50 / 64
麗子からみちるへ1
しおりを挟む
夏の終わりが近付いていた。
太陽の位置が次第に低くなり、窓から差し込む陽射しが優しい秋色に染まり始めた。
リビングのソファーに座るみちるはぼんやりと柔らかな光が当たるベランダの鉢植えを眺めていた。
星児から外出禁止令を出されたみちるに、保がたくさんレンタルビデオを借りて来ていた。日中はそれらを観て過ごす。
ここ数年の話題作は殆ど保と観に行っていた為、保が借りて来てくれるのは、隠れた名作や知り合う以前のヒット作、などみちるに〝自由の無かった数年間〟に公開された旧作だった。
エンディングロールが終わり、みちるはテーブルの上にあったリモコンを操作して停止し、ビデオカセットを取り出した。
ケースにしまい、眺める。
これは、恋愛モノだった。みちるは、選ぶ保の姿を想像し、クスリと笑う。
保は、怖がりな彼女にホラーは借りて来なかったが、ハードなアクションものが殆どかと思えば、さりげなく情愛たっぷりの恋愛モノが紛れ込んでいた。
見事なセレクトです、保さん。
レンタルショップの袋に鑑賞を終えたビデオを二本入れたみちるは読みかけの本に手を伸ばした。
『みちる』
まだみちるが十六だった夜のひと時。
星児が戻らない夜、ベッドに入ると必ず本を読んでいた保をみちるはいつも眺めていた。そんなみちるの頭を保は優しく撫で、語りかけた。
「みちるも沢山本を読みなさい。これから社会の荒波の中に飛び込んでゆくみちるの中に、きっと何かを与えてくれるから」
「何か?」
みちるは保を見つめ、首を傾げる。
「そう。何か。それが何、って具体的には俺も言えない」
えー、と頬を膨らませたみちるに保はクスリと笑い、本を閉じた。
「言えない、と言うか分からない」
「保さんにも分かんない事あるの?」
キョトンとした表情で言ったみちるに、保は一瞬目を丸くし、アハハッと笑いだした。
髪をかきあげて笑う明るい笑顔にみちるの胸がキュンと絞まる。しかし、笑われた事に対して軽く剥れてみせた。
保はみちるに、ごめんごめん、と言いながら頭を撫でた。
「俺は分かんない事だらけだよ。何でも知ってるわけがない」
枕を背に座っていた保は、横になっていたみちるを優しく抱き起こした。
両手でそっとみちるの頬を包んだ保の視線はしっかりとの彼女の双眸を捉える。
「みちるの未来に待ち受けてるものなんて、俺はエスパーじゃないんだから分からないだろ?
俺が言う〝何か〟って言うのは、みちるが壁にぶつかった時やツラい事があった時にそれを乗り越えるヒントや勇気を与えてくれるものだ。
けど、それが何かは自分にしか分からない。
長い年月をかけて自分の中に積み重ねたものしかないんだよ」
保は、ちょっと分からない、という顔をしたみちるの額に優しくキスをした。
「ん、まだ分かんないか」
「うん……」
眉を下げ困った顔をしているみちるを愛しそうに見つめる保は諭すように言う。
「いいんだ、今は分からなくても」
「いいの?」
ああ、と保は優しく微笑み、みちるの髪をそっと鋤いた。髪一本まで慈しむように。
「本当に、芯から身につくものは知らず知らずのうちに浸透してゆくものなんだから。だから、今を大事にするんだ」
静かに言った保は、みちるに頬擦りした。
「んん……保さん……」
みちるはくすぐったそうに肩を竦めて笑った。
脳裏を駆け抜けた保との思い出と共にみちるは本を取った。
保さん。今ならほんの少しだけ、わかる気がします。
これまでに、保がみちるに与えてきた本は多岐に渡る。
小説だけでなく、エッセイや雑学、社会通念を説いたものまで。
どれも、みちるを飽きさせないものだった。
今手の中にあるのは自己啓発ものだ。
『保さんは学校の先生みたいね』
以前、ふと漏らしたみちるの言葉に保は笑って答えた。
『一応、教員免許は持ってるよ。社会科のね』
保さんなら、素敵な先生になってるね。
みちるは、目を閉じた。
私にはちゃんと先生がいる。保さんが教養と知識、星児さんはーー?
星児には、あんな事があった直後の事件で、知られたくはなかったが、隠しておける筈はなかった。
『みちるは暫く外出禁止な』
真剣な表情でみちるの目を見る彼は、そう言った。
指の長い大きな手がみちるの顔を抱き、その黒い瞳が彼女の双眸を覗き込んでいた。
このシチュエーションは、みちるの脳裏にあの日の記憶と感覚を蘇らせる。
瞬きも出来ないみちるは、隣にいた保の手をキュッと握っていた。
高鳴る胸を、痺れる心を、落ち着かせる為。
『外出禁止、ですか?』
『そ』
フッと笑った星児にみちるの心臓が跳ねる。
『何もなくて良かった』
耳元でそう囁いた星児の唇がみちるの頬を掠めた。
肩を竦めたみちるに、星児は、そうだ、とニヤリと笑う。
『みちるにはこの先俺以外の男に溺れないよう、免疫つけてやるから』
『ぇえ゛ぇっ? な、なっ……なん!?』
上擦る声を上げたみちるを、保は星児から引き離す。
『黙れっ、元夜王! みちるはテメーの客じゃねぇっっ!』
保の言葉に星児はワハッと笑った。
躰に残る感覚を目を閉じ、懸命に掻き消す。
『俺以外の男に溺れないように』
そう、星児さんは私に教える為、それだけ。他意は、ないの。分かってる、でも胸が、痛いよ。
みちるは本をテーブルに置き、座っていたソファーにうつ伏せに倒れ込んだ。
苦しいです。胸が、潰れちゃいそうです。
暫く目を閉じていると、電話が鳴った。取ると、麗子の艶っぽい声がみちるの耳に届いた。
「みちるちゃん、お暇でしょ?」
太陽の位置が次第に低くなり、窓から差し込む陽射しが優しい秋色に染まり始めた。
リビングのソファーに座るみちるはぼんやりと柔らかな光が当たるベランダの鉢植えを眺めていた。
星児から外出禁止令を出されたみちるに、保がたくさんレンタルビデオを借りて来ていた。日中はそれらを観て過ごす。
ここ数年の話題作は殆ど保と観に行っていた為、保が借りて来てくれるのは、隠れた名作や知り合う以前のヒット作、などみちるに〝自由の無かった数年間〟に公開された旧作だった。
エンディングロールが終わり、みちるはテーブルの上にあったリモコンを操作して停止し、ビデオカセットを取り出した。
ケースにしまい、眺める。
これは、恋愛モノだった。みちるは、選ぶ保の姿を想像し、クスリと笑う。
保は、怖がりな彼女にホラーは借りて来なかったが、ハードなアクションものが殆どかと思えば、さりげなく情愛たっぷりの恋愛モノが紛れ込んでいた。
見事なセレクトです、保さん。
レンタルショップの袋に鑑賞を終えたビデオを二本入れたみちるは読みかけの本に手を伸ばした。
『みちる』
まだみちるが十六だった夜のひと時。
星児が戻らない夜、ベッドに入ると必ず本を読んでいた保をみちるはいつも眺めていた。そんなみちるの頭を保は優しく撫で、語りかけた。
「みちるも沢山本を読みなさい。これから社会の荒波の中に飛び込んでゆくみちるの中に、きっと何かを与えてくれるから」
「何か?」
みちるは保を見つめ、首を傾げる。
「そう。何か。それが何、って具体的には俺も言えない」
えー、と頬を膨らませたみちるに保はクスリと笑い、本を閉じた。
「言えない、と言うか分からない」
「保さんにも分かんない事あるの?」
キョトンとした表情で言ったみちるに、保は一瞬目を丸くし、アハハッと笑いだした。
髪をかきあげて笑う明るい笑顔にみちるの胸がキュンと絞まる。しかし、笑われた事に対して軽く剥れてみせた。
保はみちるに、ごめんごめん、と言いながら頭を撫でた。
「俺は分かんない事だらけだよ。何でも知ってるわけがない」
枕を背に座っていた保は、横になっていたみちるを優しく抱き起こした。
両手でそっとみちるの頬を包んだ保の視線はしっかりとの彼女の双眸を捉える。
「みちるの未来に待ち受けてるものなんて、俺はエスパーじゃないんだから分からないだろ?
俺が言う〝何か〟って言うのは、みちるが壁にぶつかった時やツラい事があった時にそれを乗り越えるヒントや勇気を与えてくれるものだ。
けど、それが何かは自分にしか分からない。
長い年月をかけて自分の中に積み重ねたものしかないんだよ」
保は、ちょっと分からない、という顔をしたみちるの額に優しくキスをした。
「ん、まだ分かんないか」
「うん……」
眉を下げ困った顔をしているみちるを愛しそうに見つめる保は諭すように言う。
「いいんだ、今は分からなくても」
「いいの?」
ああ、と保は優しく微笑み、みちるの髪をそっと鋤いた。髪一本まで慈しむように。
「本当に、芯から身につくものは知らず知らずのうちに浸透してゆくものなんだから。だから、今を大事にするんだ」
静かに言った保は、みちるに頬擦りした。
「んん……保さん……」
みちるはくすぐったそうに肩を竦めて笑った。
脳裏を駆け抜けた保との思い出と共にみちるは本を取った。
保さん。今ならほんの少しだけ、わかる気がします。
これまでに、保がみちるに与えてきた本は多岐に渡る。
小説だけでなく、エッセイや雑学、社会通念を説いたものまで。
どれも、みちるを飽きさせないものだった。
今手の中にあるのは自己啓発ものだ。
『保さんは学校の先生みたいね』
以前、ふと漏らしたみちるの言葉に保は笑って答えた。
『一応、教員免許は持ってるよ。社会科のね』
保さんなら、素敵な先生になってるね。
みちるは、目を閉じた。
私にはちゃんと先生がいる。保さんが教養と知識、星児さんはーー?
星児には、あんな事があった直後の事件で、知られたくはなかったが、隠しておける筈はなかった。
『みちるは暫く外出禁止な』
真剣な表情でみちるの目を見る彼は、そう言った。
指の長い大きな手がみちるの顔を抱き、その黒い瞳が彼女の双眸を覗き込んでいた。
このシチュエーションは、みちるの脳裏にあの日の記憶と感覚を蘇らせる。
瞬きも出来ないみちるは、隣にいた保の手をキュッと握っていた。
高鳴る胸を、痺れる心を、落ち着かせる為。
『外出禁止、ですか?』
『そ』
フッと笑った星児にみちるの心臓が跳ねる。
『何もなくて良かった』
耳元でそう囁いた星児の唇がみちるの頬を掠めた。
肩を竦めたみちるに、星児は、そうだ、とニヤリと笑う。
『みちるにはこの先俺以外の男に溺れないよう、免疫つけてやるから』
『ぇえ゛ぇっ? な、なっ……なん!?』
上擦る声を上げたみちるを、保は星児から引き離す。
『黙れっ、元夜王! みちるはテメーの客じゃねぇっっ!』
保の言葉に星児はワハッと笑った。
躰に残る感覚を目を閉じ、懸命に掻き消す。
『俺以外の男に溺れないように』
そう、星児さんは私に教える為、それだけ。他意は、ないの。分かってる、でも胸が、痛いよ。
みちるは本をテーブルに置き、座っていたソファーにうつ伏せに倒れ込んだ。
苦しいです。胸が、潰れちゃいそうです。
暫く目を閉じていると、電話が鳴った。取ると、麗子の艶っぽい声がみちるの耳に届いた。
「みちるちゃん、お暇でしょ?」
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる