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第2話 - Ⅳ(エイブラハム)
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「不思議、って顔をしているわね」
女がこちらへやってくる。男の背後に見える、その見慣れた顔に愕然とする。あの女なのだ。彼が先ほどまで一緒にいた女、彼がキスをし、抱き、交尾した女。
「そう、あなたは寝たの、私と。だって、基本的な身体機能は、私もこの惑星の人も変わらないんだもの。性感覚も。交尾の方法はちょっと独特だったけど。どうだった、私と寝てみて」
男の身体の背後で見え隠れする女の顔は、変化を続ける。まるで彼のなかのイメージが彼女の顔に投影されているかのように、それは自然な変化に見えた。
幻覚ーー可能性としてはある。あの変なクスリの副作用かもしれない。幻覚とは、客観的には、個人が作り出した単なる幻想に過ぎない。現実に覆い被せたカーテンのようなものだ。しかし、主観的にはーー。
「おいおい」火星人の男が声を荒げる。「そんなことはどうだっていいんだ。あんたはあの惑星で重要なポストに就いているらしいな。情報量も質も他の奴とは違うし、俺らの正体も検討がついているみたいだ。違うか?」
エイブラハムは自分が先ほどから声を出していないことに気づいた。しかし、妙だ。先ほどから会話が成立しているように感じていた。俺は一言も発していないのに。彼の脳内で人工知能が声をあげていた。迫り来る危険と解決策だ。彼は意を決したように、声を出す。
「私はエイブラハム・ジョン。地球という惑星の生命体だ。君たちはどこから来たんだ? 火星じゃないのか?」
「火星ーーそうだな、おそらくその火星とやらだ。お前たちからしたら、俺らは火星人になるのか。ドリーン、他に情報はあったか?」
「いいえ」女が答える。彼が寝た女の面影はすっきりなくなっていた。
そのとき、エイブラハムの耳に、またしても通信が入る。
〈エイブラハム文部科学大臣、会議が始まります。お迎えにあがりましょうか?〉
彼は平静を装う。これで通信機が作動した。会話はすべてあちらに流れる。
「そうか」火星人の男がいう。「時間がないようだ」
背中をつたう汗がひんやりと冷たい。聞き馴染みのあるようでない声。そうだ、これは俺の声だ! 真似たんだ、俺の声を。即座に。でも、なぜ? どうしてーー。
「解せんだろう。しかし、これが現実だ」
目にも止まらぬ早さで男はエイブラハムの口を手で押さえる。抵抗するも、凄まじい男の力の前ではなす術がない。
殺される、恐怖のなかでエイブラハムは冷静にもそう思った。彼の未来は、いま死で塗りつぶされた。確定された未来に、恐怖の存在する余地はない。彼が部下に対して、言い続けてきた言葉だった。
火星人の男がいう。彼らは発達しすぎた。そう考えると、すべてのことに合点がいく。我々よりも数段優れた知性と身体、そして、生命体の最終期に発現するとされる読心術《テレパシー》まで。
男の冷たい声が彼の耳元で囁く。
「お前の身体をいただくぞ」
その冷たい声の主はーー俺だ。
女がこちらへやってくる。男の背後に見える、その見慣れた顔に愕然とする。あの女なのだ。彼が先ほどまで一緒にいた女、彼がキスをし、抱き、交尾した女。
「そう、あなたは寝たの、私と。だって、基本的な身体機能は、私もこの惑星の人も変わらないんだもの。性感覚も。交尾の方法はちょっと独特だったけど。どうだった、私と寝てみて」
男の身体の背後で見え隠れする女の顔は、変化を続ける。まるで彼のなかのイメージが彼女の顔に投影されているかのように、それは自然な変化に見えた。
幻覚ーー可能性としてはある。あの変なクスリの副作用かもしれない。幻覚とは、客観的には、個人が作り出した単なる幻想に過ぎない。現実に覆い被せたカーテンのようなものだ。しかし、主観的にはーー。
「おいおい」火星人の男が声を荒げる。「そんなことはどうだっていいんだ。あんたはあの惑星で重要なポストに就いているらしいな。情報量も質も他の奴とは違うし、俺らの正体も検討がついているみたいだ。違うか?」
エイブラハムは自分が先ほどから声を出していないことに気づいた。しかし、妙だ。先ほどから会話が成立しているように感じていた。俺は一言も発していないのに。彼の脳内で人工知能が声をあげていた。迫り来る危険と解決策だ。彼は意を決したように、声を出す。
「私はエイブラハム・ジョン。地球という惑星の生命体だ。君たちはどこから来たんだ? 火星じゃないのか?」
「火星ーーそうだな、おそらくその火星とやらだ。お前たちからしたら、俺らは火星人になるのか。ドリーン、他に情報はあったか?」
「いいえ」女が答える。彼が寝た女の面影はすっきりなくなっていた。
そのとき、エイブラハムの耳に、またしても通信が入る。
〈エイブラハム文部科学大臣、会議が始まります。お迎えにあがりましょうか?〉
彼は平静を装う。これで通信機が作動した。会話はすべてあちらに流れる。
「そうか」火星人の男がいう。「時間がないようだ」
背中をつたう汗がひんやりと冷たい。聞き馴染みのあるようでない声。そうだ、これは俺の声だ! 真似たんだ、俺の声を。即座に。でも、なぜ? どうしてーー。
「解せんだろう。しかし、これが現実だ」
目にも止まらぬ早さで男はエイブラハムの口を手で押さえる。抵抗するも、凄まじい男の力の前ではなす術がない。
殺される、恐怖のなかでエイブラハムは冷静にもそう思った。彼の未来は、いま死で塗りつぶされた。確定された未来に、恐怖の存在する余地はない。彼が部下に対して、言い続けてきた言葉だった。
火星人の男がいう。彼らは発達しすぎた。そう考えると、すべてのことに合点がいく。我々よりも数段優れた知性と身体、そして、生命体の最終期に発現するとされる読心術《テレパシー》まで。
男の冷たい声が彼の耳元で囁く。
「お前の身体をいただくぞ」
その冷たい声の主はーー俺だ。
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