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Chapter 1 それはそれは、よくある話で。

scene 4

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 先ほどクレールの後ろにいた衛兵だろうか。若い男性が古ぼけたホルダーを持ってきた。だいぶ埃にまみれているが、これでもだいぶ払ってくれたらしい。つくりそのものは丈夫で、破れやほつれもない。使役盤もちゃんと収まったため、大介はそのままこれを使うことにした。

「それで……あ、そうそう。この国や使役盤についての説明だったな。気がつかずに申し訳ない」

 クレールはさっきから謝ってばかりだ。根の性格の良さが分かる。

「まずはここ、ウイドキア王国について。
 ウイドキアは今から約120年前、都であるラテカを中心にして建国された。元々、ラテカの地には大幻獣と呼ばれる存在が眠っていて、これを起こさぬよう、今の王族の祖先がその上に城を建てたのが起源となっている。大幻獣は、さっきあなたが見た幻獣の十倍以上の大きさを誇り、一度暴れ出せば世界が滅ぶとさえ言われている」

「物騒な話だな。でも、幻獣は幻獣なんだろ? それこそ、使役盤を使ってどうにかならないものなのか?」

「使役盤で従わせられる幻獣は、そのスケールが人間と同じか、少し大きいくらいが限度になる。大幻獣ほどの大きさのものを人が操るというのは、無理だ。だから、魔法使い11人が、自分の命と引き換えにして、大幻獣が目覚めぬよう、深い眠りにつかさせたのだ」

「フムフム」

「幻獣の眠りのサイクルは各個体によって大きく異なるのだが、魔法使いの功績によって、これが最低千年まで伸びた。だから、今の時代を生きる私たちにとって、それほど気にしなければならない問題ではない、はずだったんだが」

「何か、あったんだな」

 大介の問いに、クレールは頷く。

「15年前、魔王が大幻獣の存在を嗅ぎつけたのだ。ラテカは、大幻獣が魔王の手に渡らぬよう聖堂をたくさん建立し、聖なる気が町じゅうを覆えるように設計されている。だから、本来なら、その聖域の下にある大幻獣の存在など、知れるはずないのだが……」

「……」

「見つかったものは仕方がない。我々は警備を強固にし、魔王軍の襲撃に備えた。100年以上積み重ねた聖なる祈りの力は絶大で、魔王の眷属がラテカの中へ入り込むのを、徹底的に突っぱね続けた。しかし……」

「……?」

「そのうち魔族は、幻獣を用いてラテカへ攻撃を仕掛けてくるようになった。幻獣は聖魔どちらにも属さない、自然の力が具現化したもの。聖堂の祈りの力では防ぐことが出来なかったのだ」

「それで、こちらも幻獣を使える召喚士を用意して、魔王軍に備えるようになったってわけか」

「その通りだ。付け加えると、幻獣は一か所に何体も集中させると自然の摂理が乱れ、統率が取れなくなる。よって、魔王側の幻獣たちは『軍』を率いて襲ってくることがない。それは守る側であるこちらとしては都合の良い話であったが、魔族の幻獣の扱いは我々の想像を超えて上達をしていき、敗北を喫するケースが増えて来た。一度に多数幻獣を送り込めないのはこちらも同じなため、すでに何度かラテカに魔族の被害が発生している」

「それは……先のヤツがやられたら、その場ですぐに次のヤツを召喚すればいいだけじゃないのか? そうすれば、戦線を後退させずに戦いを継続できる」

「負けた幻獣は我々の前から姿を消すが、見えなくなっただけで実際はまだそこにいるんだ。見えない状態のソレが本来の自然に帰るまでは、まる一日かかると言われていて、その間は同じ場所で幻獣を召喚出来ないんだよ」

「……なんか、ルールが複雑だな」

「分からないことがあればいつでも言ってくれ。今はとりあえずまとめて説明するぞ」

「了解した。続けてくれ」

 大介の促しにクレールは薄く笑い、そして呆れた顔になった。

「……どうした?」

「いや。……本当だったら、アデラが全部しなければならない説明なのに、と少しうんざりしただけだ。続けよう」

 クレールも、と言うかクレールの方こそ、アデラには思うところがあるようだ。大介は苦笑して、お察しするよ、とだけ言った。鏡に写したような苦笑が返って来る。

「さて。そんなわけで、最近は魔族に競り負けることが多く、ラテカ、ひいてはウイドキア国内の雰囲気は正直かなり悪い。しかしそこへ、大聖堂の枢機卿が神の啓示を受けたんだ。いにしえより伝わる聖地に、神様が使者をお遣わしになられた、とね。これはまさに今朝の出来事だ。それで、最もクグシボンに近いウモス聖堂のアデラが現地に行ったんだ」

「……で、そこにいたのが俺だった、と」

「クグシボンには一般人が立ち入れないように、魔法による結界が張られている。だからそれをかいくぐって聖地に現れたあなたは、まさに神の使者だというわけだ。そうでない可能性があるのなら、あなた自身が腕の立つ魔法使いか、今朝結界を解いた時にこっそり山へ忍び込んだ不届き者か、のどちらかになるが?」

「俺は魔法なんか使えないし、わざわざ面倒臭いことに巻き込まれるために聖地へ行くなんて発想しないぞ」

 大介の言い草に、クレールの顔色がわずかに曇る。

「……どうした?」

「いや、失礼。神様が遣わした使者のわりには、その……口が悪いな、と思っただけだ」

 アデラのような馬鹿正直な返事が来た。しかしこちらは、おそらく本人の真っすぐな気性ゆえにそういう言葉になったのだろう。少なくとも、大介にはそのように感じられた。

「すまんな。俺自身は神様もよく分からん不良中年だ。なんでこんな男を使者として選んだのか、俺は神様の正気を疑ってるけどね……いや!」

 クレールの刺すような視線を受けて、愚痴交じりの本音を中断する。いかん、これは言う相手を間違えた。

「違う! 俺なんかには知る由もないってだけで、別に神様を疑ってるわけじゃない! すまん、今のは俺の言い草が悪かった!」

 あからさまに、ひとつ前と言っている内容が矛盾している。クレールは値踏みをするようにその目を細めると言った。

「まあ、いい。今の発言は不問とする。だが、あまり神を侮辱するような言葉は吐かぬほうがいいぞ。ウイドキアは100年以上、神様のご加護に守られてきた国。その手の発言は、場合によっては死罪になりかねん」

「うへえ……もういいよ。俺さっき死んだばっかりだぜ?」

「お前の言っていることは、よく分からん」

 不問とは言われたが、クレールの中で大介の印象は、明らかに悪くなっているようだった。失敗したなあ……そう内心でつぶやいたところで、もはやどうにかなるものではなかった。
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