東京的非日常

月森文

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眠り姫

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彼女は眠ることが好きだった。
お昼寝はもちろん、登下校の電車の中、退屈な授業中、おまけに僕とのデートの帰り道まで。
どんなに辛そうな体勢でも、気持ち良さそうに眠る。

僕は彼女の寝顔が好きだ。
一見無防備で愛らしく、こちらまでほんわかとするような笑顔を添えた寝顔は、
じっと見つめているとどこか儚げで、今にも涙がこぼれおちそうな印象を与える。

そんな彼女に何度か、もう二度と起きないのではないかと不安になったが、
僕がそう思うといつも彼女はふわりと目をさまし、おはようと言った。
今でも僕は、その時間を一番幸せに感じる。

 
一度彼女にどうしてそんなに眠るのかと聞いたことがあった。
そのとき彼女は、夢が見られるから、とあの透き通った声で教えてくれた。
夢を見ることが好き、そう言った彼女は今までどんな夢を見たかを話した。

クラスメイトと遊ぶ話、パン屋になって小麦粉まみれになった話。
はたまた犬になって走り回る話だったり、僕とデートする話だったり。

彼女の夢は多彩だった。
まるでキャンディボックスのような、カラフルな夢。
彼女はどんな自分にでもなれる、どんな願いでも叶えて見せてくれる夢が大好きだと言った。
僕はちょっとだけ夢に嫉妬して、今度デートに行く約束をした。


そんな矢先だった、彼女が目を覚まさなくなったのは。
デートの当日、彼女を待っていた僕の携帯に一本の電話がきた。

彼女の母親だった。
彼女の儚い寝顔が脳裏から離れない僕に彼女の母親が言った言葉は、
信じ難くもどこか納得してしまうものだった。



 あの子、眠ってしまったの。



いつもとかわりなくふわりとした笑顔を浮かべて眠る彼女。
違うのはすうっという規則正しい呼吸音が聞こえないことだけだった。
きっと彼女は長い長い夢を見ているのだ。僕じゃ見せてあげられない夢を。
必ず目を覚ます、そう思わずにはいられないくらいいつもと変わらない彼女に、僕はいつのまにか涙していた。



パン屋だって、友達と遊ぶのだって、デートだって何だって叶えてあげる。
君の願ったことなら何だって。君が眠らなくていいように僕が叶えてあげる。

だから、お願いだから目を覚まして。今からデートに行くんだろう。

君が観たいって言った映画を観て君のお気に入りの店でランチして、
バスに揺られながら二人寄り添って、次のデートの計画を立てるんだろう。
次はずっと行けなかった遊園地に行こう。
ランチの時君はいつも二択で迷うけど、今度はふたつともたのんではんぶんこしよう。
寝過ごしたら二人で歩いて帰ろう。
いつもは照れくさいけど、手もつなぐよ。



ほら、早く起きなくちゃ。もうすぐ映画が始まるよ。
まったく、こんなに眠って。遅刻だよ。
あれだけ朝早いから早く寝なよって言ったのに、遅くまで起きてたんだろう。
早く起きなよ。聞こえるだろう、僕の声が。

聞こえているんだろう。返事をしてよ、ねえ。


彼女の母親はひどく哀しい顔をしていた。

もう、そのまま眠らせてあげましょう。
そういって彼女の頭を、頬を、優しい顔をして撫でた。
彼女にとても似た、あのふわりとした笑顔だった。
それから間もなくして、彼女は夢の中で生きることを選んだらしい。
最期の最後まで彼女は僕の好きな寝顔だった。ふわりと笑っていた。




君は知っているだろうか、僕が最近眠るようになったのを。
さすがに君ほどではないけれど、しっかり眠るようになったんだ。
ひょっとしたら、君に会えるかもしれないだろう。
また君に触れられるかもしれないだろう。
まだ君は僕に会いに出てきてくれないけど。


君がいなくて、やっぱり寂しい。寂しいけれど、僕は大丈夫だ。
あと何十年か後に必ず君に会いに行く。
そのときもしも、君は高校生で僕はおじいさんだったとしても、僕らのやり残したことを全部やろう。
君がやりたいことも、僕がやりたいことも、全部。

だからそれまで楽しみはとっておいてくれよ。



今まであまり言わなかったけれど、僕は君が大好きだ。

いや、言えなかったんだよ、君がいつも寝てるから。

僕は君が思っている以上に、君のことが、君の全てが好きだ。

大好きだ。




さて、明日の朝も早いから、そろそろ寝るとしよう。




おやすみ。











おわり
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