舞姫【前編】

深智

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水揚げ

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 一石二鳥、か。

 二兎追う者は一兎も得ず、か。



 みちるの決意を知ったあの日から、保は生活のリズムが違う星児とはゆっくり話しをしていなかった。だが、今日辞表を出すに至った経緯を、店を出て電話で星児に話した。

「じゃあ今から来いよ」

 星児の言葉に保は二つ返事で答え、電話を切った。



 エレベーターの扉が開くと、男が二人出迎えた。

「よぉ、兵藤。待ってたぜ。やっとカタギ辞める覚悟決めたか」

 同じ年頃の目付きの悪い男が保の顔を見てキシシと笑う。

「その言い方はあんま好きじゃねーな」

 保はフンと鼻で笑い答える。

「相変わらず澄ましてんな。まあいーけどよ。星児がお待ちかねだ」

 すれ違う瞬間だった。

「う……っ」

 男が保の腹にパンチした。

「立山……こ……の」

 腹を押さえた保は男を睨む。立山と呼ばれたはヒヒヒと笑うが、目は笑っていない。

「挨拶だよ」

 二人の男はヒラヒラと手を振りながらエレベーターに乗り込み、扉の向こうに消えた。

 本気の拳ではなかったようだが、確実に保のみぞおち、急所を突いていた。

 不意討ちはキツイ。前途多難だ。保は人差し指で頭を掻いた。



 保に手荒な挨拶をした今の男、立山拓は星児が事務所を持った時からずっといる男だった。

 抗争に破れ潰された組の構成員だったらしい。それを星児が引き抜いて以来ずっと付いて来たのだ。

 保は昔からここには時折顔を出してきた。だから、星児が使っている男達は下の下までしっかり頭に入っている

 しかし、いくらボスである星児の親友でも、ポッと出てきた男が認められるにはそれなりの時間が必要となりそうだった。




「待ってたぜー」

 タバコをくわえ応接セットで二人の男と何か話していた星児は、姿を見せた保に手を挙げた。

 テーブルの上には帯付きの札束が二つ乗っていた。星児とはなしていた男の一人は浮浪者のような男で、もう一人ははスーツ姿の男だ。

 保はそれを見、ため息をつく。

 相変わらずの〝何か〟をやっているらしい。

 話しがついたらしく、じゃあ、とスーツ姿の男と浮浪者が立ち上がる。

「じゃあコレだけ持ってけよ、オッサン」

 星児は札束から半分近く抜き取り浮浪者の男に渡した。

「剣崎さん……!」

 渡された男は恐縮し慄く。

「アンタの取り分だからよ」

 星児の言葉に浮浪者は、深く頭を下げた。

「あ、ありがとうございますっ」

 タバコの煙に目を細めながら星児はニヤリと笑った。

「気にすんな。次の仕事の資本と思えや。また頼むな」
「はいっ!」

 二人の男はペコペコと頭を下げながら事務所から出て行った。

「どうせ、あんだけ渡してもブローカーに巻き上げられてオッサンの取り分なんて半分以下だろうな」

 星児はタバコを指に挟み、煙を吐き出しながら呟いた。

「今のは、生活保護と医療の、アレか……」

 保のその言葉に彼は「ああ」とだけ答える。

 生活保護と医療と浮浪者のからくり。悪法の抜け穴だ。どちらにしてもグレーに変わりはない。

 法は少しも弱者の為になどなっていない。闇に巣食う悪の為の抜け穴だらけだ。

 保は肩を竦めた。

「パクられないようやってくれよ」

 保はため息混じりにそう言うしかなかった。自分がこれからその〝隙間〟を繕い補っていかなければいけないのだから。

 座れよ、と星児がタバコを指に挟んだ手でソファーを指した。保は座りながらぼやく。

「さっき立山に手荒い挨拶をされたぜ。みぞおちに一発だ」

 星児がハハハハッと声を上げて笑った。お前も鍛えとけよ、と言いながら灰皿でタバコをもみ消す。

 保は腕を組み、足を組む。

「嫌だね。俺は武闘派じゃない。暴力沙汰にはなるべく巻き込まないでくれ」
「なまっちょろいこと言ってんじゃねーよ」

 星児はクククと笑っていた。

 事務所にいた他の男達もヘヘヘと笑っていた。

「保さーん、やっつけられちまうぜー」
「うるせーよっ!」
「お前らそろそろ集金な」

 星児の一言で男達は、へーい、とあっという間にいなくなった。

 改めて、軍隊並みの統率力だ。保は肩を竦めた。

「お前にこれからやってもらいてー事は追々奴らに説明させるからよ。とりあえずはナメられねぇようにがんばれや」

 言いながらソファーの背にもたれ掛かり足を組む星児はクックと笑った。保はフンと言いながらタバコを出し、一本くわえる。

 そこが一番問題なんだよ。ため息が出た。




「俺は助けねーぜ」

 保が星児を見ると、口角を上げ笑う憎らしい笑顔があった。ムッとした保は強く応えた。

「別にお前に助けて貰おうなんて思っちゃいねーよ」

 その意気だ、と星児はハハハと明るく笑った。

「そういや」

 再びタバコを一本取り出した星児は、思い出したように言う。

「お前、俺に何か言いてぇ事あんだろ」

 ああ……と保がタバコに火を点け、一息置いて言う。

「俺に、香蘭劇場に関わる仕事させてくんねーかな」

 予想から大きく外れた保の言葉に、火を点けようとライターを構えた星児はくわえていたタバコを口から落とした。

「そっちかよ」

 香蘭劇場とは、星児がオーナーとして君臨し、麗子が公演の全てを一手に担う、ストリップ劇場だ。

 この街に昔からある小屋だったが、星児が前のオーナーから買い取ったのだ。麗子は、彼が買い取る以前からこの劇場の踊り子だった。

「直ぐにはムリだな。とりあえず慣れてもらいてぇ仕事が山ほどあんだよ」
「分かってるけどよ」

 星児は保が煙を吐き出すのを見、落としたタバコを拾いくわえライターで火を点けた。

「あんなにストリップを毛嫌いしていたくせにな」

 フッと笑い、星児は言う。

「みちるの為、か」

 保はタバコをくわえたまま星児を睨んだ。

「ああ、そうだよ」

 みちるを好きにはさせない。

 隠そうともせず、堂々と言い放った保に、星児はフンと鼻で笑う。立ち上がると窓際へ行き、寄りかかり保をみた。

「保、〝水揚げ〟って知ってるか」

 何の脈絡もない言葉のパスに、保は目を丸くする。

「いや、聞いた事はあるけどよくは知らねーよ。要するに、アレだろ? 芸者や芸妓なんかが一生面倒みてくれる〝ダンナ〟を見つけて処女を捧げるっつー」

 星児が、良くできました、と笑いながら煙を吐く。

「それをみちるにやらせようと思うんだよ」

 保は言葉を失い固まる。

 みちるの〝処女〟を、誰に。

 言われた言葉が即座に理解出来ず呆然としていた保は、指に挟んでいたタバコの先から灰が落ちそうになりハッとした。

 保は乱暴に灰皿に押し付けて立ち上がる。星児を真っ直ぐに睨み付けた。

「ばっ、馬っっ鹿じゃねーのっ? いつの時代のハナシだよ! これ以上みちるに何をさせるつもりなんだよ! 時代錯誤も大概にしろよ! 
第一、このご時世にそんなもん受けてくれるような大物なんて見つかるのかよ!」

 一気に捲し立てた保の言葉が終わる頃には、星児の顔から余裕の笑みが消えていた。

「保、お前当初の俺たちの目的、忘れちまってるだろ」

 保は、ギクリと固まった。

「そもそも、みちるを拾ったのは処女だったからだろ」

 口を開いた星児の声は、感情の無い低い声だった。

「俺が、みちるにこんな事させたくてさせると思うか?」

 もはや、人生の殆ど全ての時間を共に過ごしてきた相手である星児に、保はこれほどの恐怖にも似た感情を抱いた事はなかった。

 気圧されないよう星児から視線を逸らさず、保は固唾を呑む。言葉など、出てこなかった。

「誤算ってヤツだ」

 タバコをくわえスラックスのポケットに手を突っ込み、星児は自嘲気味に吐き捨てた。

「俺は正直、みちるを拾った当初は、いい駒を手に入れた、としか思ってなかった。
ここ一番という時にみちるの〝処女〟を捨て駒として使う予定だった。
でもよ。誤算が生じちまったんだよ。
俺とした事がさ。
最初の計画を思い返しただけで身震いしちまう、という誤算がさ」

 口からタバコを外した星児は力無く乾いた笑いを零した。「お前の事言えねぇ」と小さく呟いた。

「だったら……!」

 保が声を上げると、星児はそれを遮るように彼を睨み付けた。鋭い眼光に保はゾクリとし、黙り込む。

「これは正直、醜いご都合主義だ。今、切り札としての利益はどうしたって捨てる訳にいかねぇんだよ。
だったら、みちるを捨て駒なんかにはしねぇ道を考えるしかなかった。
アイツの一生を保証させる事が出来るようヤツにしか、アイツの〝処女〟は渡さねぇ。
これは、みちるが俺達なしでも生きていけるかっつー賭けでもあるんだよ」

 ドクドクという脈動に苦しい胸。保は必死に呼吸を整えていた。

「それ程の男、どうやって探すんだよ」

 掠れる声を絞り出した保に星児がフッと笑った。

「みちるに身体を張らせんのに俺が胡座かいてる訳ねーだろ?
こっちだって自分の身体でチャンスは掴み取って来てんだよ。
ホストん時から得意にしてた“枕営業”ってヤツでな」

 星児はタバコをくわえ直しほくそ笑む。

 高校を中退した後長崎から身一つで上京し、ここまで這い上がってきた星児には怖いモノなどない。

 保の中に突き刺さったままの麗子の言葉が蘇る。

『だからアンタは星児を越えられないのよ』

 星児は、みちるの未来を明確なビジョンとして描こうと必死に闘っていた。

 複雑な感情が保の中で渦巻いていた。自分はみちるの為に何が出来る。

 負けねーよ。保は拳を握り締めていた。

「アテはあんのかよ」

 ソファーにドカッと座り直した保が聞く。

「ある」

 星児はデスクの灰皿でタバコを消した。

「俺の元客で健康食品会社の女社長が、津田恵三の姪っ子だった。
そこから彼女の兄貴ってのに辿り着いた。
ソイツが脈あり、だ」

 星児は保に意味深に笑いかけた。

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