煙草を吸わない人間の為、赴任早々、各部屋内での喫煙禁止令を出した。

『喫煙は所定の場所にて!』

 結果、喫煙所は署で一番暗く寂しい隅っこに落ち着いた。

 留置と変わんねーよな。吐き出す煙はため息混じりだ。

 ストレスばかりでタバコ吸わずにいられない仕事なのに。

 吐き出した煙が揺蕩う姿を見ながら亀岡は今しがた電話で話した青年の事を思い返した。

 兵藤保。

 礼儀正しい、真面目な青年だ。初めて会った時の好印象が今でも忘れられない。

 亀岡が初めて兵藤に会った時、彼は都内の有名私立大学の学生だった。

 親がいない兵藤は、学費は全て奨学金、生活費はアルバイトとーー、親友である、あの少年の、ホストの稼ぎだと言っていた。

 亀岡は、複雑な事情を重ねていたらしい彼等をずっと気にかけてきた。いつしか彼らが自分を利用し始めていた事も知りつつ、コンタクトを取り続けてきたのだ。

 どうしても、彼らの行く末が心配でならなかったから。



「よぉ、元気にやってるか」
「まあ、なんとかですね」

 亀岡は喫茶店の、一番奥の席で先にコーヒーを飲んでいた保と向かい合い座った。

 昼時の為、静かなジャズが流れる店内はどのテーブルもサラリーマンらしき客が1人で席に着き新聞を広げランチをつついている。

「何か食べるか」
「いえ。僕はもう食べましたから」
「そうか」

 亀岡は胸ポケットからタバコを出し1本くわえると、水とおしぼりを持って来たウェイターにコーヒーだけ頼んだ。

 ほんの数分の沈黙が流れ、亀岡が口を開いた。

「相棒は元気か」
「元気にやってますよ、変わらず」
「そうか、また警察の世話になるような事してねーか気になってよ」

 保はコーヒーカップに口を付けたまま上目遣いでクスリと笑った。

「アイツをブタ箱にぶちこんでくれた超本人ですからね、亀岡さん」
「言ってくれる」

 そうなのだ。礼儀正しいくせに、たまにこうして辛辣なセリフをサラリと言う。いつも本心を見せない。

 アイツと同じ目をしている。

 亀岡は、彼らがいつか何かをするのではないか、と気が気じゃない。

 彼らが十代の頃から見てきて分かった事がある。

 きちんと役割分担が出来ているのだ。

 兵藤保。コイツは頭脳。一切手を汚さない。

 そして、コイツの相棒。剣崎星児。ヤツが、行動。前科なんてまるで恐れず手を汚す。

 頭脳派の兵藤が糸を引いているのか、と当初は思っていたのだが、違う。もっと複雑に要素は絡み合っているようだ。

 だから、亀岡は彼等から目を離せず今に至っている。

 仕事の昼休みか。外回りか。保はスーツにネクタイ姿だ。傍らに大きなバッグが置いてあった。

 彼が学生だった頃から見てきた亀岡は、いかにも頭の切れそうないい男になったな、と思う。

「お前ほどの男ならもっと別の、いわゆるエリートコースという将来が約束されていただろうに……」

  地道に外回りを続ける営業マンという仕事に就く保に、亀岡は思わず呟いてしまう。その呟きにすかさず保が返してきた。

「悪い仕事ではありませんよ。〝金持ち〟と〝知り合い〟になれる」

 亀岡には、最後の一言が妙に意味深な響きを持った言葉に聞こえ引っかかるものを感じたが、そうかハハハ、と乾いた笑いで受け流した。

 コーヒーを一口すすったところで腕時計を見る。

「さて、と。今日もやっぱり例のアレか?」

 亀岡が今日保が呼び出した用件であろう話に持っていく。

「はい。お察しの通りです」

 ニコッと笑った保が封筒を差し出した。




 保は亀岡が姿を現した時にみちる直筆の履歴書はさりげなくしまっていた。代わりにテーブルに出していたのは簡素な定形の茶封筒だ。

 封筒の中には数人の女のコの簡単な履歴が入っていた。

 亀岡が自分と星児を心配してくれているのは、保にも分かっていた。今までに見てきたどんな大人よりも、もしかしたら信頼できる人間かもしれない事も。

 元々は捜査畑の刑事だ。自分達が彼の今の職を利用している事など、百も承知で利用されてくれているのだろう。

 だが、今内面をさらけ出していく訳にはいかないのだ。

 自分達がこれからしようとしている事は、誰にも知られる訳にはいかない。

すっかり、どんな人間に対しても他人行儀、という技が身についてしまったと保は思う。

 そんな自分が久しぶりに心が緩む悦びみたいなものを味わってしまった。

 テーブルの下にある保の手の中に、みちるが書いた履歴書があった。

 みちる。

「その中で未成年の家出人リストにヒットする子がいたらすぐ教えてください」

 茶封筒を胸ポケットにしまう亀岡に保が言った。

「分かった」

 亀岡はそれだけ言い、コーヒーを飲み干した。

 いつもこうして警察のデータベースを自由に閲覧できる亀岡を利用して星児が扱う女達の中で怪しそうなのを調べている。

 年をごまかして紛れ込んだ未成年の為に風営法に引っかかって摘発されるなど、あまりにも馬鹿げている。

 いつしか星児と、生安課にいる亀岡を使おう、という話になったのだ。

 毎回、疑わしい女の簡単な略歴と身体的特徴などを書き込んだモノを渡しているのだが、今回亀岡に渡した女のコ達は全てカモフラージュ。安全パイだ。

 目的は、みちるだ。津田みちる、という少女に捜索願いが出ていれば、すぐにヒットする筈だ。

 もしもヒットした場合は。

 保はグッと奥歯を噛み締めてから口を開いた。

「もしそんな子がいたら、すぐに身柄引き渡します」
「ああ。頼むな」

 亀岡はそう言いながら立ち上がる。

「職権濫用っつーヤツだな。高くつくぞ」
「分かってますよ」

 冗談ぽく言い笑った亀岡の顔に保は笑い返したが、、ほんの少し胸がチクリと痛んだ。

 亀岡はサラリとこなしてくれているが、データベースの利用目的が他にバレればタダでは済むまい。

 ありがとうございます、と保は胸の中で亀岡に手を合わせた。

そして、みちるが、何処にも引っかからない事を祈っていた。


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