舞姫【前編】

深智

文字の大きさ
48 / 64

みちるの素性

しおりを挟む
 保の胸に走った痛み。

『家族、ではない』

 けれど。

 気持ちと想いの接点を結ぼう。




「みちる」
「はい」

 ベッドの上で向かい合う保とみちるは正座していた。みちるは姿勢を正し、うつ向き加減に上目遣いで保を見上げている。

「みちるにちょっと確認しておきたい事があります」

 保の声はいつものような優しさの中に厳しい音色を帯びていた。みちるの身体に緊張が走る。こんな保は初めてだった。

「俺の目を見て」

 両手で顔を挟まれたみちるは、保を真っ直ぐに見つめた。

「はい」

 怒ってるの?

 不安に目が潤むが、必死に涙は堪えた。

「どうして警察で、俺に迎えに来て欲しいと言ってくれなかったんだ?」

 ドキリとしたみちるは視線を逸らした。

「みちる、目を逸らさない」

 聞いた事のない、保の厳しい声だった。見た事のない険しい表情に、みちるの潤む瞳は瞬きも忘れる。

「みちる」
「は……い」

 一呼吸置いた保がゆっくりと語りかけた。

「君は、一人じゃないんだよ」

 厳しさの中に柔らかな響きが混ざり合った。

「一人じゃ、ない」

 泣いたらダメ、と涙は堪えど声が震える。これ以上の言葉を発したら崩れてしまいそうだった。

「みちるには俺がいる。星児がいる。姉貴だっている」

 保の声が次第に柔らかくなってゆく。頬に触れる手が優しい。みちるの中で必死に堪え、塞き止めていた感情が、一気に溢れ出した。

 みちるは、うわぁ、と声を上げ泣き出した。

「ホントは、ホントは怖かった。怖くて怖くて、助けてって、ずっと心の中で叫んでた。保さん、星児さん、って。でも、でも私は悪い子で、ダメだから……だから……」

 泣きながら支離滅裂に近い内容の言葉を口走るみちるを保は何も言わずに抱き締めた。

「みちる、みちる! もういいから、分かったから! 君は悪い子じゃない! どうしてそんな事を」

 まるで小さな子供が駄々をこねるように取り乱すみちるを、保は強く胸に抱きしめていた。




 みちるはまだ保の腕の中でしゃくりあげ、何かを呟くように言っていた。

 みちるが吐露した言葉には、ちょっと不可解なものがあったが、保は敢えて目を瞑る。

 今は、ただ静かにみちるを包み込んであげる事しかできない。そう思ったから。

 保は、黙って優しく彼女の頭と背中を撫で続けた。

「ごめ……なさ……」

 泣き止んだがしゃっくりが残るみちるは涙を拭い、保の腕に抱かれたまま顔を上げた。みちるの額に保は優しくキスをする。

「俺も、ごめん」

 実はまだみちるが自分を頼りきってくれていなかった、というショックがイラつきを芽生えさせたのだ。それがあんな大人げのない言動に繋がってしまった。

 しかしどうしてもみちるに、君は1人じゃない、としっかり伝えてあげたかった。それが、厳しい態度となって出てしまった。

 口に出してはいけないこの想い。

「みちる」

 目と目をしっかりと合わせ、見つめ合う。

「保さん?」
「キス、していいか?」

 しっかりと君の心と身体に刻み込もうと、俺は決めた。

「はい」

 微笑んだみちるが静かに目を閉じた。




 ゆっくりと重なる唇。柔らかな、優しい感触と甘やかな温もりが全てを浄化してくれる。

 そして、解れた心に懐かしいような、微かな切なさをのせた感情がゆっくりと染み込んでゆく。

 あのね、保さん。保さんのキスが、大好きです。

 きっと、保さんのキスは私の心に〝慈しむ〟という大事な感覚を残してくれる。教えてくれる。

 ゆっくりと唇を離した保がみちるの瞳を真っ直ぐに見つめた。

「みちる、忘れないで。みちるは、一人じゃない」

 羽ばたくその日まで。

 その言葉だけ、互いに呑み込んだ。

「はい」

 泣き腫らした瞳でみちるは微笑み返事をした。

 私達に〝永遠〟などない。

 それは痛い程分かっているのだから。



†††

「みちるは?」
「ぐっすり。大丈夫だろ」

 いつも通り午前様で帰った星児がシャワーも済ませ、ダイニングの椅子に座った。

 保がチーズやナッツなどのツマミとワインを出して来た。

「みちるの枕元で話せる話じゃねぇからさ」

 言いながら保も座り、互いに手酌で呑み始めた。

「とりあえずはみちるは落ち着いたのか?」
「ああ。でもな、星児には言わないでくれって言うんだ」

 みちるはあの、取り乱して泣いた時『星児さんには知られたくないの』『星児さんには言わないで』と何度も言った。

 保は、胸が締め付けられそうだった。

 星児とみちるの間に何があったのか、聞いていないからな。

 怖くて聞けない自分がいたのだ。

 保は軽く星児を睨む。

「お前がみちるに何をしたのかは敢えて聞かねぇけどさ」

 ワイングラスを持った星児はその中で揺れる液体を見つめたままククッと笑い「怖ぇな」と言う。

「なんもしてねぇよ」

 星児はグイッとワインを飲み干した。

「俺はみちるに〝生きいく術〟みてーなのを教えただけだ」

 生きる術。

 恐らく、星児と自分がみちるに教えたい事は違う。いや、同じものだとしても、捉え方や角度がまったく違うのだろう。

「どちらにしても、みちるは暫く外出はさせない事だな」
「ああ。慎ちゃんもかなりショック受けてたな」

 保は電話で知らせた時のマスターの様子を思い出していた。

「いい機会だ。みちるは、慎ちゃんとこはもう辞めさせる。あの店に関してはちょっと俺に考えもあるからな」
「慎ちゃんの店に関して、星児に考えが?」

 ピクリと保の眉が上がった。

「いや何でもねーよ」

 長い付き合いだ。保には、星児が何かを企んでいる時はだいたい分かるが、大抵黙って素知らぬ振りをする。

 いよいよになった時に必ず話してくれるから。何時だって保はその時を待つ。ずっとそうやって生きてきた。しかし、今回は自分達の恩人とも言うべき同郷の人間。

 星児、何企んでるんだよ。慎ちゃんが相手となると、時と場合によっては、断固阻止するぞ、俺は。

 保の気持ちを知ってか知らずか、星児が話題を変える。

「で、亀岡のオヤジさんが何て?」

 保は星児に、電話で今夜の出来事は一通り説明してあった。思わぬ場所で、思わぬ人物との再会があった事も含め。大事な核心は帰って来たら話すと言ったのだ。

「あのみちるの親の事故の事をさ、ずっと調べてたんだってさ、オヤジさん。それで見えた、みちるの親の素性を俺に教えてくれた」

 グラスのワインを空にした保はキューブ型のチーズを口に放り込む。星児はそんな保を黙って見ていた。保はワインのボトルを手に取りグラスに注ぐと一呼吸置き、口を開いた。

「みちるの父親は、あの巨大コンツェルン津田グループの総裁、津田恵三の非嫡出子だ」
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

処理中です...