舞姫【前編】

深智

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みちるの秘密

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【非嫡出子】

法律上の婚姻関係に無い男女間に生まれた子。(大辞泉より)

ーーーー

「つまり、私生子って事か」

 それじゃあ、みちるは。

 険しい表情を見せた星児は自然と拳を握り締めていた。

 保は個人的意見は差し挟む事なく、亀岡から聞いた真実の報告を続ける。

「そう。でもただの私生子じゃない。津田家の籍に入る事を認められ、津田姓を名乗る事を許された〝選ばれた私生子〟なんだよ」

 保は一息置き、ワインを一口飲んだ。

「選ばれた私生子」

 星児が呟いた。そうだよ、と保は言うとさらに続ける。

「津田恵三は政財界のドンだ。俺は元々、政治・経済専門だしさ、彼には昔から興味があって関連著書はかなり読み漁ってたんだ。
読んでいくうちに見えてきたのは、津田恵三の、男尊女卑の傾向が強い人間像だ。
各グループ企業のトップはどうしても自分の血を受け継ぐ男にしたい。
でも、正妻との間には娘しかいない。
そこで、数いる愛人に生ませた子供の中で、優秀な男だけを選び実子と認めてきたらしい」
「それでみちるの父親は選ばれし優秀な男児だった、という訳か」

 苦々しい思いで吐き捨てるように星児が言う。

 人間の尊厳も人格の尊重もあったもんじゃねーな。

 星児はタバコをくわえ火を点け、保は話しを続ける。

「そう。しかも類い稀な才覚の持ち主で津田にとってかなりのお気に入りだったらしい。後継者にしようと考えていたくらいにね。」
「みちるは母親似か」

 ハハハと乾いた笑いと共に冗談ぽく言った星児に保は睨み、たしなめる。

「確かにみちるはあんま賢くはねぇけどさ、みちるの母親がどんなだったかなんて俺達はわかんねぇだろうが」

 星児は保に苦笑いし肩を竦めてみせ、それにしてもよ、と話し出す。

「それ程の男がどうして妻子を連れて山梨の片田舎に引っ込んで、親戚縁者との縁を切ってまでひっそりと暮らしていたんだよ」
「それは亀岡のオヤジさんも、まだ分からんって言ってたな。何故あんな末路を辿ったのか、も」

 星児の目が鋭く光る。

「オヤジさん、まだ調べていくつもりか?」
「ああ。みちるに再会して、俄然張り切ってたぞ。彼女の無念を晴らしてやるんだ、とか言ってたな」

 保の言葉に星児は失笑に似た笑いを漏らす。

「みちるの無念、か」

 会わなかった数年、少ない手掛かり、手探りで事件の断片、欠片を拾い集めていたようだ。

 少し考え込むような仕草を見せた保が静かに口を開いた。

「オヤジさん、あの署にいるのは想定外とか言ってたな。何かあったんだろうな」

 とは言っても、警察内部の事なんて分からない。

「恐らく、あんまいい事じゃねぇな」

 言いながら星児が軽くタバコの煙を吐き、保の方へ向き直り厳しい表情を見せた。

「津田グループの企業トップはマジで津田の実子のみか?」

 星児と保の脳内に閃光が走った。

「いる! TUD総合警備のトップが!」
「津田武司、いや、郡司武!」

 二人がほぼ同時に声をあげ、お互いを人差し指で指し合い何かを言おうと口を開いた時だった。

「やだあぁあっ」

 寝室から悲鳴に近いみちるの声がした。

「みちる!」

 寝室に飛び込むのは、星児が一瞬早かった。

「一人はいや、暗いのはいや」
「ああ、ああ分かってる。ごめんな。もう大丈夫だ」

 星児とみちるがベッドの上で抱き締め合う。みちるは星児の胸に顔を埋め、星児はみちるの頭と背中を優しく、愛しそうに撫でていた。

 前にも見たな、この光景。保は小さくため息をついた。

 四年前、拾ったみちる家に連れ帰った夜だ。

 あの時はこんなに胸が潰されそうにはならなかった。けど今は。

 俺達は、この先何処へ、どうやって歩いていくのだろう。




「みちる」

 保の柔らかな声にみちるがそっと顔を上げた。暗闇に慣れた目が、星児の腕の中にいた事を脳内に伝える。

「あっ! ごめんなさいっ」

 みちるは星児の胸に両手を突いて離れようとしたが、その左手首を星児が掴み、顔を覗き込む。

「みちる」

 甘く色っぽい星児の声が、みちるの名前を呼ぶ。

 声が滑り込んだ耳から、掴まれたその手首から、痺れが全身に周りそう。みちるは肩を竦めて小さく震えた。

 ギュッと目を閉じ、耐え、薄目を開けて星児を伺った。星児はフッと笑う。

「これじゃあ、ガキの夜泣きだな」

 よなき……。

「うー、ひど……」
「おっと」

 空いた方の手で拳を握り星児の胸を叩こうとしたみちるだが、そちらの手首は保に掴まれた。

「はいはい、夜泣きじゃない夜泣きじゃない」

 優しい声と共に保はみちるの頭をそっと抱く。

「ぜんぶ星児が悪いんだよなー?」
「は? ちげーよな、みちる。悪いのはみちるを一人にした保だよな?」
「それは俺だけじゃねぇっ」

 保の冗談混じりのジョブに、星児が反撃し軽く言い合いが始まる。まるで少年のようなやり取りは、あの日から今でも変わらず時折見られた。

 目を丸くしニ人を交互に見ていたみちるだったが、クスクスと笑いだした。

 大好きです。

 そのまま、安堵に呑み込まれていく。二人に身体を預け、みちるの意識はすう……っと落ちていった。




「みちる?」

 みちるは、ニ人の腕に抱かれ、手を握り締めたまま気付けば静かに寝息をたてていた。

「まったく」

 保は優しい笑みをこぼしながら、握って離さないみちるの手に軽くキスをした。二人は、みちるが起きないよう、抱えたままそっと横たわる。

「安心したんだろ。ホントにガキの夜泣きと変わんねぇ」

 星児はクククと笑ったが、みちるは安心しきった顔で眠ったまま。寝顔を見つめ、星児が独り言のように呟く。

「俺達は、とんでもねー切札を手に入れちまったのかもしれねぇな」

 保はその言葉には答えなかった。

 いや星児。もしかしたら、とんでもない爆弾かもしんねーよ。俺達の〝急所〟になるかもしれない。





 ユラユラと揺れ、フワフワと浮かぶ。そんな感覚。

 夢の中で膝を抱えるみちるは、胎児のように浮遊する。

 意識の外から届く、身体に低く響く二人の声は、乾いた砂に染み込む水のように心に安堵の温もりを浸透させる。

 きっと、胎内で揺れる胎児はこんな感覚なのかもしれない。


 私は、星児さんと保さんの為なら、どんな事だってすると決めました。


 みちるは深い深い眠りの中に堕ちていった。


 
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