舞姫【前編】

深智

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刑事の勘

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「亀さん、何を調べてるのか知らんが、また余計な事に首を突っ込むなよ。もう定年が近いんだから、大人しく過ごしてさ」

 過去の捜査資料が保管されている倉庫で心配そうに自分を見る同僚に、亀岡は笑顔で答えた。

 保との電話の後、居ても立っても居られなくなった亀岡は、〝あの事故〟を担当した奥多摩の署に出向いていた。

 ちょうど、昔からの仲間である同僚がいる署だった事もあり、すんなり倉庫へと通して貰えたのだが、同僚は心配そうに亀岡の手元を覗き込んでいた。

「お前は人情先行型だからな。ヤバイ事に巻き込またりしないか心配なんだよ」
「心配には及ばねぇよ、大丈夫だよ」

 そうか? と同僚の顔は曇る。

 刑事の勘。

 一緒に捜査畑を歩いて来た仲間には、亀岡の前途に何か不安なものを感じずにはいられなかったようだ。

 亀岡の「大丈夫大丈夫!」という言葉に押され、同僚は渋々倉庫を後にした。


 定年も近いんだから大人しく、か。

 定年が近いからこそ〝落としたモノ〟を拾ってみたり、〝探しモノ〟を探したりしないといけないのだ。




「全く無いなんて、おかしいだろ……」

 過去の事件事故の資料をいくらひっくり返してもあの事故の資料は欠片も出てこなかった。

 昼間、保に話して聞かせた情報は警察の資料から引き抜いたものではなかった。自分の記憶の断片を必死に手繰り寄せ、整理してみたものだったのだ。

 自分の記憶違いだったか? いや、そんな筈はない、と亀岡は首を振った。

「情報統制されてたのか」

 あのダム湖への車両転落事故は殆どマスコミには取り上げられなかった。

「あんなネタ、普通ならマスコミ入れ食い状態だろうに」

 再度資料を読み返してみたが、やはり何処にもない。不気味な影が見え隠れしていた。

 亀岡は腕組みをし、うーんと唸った。

 思い返せば、どんなに不可解でも、調べ直してくれ、と詰め寄るような遺族もいなかったんだ。当時小学四年生だった女の子になんて、何にもできるわけがなかった。

〝不可解な事〟。

 実のところ、保に話さなかったものがまだいくつもあった。

 あの事故の後の署内に不穏な動きがあった。今こうして事故自体が抹消された事実を目の当たりにして亀岡は確信した。

 明らかに、背後で何かが動いていたのだ。

 亀岡は記憶を辿る。

 妙に金回りが良くなったヤツが刑事課にいなかったか。いや、交通もだ。

「タバコでも吸うか」

 一旦、煮詰まった思考をリセットしようと亀岡は立ち上がった時、ふと閃くような感覚が走った。

――津田。

「まさか」

 いや、あり得る。

 亀岡は、ふと思い出した少女の名に、脳内回路が活性化する感覚を覚えた。

 情報統制、事件事故の改ざん。こんな事ができるのは、よほど大きな力。

 亀岡は別の年代の棚へ行き、資料を探し始めた。

 とんでもないものが出てくるかもしれない。

 吸いたいタバコを我慢して、禁煙パイプをくわえた。

 あの時の娘。

 亀岡は担当ではなかった為に、彼女の事はチラリとしか見ていなかった。今会っても恐らく分からないだろう。

 あの子はあの後、どうしたのだろう。

 なぜ剣崎の元に流れ着いた? 直ぐにいなくなったと兵藤は言ったが、彼らは何か隠してないか?

 亀岡は苛立たしげに頭を掻いた。

 もう起こすつもりのなかった、眠らせた筈の刑事の血。

 本格的に調べてみるか。こうしちゃいられない。本庁の資料も見に行こう!
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