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それぞれの決意1
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私はずっと麗子さんみたいになりたかったの。
レースをふんだんに使ったふんわりとしたシースルーの真っ白なガウンを羽織り、みちるは大きな姿見の前で両手を広げた。
『オーソドックスな踊りから入った方が、初めての不慣れな子もそれなりに見えるから』
指先まで、爪の先まで神経を使って、まっすぐ伸ばす。
『固くなく、優雅に、ね』
麗子の美しい笑みと艶っぽい声がみちるの脳裏に蘇る。
「こう、かな?」
両手を開いたままゆったりと鏡の前で回ってみた。
リビングにある、周りぐるりと華やかな金細工が施された大きな姿見は、十九歳の誕生日に、星児と保と麗子から贈られた物だ。
麗子の提案だったらしいが、オーダーメイドだという。
装飾の部分部分で、イミテーションとは言い難い光りを放つ石が、存在を誇示していた。
『私とお揃い』
麗子は優しく微笑んでいた。
麗子さんと、同じ。
みちるは目を閉じ、麗子が見せてくれた動きを思い浮かべた。
優雅でしなやかで、妖艶。観るものを魅了し、瞬きも忘れさせる。
麗子が見せてくれた舞いと自らの身体をリンクさせて舞い始めた時だった。
「みちる」
みちるの伸ばした腕がフッと大きな手に掴まれた。
驚き振り返ると、保が立っていた。
その表情がほんの少し、険しく見えた。
「保さん?」
「みちる、この衣装と舞いはーー、」
この踊りは、姉貴の十八番だ!
麗子のステージは、保の記憶の中に封印していた。
麗子は、押しも押されぬナンバーワンストリッパーだった。しかし三十を前に引退した。
あの時、保は正直ホッとしたのだ。もう姉のあんな姿を観なくて済むと思ったから。
その肌は、大事な人にしか見せて欲しくはなかったから。
もう二度と足を向けたくはない世界だった。
例え、未だ麗子や星児が関わる世界だとしても、自分だけは絶対に関わるまい、そう思っていた。
なのに。
姉貴のあの踊りを何故みちるが。まさか。
まだ、あの話は消えていなかったのか!
「この踊りは、今日。麗子さんから教えてもらいました」
みちるの泣きそうな瞳が保を見上げていた。
「姉貴から、どんな話が?」
みちるの瞳が保の胸を締め付ける。
みちる!
掴んでいる手はそのままに、保はもう片方の腕で優しくみちるを引き寄せ、抱き締めた。みちるは保の腕の中で目を閉じ、小さく首を振った。
「私はもう大人ですよ。自分の道は自分できちんと決めなければ、いけないの」
みちるは、麗子と初めて会ったあの日、麗子が自分に言った言葉を反芻していた。
『成功も転落も……全ては自分の責任なのよ』
保は感情を押さえ、静かに聞く。
「決めたのか?」
みちるの答えが恐い。保の鼓動が加速する。
今、みちるの腕を掴む手が、みちるの身体を抱く腕が、震えてしまいそうだった。
みちるは頷き、ゆっくりと顔を上げた。
「みちる、どうして……!」
困ったような色が浮かび上がる潤んだ瞳で優しく微笑んだみちるは、掴まれていない方の手を目一杯伸ばして保の頬に触れた。
「保さん、私は理由は何であれ、アルバイト辞めてしまいました。これはきっと、神様が私に、次のステップを踏みなさいって教えてくれたんだと思うんです」
『しっかりと自分の足で、自分の人生を歩まなきゃいけないの』
麗子はみちるの手を取って、噛み締めるようにそう言った。
自分の足で、しっかりと地を踏みしめて歩いていくの。
†
「なによ、保。アナタから私に電話をしてくるなんて珍しいじゃない。どこからかけてるのよ。家から? みちるちゃんは?」
麗子の声はいつも通り、明るく通っていた。
「みちるは風呂だよ。あんま聞かれたくねーから隠れてかけてんだよっ! つーか、何考えてんだよっ、姉貴も星児も!」
思わず声が高くなり、保は慌てて口を押さえ風呂の方を見た。今入ったばかりのみちるはまだ出て来る様子はない。
「みちるちゃんたら、もう保に話を?」
「みちるから話を聞いて分かった訳じゃねーよ。俺が帰って来たら……みちる、真面目で素直だから、姉貴に教わった事を鏡の前で一生懸命復習してた。それで分かったんだよっ、星児と姉貴の企みがっ!」
電話口からフフフという麗子の笑い声。
「何が可笑しいんだよ」
「保、いい加減目を覚ましなさい。アンタの目的は何? みちるちゃんをずっと囲っておく事? 違うでしょう?」
囲って。その言葉が鋭い刃先となって保の胸を刺した。
「みちるちゃんにはちゃんと自分で生きる力を付けてあげる事が最初から目的だったでしょう」
「だからって、あんな! みちるを晒し者にする気かよっ! あんな真似……俺はあんな真似、みちるには絶対にさせたくはねーよっ!」
怒りに任せて捲し立てた保だったが、麗子から返って来た言葉は、信じられない程辛辣なものだった。
「だからアンタは星児を越えられないのよ」
麗子の言葉は、鉛のような重量を持って保の中に響いた。
「星児はまだヘルスやソープしか持っていない。
自分の手元に置きたくても、みちるちゃんをそんな所で働かせるのは絶対に嫌だったのよ。
だからと言って、キャバクラのツテは幾つかあったけど、あの子は不器用で優しすぎてお酒を飲みながら男の相手をするような仕事なんて到底出来ない。
必ず潰されてしまうだろう。
そうやって、星児はずっとみちるちゃんの生き方について悩んで来たのよ。
アンタは具体的な事、何か考えた?」
麗子は固まる保に構わず続けた。
「星児があっさり決断したとでも思って? 星児にだってみちるちゃんに対する情はあるのよ」
麗子の言葉一つ一つが保の胸に刺さり、抜けない。
そうだ、その通りだ。
みちるにはその場限りの臨機応変さを用いて顔を変えるような、虚飾の付き合いなど出来る子ではない。優しさが仇となり潰れてしまうだろう。
保は歯噛みする。
俺は、みちるを傍に置いておきたくて、ただその事しか考えられなかった。
みちるの未来、人生、生き方。
自分達の人生にみちるを巻き込んではいけないのだ。
自分は現実として捉え、考える所まで思い至っていなかった。だけど星児は違った。
「ストリップは、本当に最後の選択肢だったのよ。星児だって、きっとやらせたくはなかったんだと思う」
麗子の声が低くなった。
最後の選択肢、か。元々少ない選択肢しかなかったじゃねーか、と保はコードレスフォンを持ったまま黙り込む。
それしか、みちるに残された道は、本当にそれしかないのか? みちるは、普通の女の子なんだぞ。
あの街にいたから? それだけで、みちるにはこんな道しか選択肢がないのか?
いや俺達がみちるを拾ってしまったから――!
「保。みちるちゃんは、私達と同じなのよ」
「同じ?」
「そう。みちるちゃんには何もない。帰る家も、頼る家族も」
でもね、と麗子は静かに続ける。
「みちるちゃんには私達がいるから。みちるちゃんが一人立ちできるまではちゃんと面倒みるから。悪いようにしないから、ね? 保……」
保は答えが出なかった。おいそれと、ああそうだな、なんて言うわけにはいなかない。
麗子はクスリと笑った。
「保。今は風営法が厳しいから、うちは昔みたいな過激なショーはしてないわ。
案外、上手くすれば一番貞操が守れる風俗じゃないかと思うのよ。
間違ってもみちるちゃんには〝生板〟とか〝白黒〟とかさせないから安心してよ」
「あたりめーだっっ! そんなんソープよりひでーじゃねーかっ!」
アハハそうね、という声を聞きながら、保は憮然とした顔のままブッと携帯を切った。
「保さん?」
背後で保の名を呼ぶ、何よりも愛しい声。振り向くと、頭からバスタオルを被ったみちるが不安そうな顔で立っていた。
保はそんなみちるに困ったように笑いかけながら肩を竦めた。
*
「そうよ、星児にだってみちるちゃんに対する情はあるのよ。もしかしたら、アンタ以上かもしれない情がね」
コードレスフォンを充電器に置いた麗子は俯き、低く呟いていた。
麗子を苦しめる事実。
胸が締め付けられそうだった。
星児の心の中にもう私はいない。
麗子はギュッと目を閉じ、唇を噛み締めた。
堪えてきた涙がボロボロと溢れ、麗子はその場に崩れ落ちた。
レースをふんだんに使ったふんわりとしたシースルーの真っ白なガウンを羽織り、みちるは大きな姿見の前で両手を広げた。
『オーソドックスな踊りから入った方が、初めての不慣れな子もそれなりに見えるから』
指先まで、爪の先まで神経を使って、まっすぐ伸ばす。
『固くなく、優雅に、ね』
麗子の美しい笑みと艶っぽい声がみちるの脳裏に蘇る。
「こう、かな?」
両手を開いたままゆったりと鏡の前で回ってみた。
リビングにある、周りぐるりと華やかな金細工が施された大きな姿見は、十九歳の誕生日に、星児と保と麗子から贈られた物だ。
麗子の提案だったらしいが、オーダーメイドだという。
装飾の部分部分で、イミテーションとは言い難い光りを放つ石が、存在を誇示していた。
『私とお揃い』
麗子は優しく微笑んでいた。
麗子さんと、同じ。
みちるは目を閉じ、麗子が見せてくれた動きを思い浮かべた。
優雅でしなやかで、妖艶。観るものを魅了し、瞬きも忘れさせる。
麗子が見せてくれた舞いと自らの身体をリンクさせて舞い始めた時だった。
「みちる」
みちるの伸ばした腕がフッと大きな手に掴まれた。
驚き振り返ると、保が立っていた。
その表情がほんの少し、険しく見えた。
「保さん?」
「みちる、この衣装と舞いはーー、」
この踊りは、姉貴の十八番だ!
麗子のステージは、保の記憶の中に封印していた。
麗子は、押しも押されぬナンバーワンストリッパーだった。しかし三十を前に引退した。
あの時、保は正直ホッとしたのだ。もう姉のあんな姿を観なくて済むと思ったから。
その肌は、大事な人にしか見せて欲しくはなかったから。
もう二度と足を向けたくはない世界だった。
例え、未だ麗子や星児が関わる世界だとしても、自分だけは絶対に関わるまい、そう思っていた。
なのに。
姉貴のあの踊りを何故みちるが。まさか。
まだ、あの話は消えていなかったのか!
「この踊りは、今日。麗子さんから教えてもらいました」
みちるの泣きそうな瞳が保を見上げていた。
「姉貴から、どんな話が?」
みちるの瞳が保の胸を締め付ける。
みちる!
掴んでいる手はそのままに、保はもう片方の腕で優しくみちるを引き寄せ、抱き締めた。みちるは保の腕の中で目を閉じ、小さく首を振った。
「私はもう大人ですよ。自分の道は自分できちんと決めなければ、いけないの」
みちるは、麗子と初めて会ったあの日、麗子が自分に言った言葉を反芻していた。
『成功も転落も……全ては自分の責任なのよ』
保は感情を押さえ、静かに聞く。
「決めたのか?」
みちるの答えが恐い。保の鼓動が加速する。
今、みちるの腕を掴む手が、みちるの身体を抱く腕が、震えてしまいそうだった。
みちるは頷き、ゆっくりと顔を上げた。
「みちる、どうして……!」
困ったような色が浮かび上がる潤んだ瞳で優しく微笑んだみちるは、掴まれていない方の手を目一杯伸ばして保の頬に触れた。
「保さん、私は理由は何であれ、アルバイト辞めてしまいました。これはきっと、神様が私に、次のステップを踏みなさいって教えてくれたんだと思うんです」
『しっかりと自分の足で、自分の人生を歩まなきゃいけないの』
麗子はみちるの手を取って、噛み締めるようにそう言った。
自分の足で、しっかりと地を踏みしめて歩いていくの。
†
「なによ、保。アナタから私に電話をしてくるなんて珍しいじゃない。どこからかけてるのよ。家から? みちるちゃんは?」
麗子の声はいつも通り、明るく通っていた。
「みちるは風呂だよ。あんま聞かれたくねーから隠れてかけてんだよっ! つーか、何考えてんだよっ、姉貴も星児も!」
思わず声が高くなり、保は慌てて口を押さえ風呂の方を見た。今入ったばかりのみちるはまだ出て来る様子はない。
「みちるちゃんたら、もう保に話を?」
「みちるから話を聞いて分かった訳じゃねーよ。俺が帰って来たら……みちる、真面目で素直だから、姉貴に教わった事を鏡の前で一生懸命復習してた。それで分かったんだよっ、星児と姉貴の企みがっ!」
電話口からフフフという麗子の笑い声。
「何が可笑しいんだよ」
「保、いい加減目を覚ましなさい。アンタの目的は何? みちるちゃんをずっと囲っておく事? 違うでしょう?」
囲って。その言葉が鋭い刃先となって保の胸を刺した。
「みちるちゃんにはちゃんと自分で生きる力を付けてあげる事が最初から目的だったでしょう」
「だからって、あんな! みちるを晒し者にする気かよっ! あんな真似……俺はあんな真似、みちるには絶対にさせたくはねーよっ!」
怒りに任せて捲し立てた保だったが、麗子から返って来た言葉は、信じられない程辛辣なものだった。
「だからアンタは星児を越えられないのよ」
麗子の言葉は、鉛のような重量を持って保の中に響いた。
「星児はまだヘルスやソープしか持っていない。
自分の手元に置きたくても、みちるちゃんをそんな所で働かせるのは絶対に嫌だったのよ。
だからと言って、キャバクラのツテは幾つかあったけど、あの子は不器用で優しすぎてお酒を飲みながら男の相手をするような仕事なんて到底出来ない。
必ず潰されてしまうだろう。
そうやって、星児はずっとみちるちゃんの生き方について悩んで来たのよ。
アンタは具体的な事、何か考えた?」
麗子は固まる保に構わず続けた。
「星児があっさり決断したとでも思って? 星児にだってみちるちゃんに対する情はあるのよ」
麗子の言葉一つ一つが保の胸に刺さり、抜けない。
そうだ、その通りだ。
みちるにはその場限りの臨機応変さを用いて顔を変えるような、虚飾の付き合いなど出来る子ではない。優しさが仇となり潰れてしまうだろう。
保は歯噛みする。
俺は、みちるを傍に置いておきたくて、ただその事しか考えられなかった。
みちるの未来、人生、生き方。
自分達の人生にみちるを巻き込んではいけないのだ。
自分は現実として捉え、考える所まで思い至っていなかった。だけど星児は違った。
「ストリップは、本当に最後の選択肢だったのよ。星児だって、きっとやらせたくはなかったんだと思う」
麗子の声が低くなった。
最後の選択肢、か。元々少ない選択肢しかなかったじゃねーか、と保はコードレスフォンを持ったまま黙り込む。
それしか、みちるに残された道は、本当にそれしかないのか? みちるは、普通の女の子なんだぞ。
あの街にいたから? それだけで、みちるにはこんな道しか選択肢がないのか?
いや俺達がみちるを拾ってしまったから――!
「保。みちるちゃんは、私達と同じなのよ」
「同じ?」
「そう。みちるちゃんには何もない。帰る家も、頼る家族も」
でもね、と麗子は静かに続ける。
「みちるちゃんには私達がいるから。みちるちゃんが一人立ちできるまではちゃんと面倒みるから。悪いようにしないから、ね? 保……」
保は答えが出なかった。おいそれと、ああそうだな、なんて言うわけにはいなかない。
麗子はクスリと笑った。
「保。今は風営法が厳しいから、うちは昔みたいな過激なショーはしてないわ。
案外、上手くすれば一番貞操が守れる風俗じゃないかと思うのよ。
間違ってもみちるちゃんには〝生板〟とか〝白黒〟とかさせないから安心してよ」
「あたりめーだっっ! そんなんソープよりひでーじゃねーかっ!」
アハハそうね、という声を聞きながら、保は憮然とした顔のままブッと携帯を切った。
「保さん?」
背後で保の名を呼ぶ、何よりも愛しい声。振り向くと、頭からバスタオルを被ったみちるが不安そうな顔で立っていた。
保はそんなみちるに困ったように笑いかけながら肩を竦めた。
*
「そうよ、星児にだってみちるちゃんに対する情はあるのよ。もしかしたら、アンタ以上かもしれない情がね」
コードレスフォンを充電器に置いた麗子は俯き、低く呟いていた。
麗子を苦しめる事実。
胸が締め付けられそうだった。
星児の心の中にもう私はいない。
麗子はギュッと目を閉じ、唇を噛み締めた。
堪えてきた涙がボロボロと溢れ、麗子はその場に崩れ落ちた。
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