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記憶《ブツ》
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客がまたひとり帰途についた。
先刻までここを訪れていた中年の中国人の趣向は王道中の王道だった。中国人が特に好み、売買も高値で行われる。
彼の求めた記憶《ブツ》は戦争、兵士の記憶だった。
とはいえ、この中年男性の場合は王道の中でもいささか趣向が偏っており、十二前に勃発した第二次日中戦争における沖縄大虐殺の記憶を所望した。
日本人が無残な屍になってく様を見てみたいのだという。
私は店の裏の倉庫《ストック》から該当するブツを探し出し、9000ドルで売りさばいた。買値は1000ドルだったので、随分と有意義な商売《ビズ》だった。
戦争体験は市場が求めるブツの中でもトップクラスの需要がある。そして、供給量も十分すぎるほどだった。
十五年前の第三次世界対戦がこれに大きく貢献しているのは確かだ。
第三次世界大戦ーー2040年に勃発した、人類史上3度目の世界戦争。日本海を跨いで、勢力が二分されたことから、「日本海戦争」とも呼ばれる。実際には、世界大戦というほどの規模ではなかった。日中関係の冷え込みと中韓関係の改善。
この戦争の中心には常に日本がいた。
この戦争の背後には常に米国とロシア連邦がいた。
戦争の記憶など、その所持者にとっては不必要な記憶でしかない。少なくとも、そう考える輩は多い。その上わりかし高値で金に変わるとあれば、飛び付く者は後に絶えなかった。
その中で如何に上物の記憶を取り揃えるか、そしていくらで買い取るか、これも記憶を売る者として大切な勘《シックス・センス》だった。
記憶の価値には優劣がある。それは純粋な需要《ニーズ》に左右される。記憶屋から記憶を買う際にも二通りの手順がある。
ひとつに、先刻の中国人のようなアポイントメント無しでの急な訪問。どこから聞いたか分からないがーーそんな野暮なことを詮索する気もないが、ここのセキュリティは素人《アマ》が簡単に破れるものでもない。不審者が立ち入れば、瞬く間に自衛モードに移行する仕様になっている。おそらくお抱えのハッカーがいるか、中国人仲間に破り方でも聞いたのだろう。
彼らのような急な訪問者の要望は大抵の場合においてあやふやなものだ。〈戦争〉が欲しいとか性行為中の女性の記憶が欲しいとか、ありきたりで普遍的《ジェネラル》な需要を持つブツの場合が多い。
先程の中国人も実際は日本人を嬲り殺せれば何でもよかったのだろうーー私の前では流石にそこまで言わなかったが。そういった連中の鬼気迫るブツへの希求は、まるで麻薬中毒者《ジャンキー》のそれを連想させる。危険を冒してまでここに自らやってきてしまう。そうして捕まる有権者も少なくないというのに。
ふたつには事前に映話でコンタクトし、所望するブツのストックがあるかどうか確認してから、代理人を立ててブツを受け取りに来る方式。もし仮になければ、買い取り金額を提示してもらい、成立すればあとはこちらが全力で探し出すだけだ。
網の目状に入り組んだ人脈を駆使して、該当する人物をリストアップする。あとはそいつらにコンタクトを取り、取引に持ち込む。要件によっては、海外まで飛ばなくてはならないが、金は契約主から徴収すれば事足りる。旅先ではついでに他のストックも加えておける。
記憶の価値には人種、性差、生活様式が大きく関係してくる。今の記憶屋のストックは32の人種と56の国となっており、今では大半の要望には事欠かないストッになっていた。
記憶には時価《レート》があるわけではない。そもそも非合法なのである筈もないのだが、それらは記憶を売る者のさじ加減に委ねられる。既存の商品だけをストックするのでは足りない。新しい地平を築くような強烈なブツが求められる。
市場のニーズもさじ加減を決める際の重要な指標になってくる。求めるモノと求められるモノ、できる限り現実離れした現実。そんなパラドクスを人は求める。自分が体験できないこと。実際には体験したくないが、経験として娯楽として体感したいもの。トラウマであればあるほど高い値で買い取る。強姦からDV、殺人まで、なんだって扱う、受け手であれ、ヤり手であれ。理由はいたってシンプル。金になるからだ。
本当は起こってないこと《フェイク》が〈ここ〉では現実《リアル》な金になるのだ。
先刻までここを訪れていた中年の中国人の趣向は王道中の王道だった。中国人が特に好み、売買も高値で行われる。
彼の求めた記憶《ブツ》は戦争、兵士の記憶だった。
とはいえ、この中年男性の場合は王道の中でもいささか趣向が偏っており、十二前に勃発した第二次日中戦争における沖縄大虐殺の記憶を所望した。
日本人が無残な屍になってく様を見てみたいのだという。
私は店の裏の倉庫《ストック》から該当するブツを探し出し、9000ドルで売りさばいた。買値は1000ドルだったので、随分と有意義な商売《ビズ》だった。
戦争体験は市場が求めるブツの中でもトップクラスの需要がある。そして、供給量も十分すぎるほどだった。
十五年前の第三次世界対戦がこれに大きく貢献しているのは確かだ。
第三次世界大戦ーー2040年に勃発した、人類史上3度目の世界戦争。日本海を跨いで、勢力が二分されたことから、「日本海戦争」とも呼ばれる。実際には、世界大戦というほどの規模ではなかった。日中関係の冷え込みと中韓関係の改善。
この戦争の中心には常に日本がいた。
この戦争の背後には常に米国とロシア連邦がいた。
戦争の記憶など、その所持者にとっては不必要な記憶でしかない。少なくとも、そう考える輩は多い。その上わりかし高値で金に変わるとあれば、飛び付く者は後に絶えなかった。
その中で如何に上物の記憶を取り揃えるか、そしていくらで買い取るか、これも記憶を売る者として大切な勘《シックス・センス》だった。
記憶の価値には優劣がある。それは純粋な需要《ニーズ》に左右される。記憶屋から記憶を買う際にも二通りの手順がある。
ひとつに、先刻の中国人のようなアポイントメント無しでの急な訪問。どこから聞いたか分からないがーーそんな野暮なことを詮索する気もないが、ここのセキュリティは素人《アマ》が簡単に破れるものでもない。不審者が立ち入れば、瞬く間に自衛モードに移行する仕様になっている。おそらくお抱えのハッカーがいるか、中国人仲間に破り方でも聞いたのだろう。
彼らのような急な訪問者の要望は大抵の場合においてあやふやなものだ。〈戦争〉が欲しいとか性行為中の女性の記憶が欲しいとか、ありきたりで普遍的《ジェネラル》な需要を持つブツの場合が多い。
先程の中国人も実際は日本人を嬲り殺せれば何でもよかったのだろうーー私の前では流石にそこまで言わなかったが。そういった連中の鬼気迫るブツへの希求は、まるで麻薬中毒者《ジャンキー》のそれを連想させる。危険を冒してまでここに自らやってきてしまう。そうして捕まる有権者も少なくないというのに。
ふたつには事前に映話でコンタクトし、所望するブツのストックがあるかどうか確認してから、代理人を立ててブツを受け取りに来る方式。もし仮になければ、買い取り金額を提示してもらい、成立すればあとはこちらが全力で探し出すだけだ。
網の目状に入り組んだ人脈を駆使して、該当する人物をリストアップする。あとはそいつらにコンタクトを取り、取引に持ち込む。要件によっては、海外まで飛ばなくてはならないが、金は契約主から徴収すれば事足りる。旅先ではついでに他のストックも加えておける。
記憶の価値には人種、性差、生活様式が大きく関係してくる。今の記憶屋のストックは32の人種と56の国となっており、今では大半の要望には事欠かないストッになっていた。
記憶には時価《レート》があるわけではない。そもそも非合法なのである筈もないのだが、それらは記憶を売る者のさじ加減に委ねられる。既存の商品だけをストックするのでは足りない。新しい地平を築くような強烈なブツが求められる。
市場のニーズもさじ加減を決める際の重要な指標になってくる。求めるモノと求められるモノ、できる限り現実離れした現実。そんなパラドクスを人は求める。自分が体験できないこと。実際には体験したくないが、経験として娯楽として体感したいもの。トラウマであればあるほど高い値で買い取る。強姦からDV、殺人まで、なんだって扱う、受け手であれ、ヤり手であれ。理由はいたってシンプル。金になるからだ。
本当は起こってないこと《フェイク》が〈ここ〉では現実《リアル》な金になるのだ。
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