続かない短編集

ENIGMA

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愛憎と劣情(超能力者×ツンデレ没落貴族)

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「よ、ルイス。相変わらず陰気なツラしてんな。」

目の前で逆さまに浮いた・・・男を、まるでポイ捨てされた空き缶でも見るような目で見ながら、ルイス・ヴィ・ロッジーニは大きくため息をついた。

ゼラ・ファールド。

朝っぱらから目眩がしそうな蛍光イエローのTシャツを身に纏い、どうでも良い中傷と共に挨拶を投げかけてくるこの男が、目下ルイスの一番の頭痛の種である。

「......何の用だ。」
「え?挨拶しただけだよ?」
「............。」

別にやってる事は特段責めるようなことではないのだ。ちょっとした知り合い間でのじゃれあいであることは分かっている。しかし腹が立つ。

「用がないなら話しかけるな。鬱陶しい。」
「挨拶が鬱陶しいとかヤベーわお前。」
お前の・・・挨拶が鬱陶しいんだ!」
「ひゃはは、ひっでー奴。」

泣くぞ?成人男性が全力で脇目も振らずに号泣するぞ?だのとほざきながらケラケラ笑っている男に、フラストレーションが指数関数的に増加していく。
最早相手にするまい、と何度目かも分からない心の誓いを立てながら、ルイスはそのままに踏み出した。

当然ゼラにぶつかる、と思われたが、まるで3Dに投影された画像のように、ルイスの体はゼラをすり抜け、何事もなく歩みを進める。

「......お前、遂に全然躊躇しなくなったな。」

呆れたのか感心したのか分からない表情を浮かべて、ゼラはそう呟いた。

超能力者。かつての核大戦により汚染された母体から生まれた、特殊な“能力”を持つ人間の突然変異体。国家機密に規定されるほどの重要事項であり、世界規模の戦局を軽く揺るがす化け物。

コード化される程の能力《霊体化》を保有するゼラは、そんな化け物たちの中でも飛び抜けた存在......であるはずだが。

「なーなー今日ヒマ?なんかC区街でロールキャベツ大食い大会とかいう草食向けか肉食向けか需要がよく分かんねえ夏祭りがあるらしいんだけどさー」
「黙れ。」
「さっきからお前黙れしか単語発してないけどどうした?魔女にコミュ障になる呪いでもかけられた?」
「黙れって言ってるのが聞こえないのか?」

疑問に疑問で返すのって反則じゃね?と不貞腐れている化け物にのしかかられながら、ルイスはげっそりとした表情で廊下を歩いていた。いつの間にか質量を取り戻したゼラは、器用にルイスの背中に張り付き、マンゴーフラペチーノを啜っている。比較的軽い方とは言え、男一人を引き摺ったまま歩き続けるルイスの体幹は流石と言うべきだろう。

ーーだからここに来たくなかったんだ。

妙に上機嫌に肩を組んでくる腕を振り解きながら、ルイスは“特別任務対策室司令部”への道を急いだ。

特別任務対策室、通称“特務”は、隣の怪人蛍光イエローのような超能力者や、人間を卒業しているエリート連中の巣窟だ。この国の治安維持を担う軍戒警察の中でもトップ中のトップ、ではあるものの、一般に知名度はほとんどない。それは組織が抱えている機密性や危険性の現れでもある。

「はい、間接キス♡」
「ぶっとばすぞ。」

とは言え、嬉々として飲みかけのマンゴーフラペチーノを差し出してくる昔馴染みを見ていると、大層な機密や危険を感じるのは少々難しいのだが。

「まーたあのオヤジに呼び出されたな?ん?何の用だよ?」
「......お前には関係ない。」
「えーいけずゥ。」

いつもの雑用めいた仕事とは少し違うが、何のことはない、例の“前線支援”だ。
捨て駒。踏み台。不祥事を犯した貴族が送られる地獄の果て。
ーー絶対に帰って来られないあたり、処刑にも似た扱いだな。
父母の大規模な横領事件は、まだ幼かったルイスの人生を早々に終わらせてしまった。ボロボロになった風体で絞首台に立たされた父や母とはまた違う、汚辱と苦痛に塗れた人生の幕引きが近づいている。

「......顔色悪いよ?ルイス。」

そんな横領事件を解決した・・・・超能力者は、静かに微笑んでそう言った。思わず頭に血が上り、キッとその人間離れした美貌を睨んだ。

ーー化け物。父と母を殺し、地獄に叩き込んだ俺の死に様を嘲笑う化け物が。

腹の底でドロドロとしたよどみが渦巻いている。父と母の犯した罪業は深かった。ただ、更に“上”の連中の更に深い罪も被せられ、俺の両親は死んだ。俺はそれを知っている。だから殺される。“上”の連中の手によって。

一体何が罪なのか。最早罪をあがなう気持ちよりも、罪が憎い気持ちが勝るほど、俺はそれが分からなくなった。

睨んだ相手は相変わらず読めない笑みを浮かべたまま、じっとルイスを見つめている。カッとなったが、心配するように歪んだその表情は別に侮辱を意味していた訳ではなさそうで、行き場を無くし持て余した感情が、ルイスの心に重くのしかかる。

ーーどうしてお前は俺を助けた?

父と母と共に登るはずだった階段を、ルイスが登らなかったのは、どこぞの超能力者の少年の手引きがあったと聞いていた。あのまま死ねていれば楽だったのに、という気持ちもあったが、結局なぜ救われたのかも分からないまま、ここまで生き抜いてきてーー

司令部長官のオフィスへ向かう足が徐々に遅くなり、遂に止まった。ちょうど自動販売機とベンチが置かれた休憩スペースに出た様で、ルイスは青いクッション製の一つに音もなく腰掛けた。少し、疲れていた。
何も気にせず隣に座ってくるゼラに、最早どうでもいいといった様子のルイスは語りかける。

「......どこまで着いてくる気だ。」
「ん?そりゃあ地獄の果てまで。」

そのフレーズに一瞬動揺するが、聞いた自分が馬鹿だったと言わんばかりに、ルイスは大きくため息をつく。

「俺に付きまとう目的は何だ。監視か?」
「え?...ルイス♡」
「フン、体目当てか。俗物が。」
「曲解過ぎじゃね!?!」

別に絆された訳じゃない。親も死んで周囲の人間にも見捨てられたルイスに、なぜかこの男は変わらずに話しかけてきた。ルイスの命を救ったのも、哀れみか、罪悪感か、不埒な欲望か、それとも他の何かなのか。何にせよ、その借りを返すだけでしかない。

ーーどうせ最期なんだ。

「......勅令を受け取り次第、今日一日は暇になるだろうよ。」

自暴自棄の開放感は清々しかった。ゼラと過ごした記憶の中では、初めて自分から笑いかけたかもしれない。

「...お前に付き合ってやる。好きにしろ。」


⭐︎⭐︎⭐︎


重厚な真紅の絨毯が敷き詰められたその部屋は、相変わらず重苦しい空気が充満していた。警備兵が等間隔で立ち並び、ピリピリとした緊張で大抵の人間は萎縮する。

その中央に設えられた漆黒のデスクチェアに深々と腰掛けた、一人の初老の男性。皇室五大分家の一つ、ゼルツホーフェン家当主を務めるノクレアード司令長官に向かって、ルイスの“処刑”を告げる紙を携えた秘書官が、カツカツと歩み寄って行く。

片膝を着いてかしずいたまま、俺は静かにその時を待つ。

一日付き合うと告げた後、ゼラはしばらく魂でも抜けたようにぼんやりしていた。その後奇声を上げて暴れ出したので、軽く鳩尾にアッパーを喰らわせ静かにさせた。

『待って待ってマジ!?!ゲフォ、やったああああああああ』
『黙れ。』
『任せろこの俺にかかればその辺の観光アンバサダーが白目向いて崇め出すレベルの完璧なルート作りなんぞお茶の子がさいさいさい過ぎて火を吹くぜ!!待ってろルルハワビーチのリア充ども!!駆逐してやる!!あ、ルイスちょい待ち俺有給取って計画立ててくるから!!』

無邪気に笑いながらそう言うや否や、壁をすり抜けて消えたあの男は、今頃何をしているのやら。

すっかり毒気を抜かれた心中は、この極限状態でも不思議と穏やかだった。

「...ロッジーニの子か。」
「左様でございます、閣下。」

重々しい声がかけられ、淡々と返答する。一体その確認に何の意味があったのか、目の前の黒い影は、それ以上を語らなかった。

「金繰りに詰まって税に手をつけた不埒な一族、と聞きましたが、未だに軍警内部に居座っていた者がいたとは。」

爬虫類のような目をした秘書官が、嘲るようにそう告げる。そこにかつてのルイスの友であったという親愛の情は、跡形も無かった。

「不自然な出費・・が無いか、一度経理を洗い直す必要があるようですね。」

冷ややかな視線と共に吐き捨てられる侮蔑の言葉。この12年間浴びせられ続けたそれも、もう終わりだろう。

「どのように逃げ延びたかは知りませんが、一体誰に媚びへつらっーー」
「おい」

ーーその時、聞き慣れた声が響く。

ハッと顔を上げると、そこには黒装束を身に纏った見慣れた背中があった。

「......ッ、ゼラ・ファールド検察官、何用か。戦闘時以外での能力の乱用は規定違反に当たりますぞ。」
「はは、うっせぇな。人間生きてる限り毎日戦争だよバーカ。おらそれ貸せ。」

馬鹿はお前だ、と常日頃のルイスならば言っていただろうが、生憎混乱中であった。
ゼラはツカツカと素早く歩み寄ると、紐で固く巻かれていた例の執行書を、右往左往している秘書官からぶん取った。

「き、貴様!?何の真似だ!!」
「...良い良い、ジューディ。」
「長官殿!!しかし...」

あっという間に紐を解き、中身を開いて読み出したゼラを、ルイスはただ呆然と見つめることしかできない。

ーー何、を...して...

助けるつもりなら止めろ。

もういい。もう俺は生きていたくない。
これ以上落魄おちぶれたこの身を晒すくらいなら、このまま全て終わらせたい。

父と母のもとに行きたい。

「ルイス!!」

満面の笑顔を浮かべて振り返ったゼラは、この上なく嬉しそうに俺の名を呼んだ。

「旅行一週間に伸ばしていい!?」


⭐︎⭐︎⭐︎


結論から言えば、ゼラもルイスの前線支援に同行する事になった。

「3日で終わらせてやるよ。」

感情のない声音でそう言い放ったゼラの表情は、こちらに背を向けていたせいでよく分からなかった。ただ、その殺気じみた雰囲気を真っ向から受けた秘書官の怯えた態度を見る限り、あの男の“超能力者”としての一面は酷く恐ろしいものなのだと、ルイスは静かに悟った。

「第30コロニーの駐屯所に寄れ、ってさ。アンブロードの狂信者狩りだろ多分。」

そうニコニコと微笑みながら前線支援の内容を告げてくるゼラ。その艶やかな顔面に一撃喰らわせてやりたい衝動をなんとか抑えて、ルイスは言葉を口から捻り出した。

「お前...ッ勝手な事を!!」
「えー非番の日に仕事すんだから、むしろ褒められてしかるべきだろってかどこ行く?7日の内3日は潰れてもあと4日!!30Cならビーチあるぞビーチが!!あのリア充の巣窟が!!」
「馬鹿ッ、何故あんなこと...!!許される筈が...」
「ひゃはは、シンパイショー拗らせちゃって。大丈夫だよ、“仕事完遂”以上の期待なんて、元からされてねえからさ。」

俺、ただの飼い殺された“化け物”だしね、と、ゼラは珍しく自嘲を溢した。
ーーその台詞を、俺は否定してやれない。

「......。」
「どうしたの、ルイス。」
「何故...俺を、助けるんだ。お前には何も益など無いだろうに。」
「バーカまだ助かってねえから。何だかんだ鬱陶しいの押し付けられちゃってるし。あのクソオヤジ覚えてろよ。」

舌をペロリと出したゼラは、底意地の悪い笑顔を浮かべてこちらを見た。何かを企んでいるような顔つきが忌々しい。

「それにその質問の答えは、これから俺がたあっっっっっぷり一週間かけて教えてやるからね♡楽しみにしてろって。」
「付き合うのは今日一日だけだと言った筈だが。ビーチだろうが何だろうがお前一人で行け。俺は知らん。」
「はあ!?!ヤダヤダヤダ単騎で夏のビーチ特攻とかどういう尊厳自殺だよ?!?」

やっぱり真面目に聞くのはアホらしかったな、と踵を返したルイスの背中に、ゼラは勢いよく抱きついた。

「ッ、離せ馬鹿。」
「離さないし逃がさないし死なせない・・・・・よ?ルーイス♡」
「ゼラ...?」
「俺、お前と二人でやりたい事いっぱいあるんだよね。それ全部終わらせるまで絶ッッッ対死なせてやらねえから、なー?」

まるで幼子に言い聞かせるような口調で、ゼラはルイスに微笑みかける。その爛々と光る肉食獣じみた瞳に心の奥底まで見透かされているようで、背中がぞわりと総毛だった。

「......ま、寿命1000年あっても終わらないかもだけど。」


ーー二人でずっと一緒に遊ぼうね、ルイス。


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