火星教育律法

鴨居ダンテ

文字の大きさ
7 / 13

第2話 - Ⅰ(エイブラハム)

しおりを挟む
「社会を作るのは誰だと思う?」

 ソファに腰掛けながら、エイブラハムは尋ねる。米国製の惑星間宇宙船である〈ヴァーミリオン〉のなかで最上級のこの部屋は、彼が「所有」している。

 女はまだ眠たいのか、ベッドから起き上がるつもりはないらしい。彼の視線を避けるように、寝返りをうつ。彼の問いにすら、答える気がないらしい。

 それを見て彼は少し苛立ったが、昨晩のことを思い出し、気分を鎮めた。最高の女を手にいれたものだ、とエイブラハムは心のなかでひとりごつ。口には出さない。それが人を支配するための、こと女を支配するための最善策であることを心得ているからである。

「それはね、国民だよ。我々じゃない。独裁体制であろうと、社会は人の総意で動いている。ヒトラーも、結局は民主的な選挙で選ばれた、極めて民主的な政治家だった。国民の総意が彼を生んだのだ。彼はその代行者でしかないのだ。そうだな、集団的無意識といってもいいかもしれない。ユングのいうそれとは、少し異なるがね。我々はその責任を負うための存在なのだ。まったく、損な役回りだよ。それを国民は否定したがるがな」

 部屋のなかに差し込んでいる人工のそれらしい朝日が、キングサイズのベッドを一層白く輝かせている。その情景を見つめながら、ここでは何もかもが人工だ、とエイブラハムは改めて思う。そう思うと、自分の存在がやけに生々しいものに感ぜられた。

 女が咳払いをし、こちらには目もくれずに喋り始める。まるで独り言を盗み聞きしているかのようだ。

「国民。それを平然と言ってのける人、初めて見たわ」

 そう言うと、セットしてあったアラーム音が室内に鳴り響いた。女がセットしたのだろう。抜け目ないな、とエイブラハムは思う。時計を確認すると、もう仕事へ行かなくてはならない時間になっていた。地球へ向かうスペース・シップのなかでも、彼に仕事が無くなることはない。問題は山積みなのだ。ことに火星訪問の後となれば。

 ソファから立ち上がり、ベッドへ向かう。女の白い肌もまた、差し込む朝日に照らされて、絹のように輝いている。女が小さくつぶやく。

「あなたは〈ヒトラーの尻尾〉ね」

 そう言って、ベッドから起き上がる。大きすぎない乳房と淡いピンク色した乳首が、細いウエストに乗っかるように浮かんでいる。

「古い台詞を知っているな」

 耳に埋め込まれた小型端末がうねる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

処理中です...