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君が好きだよ
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「みちる。味噌汁に胡麻油は斬新だけどさ、お玉一杯は、ちょっとキツイな」
「……えっ⁉︎ あっ! 保さんっいつ帰って来たの⁉︎」
ボンヤリと夕飯の支度をしていたみちるが驚いて顔を上げると、リビングからカウンター越しにスーツ姿の保が覗き込んでいた。
保はみちると目が合うと、ニコッと笑う。
「もうかなり前に『ただいま』って言ったけど、みちる全然聞こえてなくてさ。いつ気付くかなー、って思いながら黙って見てたら、身の危険を感じる品、作り始めたから声掛けた」
みの、きけん?
みちるは手にしている瓶とお玉を見た。
瓶は胡麻油。お玉一杯に並々と注がれたそれが今鍋の中に投入されていた。
「それさ」
保は鍋を指差しながらニッコリ。
「俺の勘違いじゃなきゃ、味噌汁だよな?」
「ああ゛あっ! 大変!」
保はみちるの焦る顔を見ながらアハハハと笑った。
「いいよ、変わる。手直しして何とか食えるモンにしてやるから」
保はそう言いながらスーツのジャケットを脱ぎ、ワイシャツの腕を捲りながらキッチンに入って来た。
「ご、ごめんなさいっ」
慌てふためくみちるの手から保はそっとお玉と胡麻油の瓶を取った。みちるの頭を撫で、言う。
「風呂はまだ?」
「え、うん……」
保はみちるに「じゃあ入っておいで」と優しく微笑んだ。
「ツライ事や悲しい事があった時はムリはしなくていいんだ。思う存分1人の時間を過ごせばいい。俺は風呂の時間が何よりの時間だと思うね。ゆっくり入って来いよ」
今ここで、声を泣いてしまえたら、どんなにか楽になるだろう。でも、それは出来ない。
みちるは心の中でそっと呟く。
泣き付かれたら、保さんは迷惑だよね。
リビングのドアの向こうに消えたみちるの後ろ姿に、どれほどショックな事があったのだろう、と保は思いを巡らせた。
泣かなくなったな、と保は思う。
いや、元々俺の前ではあまり泣かないか。
頼りにされてねーのかな、と微かに痛む胸を抱えて保は小さくため息をついた。
「さて、どうすっかな……」
保は腕を組み難しい顔をし、コンロにかかる鍋を見た。
立ち上る湯気がゆらゆら揺れるバスルーム。バスタブに浸かるみちるはゆっくりと手を伸ばし、いつも麗子がするような仕草をしてみた。
違う。麗子さんはもっと優雅でしなやかで、女の私が見てもウットリしちゃう。
揺れる湯気の中に伸ばした手が見えなくなった。みちるの視界が、曇ったのだ。
分かっていたじゃない。最初から苦しむ事。だからブレーキ掛けた、筈だったのに。筈だったのに!
みちるは膝を抱え、ブクブクと身体を沈める。
蓋……。心に蓋が、出来たらいいのに……。
†
「凄い、これがあのお味噌汁?」
「そ」
土鍋の蓋を持つ保が、どうだ、と言わんばかりの表情をみちるに向けた。その表情にみちるは思わず一言。
「保さん、ドヤ顔です」
「ドヤ顔にもなるだろー。すげ、頭捻ったんだぞ。油ギットリ味噌汁」
みちるはそれを首を竦めながら「ごめんなさい」小さく舌を出す。保はその顔を見て小さくため息をついた。
その顔はズルイな。
「ゆるーす」
「わぁい」
保の〝苦肉の策〟は味噌仕立てキャベツ鍋だった。八当分くらいにされたキャベツ丸ごとが見事な鍋料理になっていた。
「この間のさ〝初夏だってのに味噌煮込み〟で、熱いのは懲りたんだけどな。もうコレしか思い付かなかった。冷蔵庫にキャベツあったからさ」
慣れた手付きでみちるの皿に取り分けた保は笑いながら言う。
「かなり煮詰まってたから埋めまくったぞ」
言いながらも保は思う。
みちるはどれだけの時間煮立った鍋を見詰めていたのだろう。
「後は、材料の原型留めてねぇ恐ろしい代物が二品くらい出来上がってたけど、それはさすがの俺もどうにもならなくてな。わりーけど、捨てちまったぞ」
「うん、いいよ。ごめんね」
みちるは、保が取り分けてくれた皿を両手で持ったまま伏し目がちに固まる。
何があった?
そう、聞きたかった。喉元まで来た言葉を、保は押し戻す。
「さ、食お」
「うん」
保の優しい声に顔を上げたみちるがニコッと笑った。
「旨いか?」
「うん! 凄いよ! どうしてこんなに?」
「そりゃぁ、イロイロ工夫はしました」
悲しげな色に覆われていたみちるの顔にほんのり幸せの色が挿すのを見て、保が笑い掛けた。
「落ちてる時は、旨いモン食うのが一番だろ?」
「……うん……うん」
何も聞かない。何も勘繰らない。でも、ちゃんと包み込んでくれる。柔らかく、温かく。それが、保。
私は、甘えていいんですか? でも、一度寄りかかってしまうと。
「泣きたい時は泣けばいい。泣いた分だけすっきりするぞ。ちゃんと風呂で泣いて来なかったな」
温かい食べ物、優しい言葉が合わさって溶け合って、心に染み込む。
「う゛……ぅ……」
箸と皿を持つ手が震えていた。その手に、ぽたぽたと雫が落ちる。
いつの間にか傍に来ていた保が柔らかくみちるの肩を抱き、次の瞬間、張り詰めていた何かが弛んだ。
箸も皿もテーブルに置いたみちるは、保に抱きつき声を上げて泣き出した。
辛いの。苦しいの。でもどうしたらいいのか、私、分かんないの。
みちるは泣きながら、心の中の葛藤を吐き出していた。
保は、みちるの頭と背中を優しく撫で続けていた。目を固く閉じ、胸が張り裂けそうな想いを必死に隠して。
みちる。君が好きだよ。一生、俺が守ってやるよ。
そう言えたら、どんなにか、良いか。
保の脳裏に浮かぶのは星児の姿だ。
この想いは決して口にしてはいけない。封印しなければいけない。
しゃくりあげていたみちるが少し落ち着きを取り戻してきたところを見計らい、保が静かに話しかけた。
「みちる」
泣き晴らした目が、保を見上げた。潤む漆黒の瞳を見つめながら保は思う。
みちるの、この先の未来には何が待っているのだろうか。穏やかな、なだらかな道が続いているとは思えない。
自分がこの先ずっと守ってやる事ができなくても、今、精一杯の〝幸せ〟を感じさせてやりたい。
俺は、君の人生の踏み台になってもいい。
たとえ君が、俺を見ていなくとも。
保は両手でそっとみちるの顔を挟んだ。
「保さん、ありがとう。たくさん泣いたら、少しすっきりしました」
大きな手に包まれた顔の中で、みちるの腫れぼったくなった目が笑っていた。
「よし」
柔らかな笑みを見せていた保は、ゆっくりとみちるに顔を近づけ彼女の頬に唇を寄せた。そして、優しく頬擦りをする。
「……ん」
みちるはくすぐったそうに首を竦めて笑った。
「くすぐったいよ……」
クスクス笑っていたみちるは、今度は、頬擦りしていた保の顔を両手で挟んだ。
「お礼です」
言いながら、みちるは彼の頬にキスをした。
保さんは、〝大好き〟です。ずっと、傍にいて欲しい。保さんの拡げた手の平の中で、フワフワと浮かんでいたい。でもそれは、いつまで許される?
みちるは心の声をそっとしまう。
「冷めちまうな。食事再開!」
「うん」
笑う保が再び席に着く。保が箸を取ったのを見て、みちるも箸を取った。
「では、いただきます」
「いただきまーす」
顔の前で手を合わせた二人は笑いながら食事を再開した。
「……えっ⁉︎ あっ! 保さんっいつ帰って来たの⁉︎」
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保はみちると目が合うと、ニコッと笑う。
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みの、きけん?
みちるは手にしている瓶とお玉を見た。
瓶は胡麻油。お玉一杯に並々と注がれたそれが今鍋の中に投入されていた。
「それさ」
保は鍋を指差しながらニッコリ。
「俺の勘違いじゃなきゃ、味噌汁だよな?」
「ああ゛あっ! 大変!」
保はみちるの焦る顔を見ながらアハハハと笑った。
「いいよ、変わる。手直しして何とか食えるモンにしてやるから」
保はそう言いながらスーツのジャケットを脱ぎ、ワイシャツの腕を捲りながらキッチンに入って来た。
「ご、ごめんなさいっ」
慌てふためくみちるの手から保はそっとお玉と胡麻油の瓶を取った。みちるの頭を撫で、言う。
「風呂はまだ?」
「え、うん……」
保はみちるに「じゃあ入っておいで」と優しく微笑んだ。
「ツライ事や悲しい事があった時はムリはしなくていいんだ。思う存分1人の時間を過ごせばいい。俺は風呂の時間が何よりの時間だと思うね。ゆっくり入って来いよ」
今ここで、声を泣いてしまえたら、どんなにか楽になるだろう。でも、それは出来ない。
みちるは心の中でそっと呟く。
泣き付かれたら、保さんは迷惑だよね。
リビングのドアの向こうに消えたみちるの後ろ姿に、どれほどショックな事があったのだろう、と保は思いを巡らせた。
泣かなくなったな、と保は思う。
いや、元々俺の前ではあまり泣かないか。
頼りにされてねーのかな、と微かに痛む胸を抱えて保は小さくため息をついた。
「さて、どうすっかな……」
保は腕を組み難しい顔をし、コンロにかかる鍋を見た。
立ち上る湯気がゆらゆら揺れるバスルーム。バスタブに浸かるみちるはゆっくりと手を伸ばし、いつも麗子がするような仕草をしてみた。
違う。麗子さんはもっと優雅でしなやかで、女の私が見てもウットリしちゃう。
揺れる湯気の中に伸ばした手が見えなくなった。みちるの視界が、曇ったのだ。
分かっていたじゃない。最初から苦しむ事。だからブレーキ掛けた、筈だったのに。筈だったのに!
みちるは膝を抱え、ブクブクと身体を沈める。
蓋……。心に蓋が、出来たらいいのに……。
†
「凄い、これがあのお味噌汁?」
「そ」
土鍋の蓋を持つ保が、どうだ、と言わんばかりの表情をみちるに向けた。その表情にみちるは思わず一言。
「保さん、ドヤ顔です」
「ドヤ顔にもなるだろー。すげ、頭捻ったんだぞ。油ギットリ味噌汁」
みちるはそれを首を竦めながら「ごめんなさい」小さく舌を出す。保はその顔を見て小さくため息をついた。
その顔はズルイな。
「ゆるーす」
「わぁい」
保の〝苦肉の策〟は味噌仕立てキャベツ鍋だった。八当分くらいにされたキャベツ丸ごとが見事な鍋料理になっていた。
「この間のさ〝初夏だってのに味噌煮込み〟で、熱いのは懲りたんだけどな。もうコレしか思い付かなかった。冷蔵庫にキャベツあったからさ」
慣れた手付きでみちるの皿に取り分けた保は笑いながら言う。
「かなり煮詰まってたから埋めまくったぞ」
言いながらも保は思う。
みちるはどれだけの時間煮立った鍋を見詰めていたのだろう。
「後は、材料の原型留めてねぇ恐ろしい代物が二品くらい出来上がってたけど、それはさすがの俺もどうにもならなくてな。わりーけど、捨てちまったぞ」
「うん、いいよ。ごめんね」
みちるは、保が取り分けてくれた皿を両手で持ったまま伏し目がちに固まる。
何があった?
そう、聞きたかった。喉元まで来た言葉を、保は押し戻す。
「さ、食お」
「うん」
保の優しい声に顔を上げたみちるがニコッと笑った。
「旨いか?」
「うん! 凄いよ! どうしてこんなに?」
「そりゃぁ、イロイロ工夫はしました」
悲しげな色に覆われていたみちるの顔にほんのり幸せの色が挿すのを見て、保が笑い掛けた。
「落ちてる時は、旨いモン食うのが一番だろ?」
「……うん……うん」
何も聞かない。何も勘繰らない。でも、ちゃんと包み込んでくれる。柔らかく、温かく。それが、保。
私は、甘えていいんですか? でも、一度寄りかかってしまうと。
「泣きたい時は泣けばいい。泣いた分だけすっきりするぞ。ちゃんと風呂で泣いて来なかったな」
温かい食べ物、優しい言葉が合わさって溶け合って、心に染み込む。
「う゛……ぅ……」
箸と皿を持つ手が震えていた。その手に、ぽたぽたと雫が落ちる。
いつの間にか傍に来ていた保が柔らかくみちるの肩を抱き、次の瞬間、張り詰めていた何かが弛んだ。
箸も皿もテーブルに置いたみちるは、保に抱きつき声を上げて泣き出した。
辛いの。苦しいの。でもどうしたらいいのか、私、分かんないの。
みちるは泣きながら、心の中の葛藤を吐き出していた。
保は、みちるの頭と背中を優しく撫で続けていた。目を固く閉じ、胸が張り裂けそうな想いを必死に隠して。
みちる。君が好きだよ。一生、俺が守ってやるよ。
そう言えたら、どんなにか、良いか。
保の脳裏に浮かぶのは星児の姿だ。
この想いは決して口にしてはいけない。封印しなければいけない。
しゃくりあげていたみちるが少し落ち着きを取り戻してきたところを見計らい、保が静かに話しかけた。
「みちる」
泣き晴らした目が、保を見上げた。潤む漆黒の瞳を見つめながら保は思う。
みちるの、この先の未来には何が待っているのだろうか。穏やかな、なだらかな道が続いているとは思えない。
自分がこの先ずっと守ってやる事ができなくても、今、精一杯の〝幸せ〟を感じさせてやりたい。
俺は、君の人生の踏み台になってもいい。
たとえ君が、俺を見ていなくとも。
保は両手でそっとみちるの顔を挟んだ。
「保さん、ありがとう。たくさん泣いたら、少しすっきりしました」
大きな手に包まれた顔の中で、みちるの腫れぼったくなった目が笑っていた。
「よし」
柔らかな笑みを見せていた保は、ゆっくりとみちるに顔を近づけ彼女の頬に唇を寄せた。そして、優しく頬擦りをする。
「……ん」
みちるはくすぐったそうに首を竦めて笑った。
「くすぐったいよ……」
クスクス笑っていたみちるは、今度は、頬擦りしていた保の顔を両手で挟んだ。
「お礼です」
言いながら、みちるは彼の頬にキスをした。
保さんは、〝大好き〟です。ずっと、傍にいて欲しい。保さんの拡げた手の平の中で、フワフワと浮かんでいたい。でもそれは、いつまで許される?
みちるは心の声をそっとしまう。
「冷めちまうな。食事再開!」
「うん」
笑う保が再び席に着く。保が箸を取ったのを見て、みちるも箸を取った。
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