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他愛無い涙も、蜜の味
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そっと瞼を開くと、そこには紅み掛かった髪の美しい女性がいた。
・・・まぁ、私だけど。
いつの間にか私は鏡の前にいたようだ。前日から腰を沈めていたソファではなく、ふかふかの椅子だった。高級そうな調度品なのだが、やけに庶民臭くてそれが心地良い。
「あ、起きましたか?」
そう声を掛けてきたのは金髪の女性だった。
あの男の奥さんだ。
「えっと・・・?これはどういう?」
「あぁ、いいですから、動かないでください!」
彼女はそう言うと私の後ろに回り、肩から顔をのぞかせる。
鏡を通して見ても、整った顔立ちの女性、というよりは少女だった。
至近距離にあるフワフワの金髪から甘い匂いが漂う。
「すごくきれいな容貌ですね。ここを少し塗ってはっきりさせてしまいましょうか」
彼女は化粧ブラシを手にそんなことを言った。
「ん?それはどういう意味だ?」
お化粧するんデスヨ、と答える彼女を(自分から聞いておいてなんだが)その言葉を牽制して、私は質問をし直す。
「違う、化粧をしようとしているのは分かる。なぜ化粧をされるのかがわからないんだ」
すると少し明るい地下室で彼女は、周りには誰もいないにも関わらずひそひそと喋った。
「化粧が無くてもカワイイのは、20歳までですヨ」
「あ?」
私は思いっきり頭を後ろへ振りかぶる。あの男にやったときはキレイに避けられてしまったが、今度はきれいに当たった。クリーンヒットした。
「ふぎゃ!」
では、この不甲斐ない声は誰のものかというと、残念ながら私のものだった。
どうやら彼女の頭部は予想以上に固くできていたようだ。
「ふふ。永遠18歳、ですよね。分かってますよ。はい、それじゃ頭洗いま~す♪」
彼女が意味不明なことを言った瞬間、背もたれがガクッと後ろへ倒れる。花の匂いがする紙が顔に置かれると、温かい圧力が髪を濡らした。
曰く、これはシャンプーというものらしい。
お風呂自体に入ったことが無いわけではないが、頭だけだけガシガシ洗われるのは初めてで、とても気持ち良かった。後半は髪もなかったことにされ、ガッツリ洗顔もされた。
塗れた髪をタオルでターバン巻にされ再び元の体勢へ。すぐに化粧が始まった。
いくつかの液体を顔じゅうに塗られ、ブラシを使って粉(ファンデーションというらしい)
もつけられた。目の周りもそこそこ弄られ、
頬に先とは別の粉(チークというらしい)を付けられ、最後に口紅を塗った。
「話を戻すが・・・なぜ私は化粧をしてもらっているんだ? 」
化粧が終わり、見違えた私はそんなことを聞かれた。
「さぁ。うちの人がしてあげろと言うので」
目的がさっぱり見えない。これから何かがあるのだろうか。
そういえばと思い、私の髪にブラシをかける彼女に今更な質問をした。
「あなた達、の、名前をまだ聞いていなかったな。名前はなんと言うんだ」
「貴方達なんて言わなくていいですよ。あんた達といってもらえればいいんです。それで名前ですけど、私はエラっていいます。あの人は少し特別で、カミヨと言います」
その名は、どこかあの人に似ていた。
私はせっかくだしといくつか質問する。いや、
私がいずれしたかったことを叶えようとする。
「あんたは、エラはあの男とどうして知り合って、まぁ、あれだ。結婚なんてするようなことになったんだ?」
「あ、そういう話します?いいですよ。私は実は、自分の地元が分からないんですよ。どこに住んでいたのか、親の顔、兄弟の顔、隣人の顔。何も知らないんです。頭を打ったとかじゃなくて、記憶の中の奥深くのこと過ぎて思い出せないんです。いつの間にかこの街にいて、いろんなお店に住み込みで働いていました。ただ、ある時に嫌な人たちの目に留まってしまって、乱暴されそうになったんです。その時私は、あの人に助けられました。
それ以来、彼が街に戻ってくるのを待ち続けて、やっと会えたその日にコクりました」
「すげぇ・・・」
正直、魔王退治とこの話に接点が見えずにやや困惑しているわけではあるのだが、それ以上にエラの意外な攻撃性に驚いていた。
「アーチェフィルムさん?貴女も話してくださいよ。ただのコイバナなんですし」
そんなことを言ってきたが、私はさらりと受け流すことにする。やりたいことはできたし、
元より答えるつもりは無かった。
「遠慮しとくよ」
「ひどーい。人にだけペラペラ喋らせて」
「エラが勝手にぺらぺらと喋っていたのだろう?」
私たちはふふふと笑い合った。
最後の一時を、その至高の甘みを噛み締めるように。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ここまで完璧にしてもらってからなんだが、頭だけしっかり洗って風呂に入らないというのはいかがなものだろうか?」
「もう入れましたよお風呂」
「いつの間に!?というか私はどれだけ爆睡しているんだよ・・・」
「アッチェさんはポン♪きゅ♪ボン♪型なんですね」
「この話しないとダメ!?」
・・・まぁ、私だけど。
いつの間にか私は鏡の前にいたようだ。前日から腰を沈めていたソファではなく、ふかふかの椅子だった。高級そうな調度品なのだが、やけに庶民臭くてそれが心地良い。
「あ、起きましたか?」
そう声を掛けてきたのは金髪の女性だった。
あの男の奥さんだ。
「えっと・・・?これはどういう?」
「あぁ、いいですから、動かないでください!」
彼女はそう言うと私の後ろに回り、肩から顔をのぞかせる。
鏡を通して見ても、整った顔立ちの女性、というよりは少女だった。
至近距離にあるフワフワの金髪から甘い匂いが漂う。
「すごくきれいな容貌ですね。ここを少し塗ってはっきりさせてしまいましょうか」
彼女は化粧ブラシを手にそんなことを言った。
「ん?それはどういう意味だ?」
お化粧するんデスヨ、と答える彼女を(自分から聞いておいてなんだが)その言葉を牽制して、私は質問をし直す。
「違う、化粧をしようとしているのは分かる。なぜ化粧をされるのかがわからないんだ」
すると少し明るい地下室で彼女は、周りには誰もいないにも関わらずひそひそと喋った。
「化粧が無くてもカワイイのは、20歳までですヨ」
「あ?」
私は思いっきり頭を後ろへ振りかぶる。あの男にやったときはキレイに避けられてしまったが、今度はきれいに当たった。クリーンヒットした。
「ふぎゃ!」
では、この不甲斐ない声は誰のものかというと、残念ながら私のものだった。
どうやら彼女の頭部は予想以上に固くできていたようだ。
「ふふ。永遠18歳、ですよね。分かってますよ。はい、それじゃ頭洗いま~す♪」
彼女が意味不明なことを言った瞬間、背もたれがガクッと後ろへ倒れる。花の匂いがする紙が顔に置かれると、温かい圧力が髪を濡らした。
曰く、これはシャンプーというものらしい。
お風呂自体に入ったことが無いわけではないが、頭だけだけガシガシ洗われるのは初めてで、とても気持ち良かった。後半は髪もなかったことにされ、ガッツリ洗顔もされた。
塗れた髪をタオルでターバン巻にされ再び元の体勢へ。すぐに化粧が始まった。
いくつかの液体を顔じゅうに塗られ、ブラシを使って粉(ファンデーションというらしい)
もつけられた。目の周りもそこそこ弄られ、
頬に先とは別の粉(チークというらしい)を付けられ、最後に口紅を塗った。
「話を戻すが・・・なぜ私は化粧をしてもらっているんだ? 」
化粧が終わり、見違えた私はそんなことを聞かれた。
「さぁ。うちの人がしてあげろと言うので」
目的がさっぱり見えない。これから何かがあるのだろうか。
そういえばと思い、私の髪にブラシをかける彼女に今更な質問をした。
「あなた達、の、名前をまだ聞いていなかったな。名前はなんと言うんだ」
「貴方達なんて言わなくていいですよ。あんた達といってもらえればいいんです。それで名前ですけど、私はエラっていいます。あの人は少し特別で、カミヨと言います」
その名は、どこかあの人に似ていた。
私はせっかくだしといくつか質問する。いや、
私がいずれしたかったことを叶えようとする。
「あんたは、エラはあの男とどうして知り合って、まぁ、あれだ。結婚なんてするようなことになったんだ?」
「あ、そういう話します?いいですよ。私は実は、自分の地元が分からないんですよ。どこに住んでいたのか、親の顔、兄弟の顔、隣人の顔。何も知らないんです。頭を打ったとかじゃなくて、記憶の中の奥深くのこと過ぎて思い出せないんです。いつの間にかこの街にいて、いろんなお店に住み込みで働いていました。ただ、ある時に嫌な人たちの目に留まってしまって、乱暴されそうになったんです。その時私は、あの人に助けられました。
それ以来、彼が街に戻ってくるのを待ち続けて、やっと会えたその日にコクりました」
「すげぇ・・・」
正直、魔王退治とこの話に接点が見えずにやや困惑しているわけではあるのだが、それ以上にエラの意外な攻撃性に驚いていた。
「アーチェフィルムさん?貴女も話してくださいよ。ただのコイバナなんですし」
そんなことを言ってきたが、私はさらりと受け流すことにする。やりたいことはできたし、
元より答えるつもりは無かった。
「遠慮しとくよ」
「ひどーい。人にだけペラペラ喋らせて」
「エラが勝手にぺらぺらと喋っていたのだろう?」
私たちはふふふと笑い合った。
最後の一時を、その至高の甘みを噛み締めるように。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ここまで完璧にしてもらってからなんだが、頭だけしっかり洗って風呂に入らないというのはいかがなものだろうか?」
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