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激震2
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刑事課の部屋に着くと若松が奥の方を軽く指で指し示した。
指された先、部屋の隅にある応接セットの椅子に、毛布にくるまり顔を埋めたまま動かない女性の姿があった。
亀岡は難しい顔をし、若松を見た。
「こういうのは繊細なモンだしな。誰か同性でいいのはいなかったのか?」
若松は、それが……と言いにくそうに答える。
「こういう対応上手い人が今日はちょうど非番で帰った後で、変わりに対応した女性というのが、アレでして……」
若松は急に小声になり、自分の肩越しに背後を指差した。
若松の後方、刑事課の部屋のど真ん中に腕組み仁王立ちのムスッとした女がいた。
ああ。
亀岡は親指と人差し指で目頭を押さえた。
「ガイシャに対する気遣いもへったくれもなくて、思いっきり機械的に調書取ろうとしたらしくて。被疑者に拒否られて、逆ギレした挙句ヘソ曲げてあの有り様です」
亀岡はため息をついた。
これだから、頭がいいだけの女ってのは。
「若松君! じゃあ、後は貴方の責任でよろしくねっ!」
亀岡を睨んでいた女刑事は刺々しい声で言うと、フンッと部屋から出て行った。
かえって同性がダメな場合がある、というのを亀岡は何度も見てきた。
女性というのは、同性に対して別の感情を介在させてしまう事があるようだ。
いや、今回の場合は、自分が経験した事のない恐怖には共感してあげられない、という致命的な欠陥があるか、と亀岡は唸る。
自分の身を守れる女は、分かってあげられないのだ。
〝襲われる貴女にも非はある〟と言わんばかりに。
亀岡は軽くため息をつきながら、じゃあやってみるよ、と彼女の方へ行きかけてコーヒーメーカーの前で歩みを止めた。
自らコーヒーを二杯入れ、それを持ってうずくまる彼女に近付いて行った。
刑事課の部屋に残る、数人の刑事が興味深く、しかし遠巻きに亀岡のする事を見守っていた。
若松はさりげなく傍に行き、近くに座った。
「飲むかい?」
亀岡がホットコーヒーをうずくまる女性の前に置いたが、彼女は動く事はなく、顔を上げなかった。
「私の好みに合わせて砂糖とミルクをたくさん入れてしまったんだが」
亀岡のちょっと意外な言葉に彼女がピクッと動き、微かに上げた顔から瞳が覗いた。
極力刺激しないよう亀岡は作り笑いはしない。ただ、黙って穏やかな視線を彼女に送る。
「温かくて甘いものは、少し気持ち落ち着けてくれるだろう? 君の前に置いてあったのは、もう冷めてるから、代えさせてもらうよ」
言いながら、亀岡はさり気なくみちるの前にあったコーヒーをどけ、自分が持って来たコーヒーを前に置く。そして、ゆっくりとソファに腰掛け、先に自分がコーヒーを飲み始めた。
それを見て、少しずつ彼女の顔が上がり始めた。
慌てず、焦らず。こんな時、案外同性じゃない方がスムーズに行く事もある。
「悪かったね」
亀岡の予想外な言葉の連続だ。彼女は完全に顔を上げていた。
「え……?」
表情が、なんで謝るんですか? と語っていた。
「さっきは、失礼な尋問みたいな事をしちゃったらしいね。変わりに君に謝りたい。申し訳ない」
亀岡は膝に手を置き頭を下げた。
「そ、そんな……」
頭から被っていた毛布から彼女は顔を出した。
困惑の顔に、頑なだった心が解れた色が微かに挿していた。
あと一押しかな。
亀岡も表情を緩めてゆく。
「とりあえず、これを飲んで」
優しい言葉と仕草で、彼はその女性の手にコーヒーカップを渡した。
「はい……」
彼女は両手でそれを受け取った。そっと口を付けたその顔が、フワッと揺らいだ。
まだ、二十歳そこそこ、だろうな。
亀岡は、気持ちを落ち着けようとしている彼女を少しの間見守っていた。再びゆっくりと話し始める。
「怖い思いをしたのに、本当に申し訳なかったね」
柔らかく穏やかな声音に、彼女は小さく首を振る。
慎重に様子を伺いながら、亀岡はゆっくりと切り出す。
「君の話を少しだけ、聞かせてくれるかな?」
彼女は困惑の色を浮かべた顔で亀岡を見、黙っていた。亀岡は、まいったな、と軽く頭を掻いた。
「私達も、こんな怖い目にあった君を、一人で帰すワケにはいかないんだ。大丈夫。事件の事はもう聞かないから。お家の人にだけ、連絡して迎えに来てもらおう」
「私には、家族はいません」
蚊の鳴くような、今にも泣き出しそうな声だった。
初めて、彼女が口にした身の上に、亀岡は言葉を呑み込んだ。
家族が、いない?
これは、と固唾を呑んだ。
かなり慎重に懸からないと、また貝になってしまうぞ。
「君、年だけでも教えて欲しいな。未成年、ではないよね?」
「はい、二十歳です」
亀岡は彼女がそれだけでも答えてくれて、成人と知り、とりあえずは安堵の吐息を漏らした。
だが直ぐに、大きな疑問が湧いてくる。
じゃあ、働いているのか?
刑事だった観察眼は、未だ衰えてはいない。さりげなく、彼女の持ち物、服装は一通り確認していた。
暴行され、多少の乱れはあるが、身なりは清楚で、安っぽい物は着ていない。安っぽいどころか、多分全てブランド品だ。
水商売や風俗とは無縁に思える彼女に、亀岡は疑問が絶えない。
このくらいの女の子一人でどんな稼ぎをし、どういった生活をしているのか。
だが、ここで不躾にも質問責めにしては、ここまでの苦労が水の泡だろう、と角度を変えて彼女に問いかける事にした。
「とりあえず、未成年じゃないと分かっただけでも良かったよ。君を一人で帰せるかどうかは、ちょっと話し合うから。名前だけでも教えてくれないかな?」
これで駄目だったら作戦の大幅変更だ、そう亀岡が覚悟した時、彼女の口がゆっくりと小さく動いた。
「教官、どうしたんですか!?」
毛布にくるまったままの女性と話しをしていた亀岡がいきなり立ち上がり、部屋から出て行こうとした為、慌てて若松が止めた。
近くで見てはいたのだが声は小さく、その内容は聞こえなかったのだ。
「名前だけ、かろうじて分かった。後は分からんが、ちょっと心当たりがあるんだ」
「心当たり?」
「ああ。少しの間、外して電話をしてくるから彼女、見ててくれ」
「は、はぁ……」
興奮気味に一気に話した亀岡は、バタバタと部屋から出て行った。
津田みちる。
そう言った。彼女は確かにそう言った。
その名を聞いた後、自分はどんな顔をしただろうか、と亀岡は額の汗を拭った。
血流がダムの決壊直後のような激流と化している。心音で周りの音が聞こえない。
亀岡は署内の公衆電話に走っていた。刑事課の部屋でも地域課の部屋でも掛けるのは少々憚られる相手だ。
確か、と亀岡は財布の中にねじ込んであったボロボロのメモ用紙を取り出した。電話番号が書かれていた。
剣崎星児と兵藤保の自宅の電話番号だった。
俺の勘が正しければ、彼女は今、アイツと共に生活をしている筈だ!
最後に連絡を取った日から、四年が経っていた。
もしかしたら、いつか連絡を取る日が来るかもしれない、と取っておいたのだ。
頼む、このままの番号でいてくれ!
†††
指された先、部屋の隅にある応接セットの椅子に、毛布にくるまり顔を埋めたまま動かない女性の姿があった。
亀岡は難しい顔をし、若松を見た。
「こういうのは繊細なモンだしな。誰か同性でいいのはいなかったのか?」
若松は、それが……と言いにくそうに答える。
「こういう対応上手い人が今日はちょうど非番で帰った後で、変わりに対応した女性というのが、アレでして……」
若松は急に小声になり、自分の肩越しに背後を指差した。
若松の後方、刑事課の部屋のど真ん中に腕組み仁王立ちのムスッとした女がいた。
ああ。
亀岡は親指と人差し指で目頭を押さえた。
「ガイシャに対する気遣いもへったくれもなくて、思いっきり機械的に調書取ろうとしたらしくて。被疑者に拒否られて、逆ギレした挙句ヘソ曲げてあの有り様です」
亀岡はため息をついた。
これだから、頭がいいだけの女ってのは。
「若松君! じゃあ、後は貴方の責任でよろしくねっ!」
亀岡を睨んでいた女刑事は刺々しい声で言うと、フンッと部屋から出て行った。
かえって同性がダメな場合がある、というのを亀岡は何度も見てきた。
女性というのは、同性に対して別の感情を介在させてしまう事があるようだ。
いや、今回の場合は、自分が経験した事のない恐怖には共感してあげられない、という致命的な欠陥があるか、と亀岡は唸る。
自分の身を守れる女は、分かってあげられないのだ。
〝襲われる貴女にも非はある〟と言わんばかりに。
亀岡は軽くため息をつきながら、じゃあやってみるよ、と彼女の方へ行きかけてコーヒーメーカーの前で歩みを止めた。
自らコーヒーを二杯入れ、それを持ってうずくまる彼女に近付いて行った。
刑事課の部屋に残る、数人の刑事が興味深く、しかし遠巻きに亀岡のする事を見守っていた。
若松はさりげなく傍に行き、近くに座った。
「飲むかい?」
亀岡がホットコーヒーをうずくまる女性の前に置いたが、彼女は動く事はなく、顔を上げなかった。
「私の好みに合わせて砂糖とミルクをたくさん入れてしまったんだが」
亀岡のちょっと意外な言葉に彼女がピクッと動き、微かに上げた顔から瞳が覗いた。
極力刺激しないよう亀岡は作り笑いはしない。ただ、黙って穏やかな視線を彼女に送る。
「温かくて甘いものは、少し気持ち落ち着けてくれるだろう? 君の前に置いてあったのは、もう冷めてるから、代えさせてもらうよ」
言いながら、亀岡はさり気なくみちるの前にあったコーヒーをどけ、自分が持って来たコーヒーを前に置く。そして、ゆっくりとソファに腰掛け、先に自分がコーヒーを飲み始めた。
それを見て、少しずつ彼女の顔が上がり始めた。
慌てず、焦らず。こんな時、案外同性じゃない方がスムーズに行く事もある。
「悪かったね」
亀岡の予想外な言葉の連続だ。彼女は完全に顔を上げていた。
「え……?」
表情が、なんで謝るんですか? と語っていた。
「さっきは、失礼な尋問みたいな事をしちゃったらしいね。変わりに君に謝りたい。申し訳ない」
亀岡は膝に手を置き頭を下げた。
「そ、そんな……」
頭から被っていた毛布から彼女は顔を出した。
困惑の顔に、頑なだった心が解れた色が微かに挿していた。
あと一押しかな。
亀岡も表情を緩めてゆく。
「とりあえず、これを飲んで」
優しい言葉と仕草で、彼はその女性の手にコーヒーカップを渡した。
「はい……」
彼女は両手でそれを受け取った。そっと口を付けたその顔が、フワッと揺らいだ。
まだ、二十歳そこそこ、だろうな。
亀岡は、気持ちを落ち着けようとしている彼女を少しの間見守っていた。再びゆっくりと話し始める。
「怖い思いをしたのに、本当に申し訳なかったね」
柔らかく穏やかな声音に、彼女は小さく首を振る。
慎重に様子を伺いながら、亀岡はゆっくりと切り出す。
「君の話を少しだけ、聞かせてくれるかな?」
彼女は困惑の色を浮かべた顔で亀岡を見、黙っていた。亀岡は、まいったな、と軽く頭を掻いた。
「私達も、こんな怖い目にあった君を、一人で帰すワケにはいかないんだ。大丈夫。事件の事はもう聞かないから。お家の人にだけ、連絡して迎えに来てもらおう」
「私には、家族はいません」
蚊の鳴くような、今にも泣き出しそうな声だった。
初めて、彼女が口にした身の上に、亀岡は言葉を呑み込んだ。
家族が、いない?
これは、と固唾を呑んだ。
かなり慎重に懸からないと、また貝になってしまうぞ。
「君、年だけでも教えて欲しいな。未成年、ではないよね?」
「はい、二十歳です」
亀岡は彼女がそれだけでも答えてくれて、成人と知り、とりあえずは安堵の吐息を漏らした。
だが直ぐに、大きな疑問が湧いてくる。
じゃあ、働いているのか?
刑事だった観察眼は、未だ衰えてはいない。さりげなく、彼女の持ち物、服装は一通り確認していた。
暴行され、多少の乱れはあるが、身なりは清楚で、安っぽい物は着ていない。安っぽいどころか、多分全てブランド品だ。
水商売や風俗とは無縁に思える彼女に、亀岡は疑問が絶えない。
このくらいの女の子一人でどんな稼ぎをし、どういった生活をしているのか。
だが、ここで不躾にも質問責めにしては、ここまでの苦労が水の泡だろう、と角度を変えて彼女に問いかける事にした。
「とりあえず、未成年じゃないと分かっただけでも良かったよ。君を一人で帰せるかどうかは、ちょっと話し合うから。名前だけでも教えてくれないかな?」
これで駄目だったら作戦の大幅変更だ、そう亀岡が覚悟した時、彼女の口がゆっくりと小さく動いた。
「教官、どうしたんですか!?」
毛布にくるまったままの女性と話しをしていた亀岡がいきなり立ち上がり、部屋から出て行こうとした為、慌てて若松が止めた。
近くで見てはいたのだが声は小さく、その内容は聞こえなかったのだ。
「名前だけ、かろうじて分かった。後は分からんが、ちょっと心当たりがあるんだ」
「心当たり?」
「ああ。少しの間、外して電話をしてくるから彼女、見ててくれ」
「は、はぁ……」
興奮気味に一気に話した亀岡は、バタバタと部屋から出て行った。
津田みちる。
そう言った。彼女は確かにそう言った。
その名を聞いた後、自分はどんな顔をしただろうか、と亀岡は額の汗を拭った。
血流がダムの決壊直後のような激流と化している。心音で周りの音が聞こえない。
亀岡は署内の公衆電話に走っていた。刑事課の部屋でも地域課の部屋でも掛けるのは少々憚られる相手だ。
確か、と亀岡は財布の中にねじ込んであったボロボロのメモ用紙を取り出した。電話番号が書かれていた。
剣崎星児と兵藤保の自宅の電話番号だった。
俺の勘が正しければ、彼女は今、アイツと共に生活をしている筈だ!
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