舞姫【前編】

深智

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バスタイム

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 バスタブに浸かる麗子がしなやかに伸ばした指先から、ちゃぷん、と滴が落ちた。白く、まるで絹のように滑らかな肌を、一緒にバスタブに浸かるみちるはうっとりと眺めていた。

 爪先から指先、その隅々から愛される女の艶やかさがにじみ出る事をみちるは知った。

 麗子さんは、星児さんに愛されてるんだ。

 フッと浮かんだその事実に、みちるの胸が張り裂けそうになる。落ち着ける為に、深呼吸をし、目を閉じた。

 保と星児のどちらも帰りが遅い時は、麗子が夜更けまで家に居てくれる。そんな時は、一緒に入浴するようになっていた。

 麗子は優しく語り掛ける。

「みちるちゃん。自分の指先から爪先、髪の毛1本までしっかりケアしてあげてね。全身くまなくかわいがってあげて。愛でてあげて。愛してあげればあげる程、身体は答えてくれるのよ」

 麗子はそう言いながら、みちるの手を取り指1本づつ優しくマッサージしていく。

「愛してあげれば」
「そうよ」

 立ち上りゆれる湯けむり。ほんのりと紅潮する肌。揺れる豊かな胸。それに対し――。

 みちるは自分のまだ発展途上のような身体をみた。

「私も麗子さんみたいに、なれる?」

 麗子は優しく微笑んだ。

「みちるちゃんは私よりずっとずっと綺麗になるから」

 麗子さん、でもね。

 みちるは拾われる前に働いていた店の女のコ達の会話を思い出していた。

『キレイになれる女は男にホントにホントに愛されてる女なんだってー』

 麗子の美しい肢体の背後には星児の存在がある。

 星児を想い、みちるはさりげなく自分の唇に触れた。何事もなかったかのように、あの事には触れる事なく数日が経つ。

 あれは、夢かまやかし?

『教えてやるから』

 あの甘い声がまだみちるの耳に残っている。

 星児さんは私に教えてくれるだけ。好きになっちゃったらいけない。でも、私には初めてのキスで。分かってる、分かってるけど。苦しい、苦しいの。

 みちるの指を優しく揉みほぐしていた手がスッと離れ、うつ向いていた目を閉じていた彼女の眉間に添えられた。

「そんな顔しちゃダメよ」

 ハッと目を開けたみちるが麗子を見ると、眉尻を下げた優しい表情が向けられていた。少し困ったような、フワッと包み込むような、そんな顔をしていた。

「苦悶の表情は、あんまり美しくないかな」

 ほんの少し肩を竦め、冗談ぽく麗子が言う。

 でも、と麗子は続ける。


「精一杯悩んでいっぱい迷って、沢山戸惑って、というのは大事。これからみちるちゃんは恋もするの」

 恋? 出来るの? 私が。

 柔らかな手がみちるの頬を挟む。


「いっぱい苦しんだ分だけ綺麗になれる。でも、苦しむ度にそんな苦悶の表情をしていちゃ、ダメよ」

 ここにシワが出来るから、とみちるの眉間を麗子が指で軽く押さえて笑う。

「あ……」

 そっかぁ、と寄り目になりながらみちるも笑った。

 フフフ、と麗子が意味深な笑顔を見せた。

「男には、苦悶の表情より、涙見せないとね」
「麗子さんたら」

 二人は小さく肩を竦め、笑い合った。入浴剤の柔らかな香りに癒され、みちるの気持ちが少し落ち着いていく。

「もうすぐ誕生日ね?」

 麗子が再びみちるの手を取った。

「はい、十六になります。ちょっと大人ですよ」

 そうね、と麗子が笑う。

「ゆっくりと、少しずつ、大人の女性になっていきましょ」

 みちるは麗子の言葉を反芻していた。

 ゆっくりと、大人の女性になるの。


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