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星児の企み
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「身元明かすのはちょっと早かったな」
電話の向こうが騒がしい。ジャラジャラとパイを掻き回す音がする。星児のヤツ、また何かやってるな、と保は苦笑いした。
賑やかな都心の大通りから1本入った路地で車を停めた保は、星児に電話をかけていた。取り出したタバコをくわえる。
「言わずにはいられなかったんだよ。感情昂ぶっちまって」
「珍しいな。保がそんなに熱くなるなんてよ」
クククという耳に馴染んだ笑い声。ライターで火を点ける保は、心なしか胸に拡がる安堵の温もりを感じていた。
自分で思うよりずっと、精神は緊張状態にあったらしい。保は肩を竦めた。
「安心しろよ。お前の事は言ってねーから」
煙を吐き出しながら保が言うと「当然だ」という応えが返って来た。
「俺の事まで知れちまったら、動きずらくなっちまう。つーかお前は恐らく裏で何かされるぞ」
星児は、手は休める事なく話しているらしい。電話の向こうは変わらず騒がしい。卓を囲む男達の悲喜こもごもの声が絶えず聞こえる。
「まぁ、そうなるのは元々覚悟の上だ。そろそろ潮時と思っていたしな」
再びタバコをくわえ、煙に目を細めながらエンジンをかけた。
「デカイ商談、あと二つくらいまとめる予定だったんだけどな。多分もうムリだな」
「ああ。お疲れさん、てー事だな。待ってるぜ。……ホラよ、イッチョ上がりだ」
星児の言葉の後「うへぇっ!」「マジかよっ!?」「国士無双!?」と言った男達のダミ声が聞こえた。直後、ガハハハという豪快な男の笑い声が聞こえ「じゃあな」と電話が切れた。
あの声は、仁和会の会長の宮西か。星児のヤツ、今日は何を賭けたんだか。
保はタバコをくわえたまま車を発進させた。
†††
「んじゃ、約束通りコイツは頂くぜ」
「んだよ、チクショー」
「なんかイカサマしてんじゃねーの?」
雀卓の脇に摘まれた札束を掴み上げ、見せびらかすように振る星児に他の男達が舌打ち混じりに文句を垂れる。
雀卓から少し離れた所で高見の見物を決め込んでいた七十代前半のスキンヘッドの男がガハハと豪快に笑っていた。
「だから言ったろ、お前らは剣崎には勝てねーよ、ってな」
「会長~、剣崎負かしてみろって俺達吹っ掛けたのは会長じゃないスか」
男達の泣き言を宮西は「ばっかやろぅ!」と一蹴する。
「負けたヤツがそういうセリフ吐くと遠吠えにしか聞こえねーんだよ! おら、負けたヤツはとっとと散れ!」
宮西は正真正銘の極道だ。彼の、暇つぶしに構成員達に賭け麻雀や花札をやらせるという趣味の悪い遊びは有名だった。
今日たまたま別件で訪れた星児はその悪趣味に付き合わされた。
「コイツはマジでいただくぜ」
ビラビラと札束を振ってみせる星児が宮西に不敵な笑みを投げ掛けた。
「ああ、持ってけ。お前を仲間に入れた時点でソイツがお前のモンになる事は大方予想してたからよ」
対峙する二人は互いを牽制し合うようにクククと笑った。
会長となり表向きは隠居した宮西は、道楽の雀荘を持ちビルの地下に持っていた。警察当局の摘発を逃れる為か、看板等は一切出していない。
「相変わらずこの趣味の悪ぃアソビ続けてんだな、オヤッサン」
星児はタバコをくわえたまま札束をスーツの内ポケットに入れながら言う。宮西はクックと笑った。
「やめるつもりはねーよ。奴らの性格・能力を計るには博打が一番なんだよ。打つ手一つでソイツの機転も度胸も分かるんだぜ。〝コイツはいつか裏切るな〟ってーのまで見えてくるぜ」
宮西を真っ直ぐに見据え、黙って聞いていた星児は表情を変える事なく煙を吐き出したが、
「お前もやってみたらいいさ」
という言葉には失笑を禁じ得なかった。
「自分で出した禁止令をアッサリ撤廃しちまったら面目立たねーよ」
ガハハと笑ったスキンヘッドを見ながら星児はニヤリと笑う。
「で、俺の手はオヤッサン目にはどう映ったんだか」
「お前は……分からん」
宮西はそう言い、一気に煙を吐き出した。タバコをくわえたまま星児は黙って宮西を見ていた。
「今まで見てきたどんな奴よりも全てに於いて能力が高いのは分かりきってんだけどよ。お前は瞬時にその手の内、色も形も変えちまう。まるで水みてーだ。お前の性質そのものは、誰にも分かんねーな、恐らく」
宮西は、タバコを指に挟んだままクックと笑った。
「お前の事は、信用出来るのかどうかなんてきっと誰にも分かんねーんだよ。でもよ、決して敵に回したくはない、そんなヤツだ」
「そういう言われ方は初めてだな」
星児は煙に目を細めながらボソリと呟いた。
「で? 今日は何だ。金を巻き上げに博打しに来た訳じゃねぇだろ」
宮西に星児は、なに言ってやがんだ、と切り返す。
「オヤッサンが勝手に俺を巻き込んだんだろが。今日はちょっと相談してぇ事があって来たんだよ」
言いながら星児はタバコを灰皿に押し付けた。
†
「田崎と敷島な……」
「ああ。俺はもうブローカー紛いの仕事からは足を洗った。けどアイツら、未だうちの周りをウロチョロしやがる。半年前のアレをかなり根に持ってやがんだ。どうにかなんねーかな」
半年前、田崎に嵌められた星児は、仁和会にぶつけさせる事でやり返した。
極道としての盃をどことも交わしていない、いわゆる半端者である田崎はその時相当な痛手を負った、という話を星児は聞いていた。
宮西はタバコをくわえたまま思案していた。
「敷島みてなチンピラはどうにでもなる。
直ぐに片付けてやるよ。
けど、田崎はちょっと厄介だな。
アイツんとこは何処にも属してねぇと思っていたが、アイツどうも西の出らしんだ。
西の勢力図の詳しいところは俺もよくは知らん。
アイツのバックには何処かが付いてるのかもしんねぇが、実のとこまったく見えてこねぇ。
案外アイツの単体組織かもしれねぇし、そうじゃねぇかもしんねぇ」
そうか、と星児は呟いた。
じゃぁ田崎はうちでも様子見か。
「あとよ」
星児は宮西を伺いながら口を開いた。
「俺はヘルスとソープはやめる。何店舗かそっちで買い取ってくんねーかな。従業員付きでだ」
「条件によるな。まぁ、お前の頼みならだいたいは呑んでやるけどな」
わりぃな、と言いながら星児は立ち上がった。
「剣崎」
宮西がタバコを消しながら言う。
「次は何をやるつもりだ」
星児はニッと笑ってみせ、自信に満ちた声で言った。
「〝飲食業〟ってヤツだ」
†††
電話の向こうが騒がしい。ジャラジャラとパイを掻き回す音がする。星児のヤツ、また何かやってるな、と保は苦笑いした。
賑やかな都心の大通りから1本入った路地で車を停めた保は、星児に電話をかけていた。取り出したタバコをくわえる。
「言わずにはいられなかったんだよ。感情昂ぶっちまって」
「珍しいな。保がそんなに熱くなるなんてよ」
クククという耳に馴染んだ笑い声。ライターで火を点ける保は、心なしか胸に拡がる安堵の温もりを感じていた。
自分で思うよりずっと、精神は緊張状態にあったらしい。保は肩を竦めた。
「安心しろよ。お前の事は言ってねーから」
煙を吐き出しながら保が言うと「当然だ」という応えが返って来た。
「俺の事まで知れちまったら、動きずらくなっちまう。つーかお前は恐らく裏で何かされるぞ」
星児は、手は休める事なく話しているらしい。電話の向こうは変わらず騒がしい。卓を囲む男達の悲喜こもごもの声が絶えず聞こえる。
「まぁ、そうなるのは元々覚悟の上だ。そろそろ潮時と思っていたしな」
再びタバコをくわえ、煙に目を細めながらエンジンをかけた。
「デカイ商談、あと二つくらいまとめる予定だったんだけどな。多分もうムリだな」
「ああ。お疲れさん、てー事だな。待ってるぜ。……ホラよ、イッチョ上がりだ」
星児の言葉の後「うへぇっ!」「マジかよっ!?」「国士無双!?」と言った男達のダミ声が聞こえた。直後、ガハハハという豪快な男の笑い声が聞こえ「じゃあな」と電話が切れた。
あの声は、仁和会の会長の宮西か。星児のヤツ、今日は何を賭けたんだか。
保はタバコをくわえたまま車を発進させた。
†††
「んじゃ、約束通りコイツは頂くぜ」
「んだよ、チクショー」
「なんかイカサマしてんじゃねーの?」
雀卓の脇に摘まれた札束を掴み上げ、見せびらかすように振る星児に他の男達が舌打ち混じりに文句を垂れる。
雀卓から少し離れた所で高見の見物を決め込んでいた七十代前半のスキンヘッドの男がガハハと豪快に笑っていた。
「だから言ったろ、お前らは剣崎には勝てねーよ、ってな」
「会長~、剣崎負かしてみろって俺達吹っ掛けたのは会長じゃないスか」
男達の泣き言を宮西は「ばっかやろぅ!」と一蹴する。
「負けたヤツがそういうセリフ吐くと遠吠えにしか聞こえねーんだよ! おら、負けたヤツはとっとと散れ!」
宮西は正真正銘の極道だ。彼の、暇つぶしに構成員達に賭け麻雀や花札をやらせるという趣味の悪い遊びは有名だった。
今日たまたま別件で訪れた星児はその悪趣味に付き合わされた。
「コイツはマジでいただくぜ」
ビラビラと札束を振ってみせる星児が宮西に不敵な笑みを投げ掛けた。
「ああ、持ってけ。お前を仲間に入れた時点でソイツがお前のモンになる事は大方予想してたからよ」
対峙する二人は互いを牽制し合うようにクククと笑った。
会長となり表向きは隠居した宮西は、道楽の雀荘を持ちビルの地下に持っていた。警察当局の摘発を逃れる為か、看板等は一切出していない。
「相変わらずこの趣味の悪ぃアソビ続けてんだな、オヤッサン」
星児はタバコをくわえたまま札束をスーツの内ポケットに入れながら言う。宮西はクックと笑った。
「やめるつもりはねーよ。奴らの性格・能力を計るには博打が一番なんだよ。打つ手一つでソイツの機転も度胸も分かるんだぜ。〝コイツはいつか裏切るな〟ってーのまで見えてくるぜ」
宮西を真っ直ぐに見据え、黙って聞いていた星児は表情を変える事なく煙を吐き出したが、
「お前もやってみたらいいさ」
という言葉には失笑を禁じ得なかった。
「自分で出した禁止令をアッサリ撤廃しちまったら面目立たねーよ」
ガハハと笑ったスキンヘッドを見ながら星児はニヤリと笑う。
「で、俺の手はオヤッサン目にはどう映ったんだか」
「お前は……分からん」
宮西はそう言い、一気に煙を吐き出した。タバコをくわえたまま星児は黙って宮西を見ていた。
「今まで見てきたどんな奴よりも全てに於いて能力が高いのは分かりきってんだけどよ。お前は瞬時にその手の内、色も形も変えちまう。まるで水みてーだ。お前の性質そのものは、誰にも分かんねーな、恐らく」
宮西は、タバコを指に挟んだままクックと笑った。
「お前の事は、信用出来るのかどうかなんてきっと誰にも分かんねーんだよ。でもよ、決して敵に回したくはない、そんなヤツだ」
「そういう言われ方は初めてだな」
星児は煙に目を細めながらボソリと呟いた。
「で? 今日は何だ。金を巻き上げに博打しに来た訳じゃねぇだろ」
宮西に星児は、なに言ってやがんだ、と切り返す。
「オヤッサンが勝手に俺を巻き込んだんだろが。今日はちょっと相談してぇ事があって来たんだよ」
言いながら星児はタバコを灰皿に押し付けた。
†
「田崎と敷島な……」
「ああ。俺はもうブローカー紛いの仕事からは足を洗った。けどアイツら、未だうちの周りをウロチョロしやがる。半年前のアレをかなり根に持ってやがんだ。どうにかなんねーかな」
半年前、田崎に嵌められた星児は、仁和会にぶつけさせる事でやり返した。
極道としての盃をどことも交わしていない、いわゆる半端者である田崎はその時相当な痛手を負った、という話を星児は聞いていた。
宮西はタバコをくわえたまま思案していた。
「敷島みてなチンピラはどうにでもなる。
直ぐに片付けてやるよ。
けど、田崎はちょっと厄介だな。
アイツんとこは何処にも属してねぇと思っていたが、アイツどうも西の出らしんだ。
西の勢力図の詳しいところは俺もよくは知らん。
アイツのバックには何処かが付いてるのかもしんねぇが、実のとこまったく見えてこねぇ。
案外アイツの単体組織かもしれねぇし、そうじゃねぇかもしんねぇ」
そうか、と星児は呟いた。
じゃぁ田崎はうちでも様子見か。
「あとよ」
星児は宮西を伺いながら口を開いた。
「俺はヘルスとソープはやめる。何店舗かそっちで買い取ってくんねーかな。従業員付きでだ」
「条件によるな。まぁ、お前の頼みならだいたいは呑んでやるけどな」
わりぃな、と言いながら星児は立ち上がった。
「剣崎」
宮西がタバコを消しながら言う。
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