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Chapter 5 まあ今回は、お手並み拝見で。

scene 17

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 結局、研究所にはたっぷり一週間ほど入り浸った。
 マリーは大介の幻獣の動かし方をいたく気に入って絶賛し、そのプレイスタイルに合った使役盤を作ると宣言した。一方、大介は大介でクレールの使役するオンディーヌの知らなかった挙動をたくさん経験し、オンディーヌの技の多彩さとクレールの使役技術に興奮していた。

「私は王都の礼拝堂で、たっぷり奉仕をさせていただきました」

 ラテカ南門へ向かう道中では、アデラも晴々とした顔で述べていた。つまり、ほぼ全員が充実した時間を過ごした事になる。

 が。

「……」

「なあ。もしかしてまだ怒ってるのか? あの時もちゃんと謝ったんだし、そろそろ許してくれよ」

 クレールだけは、終始仏頂面であった。彼女は大介の言葉を聞くと、立ち止まって彼に正対する。

「そうだな……あまりいつまでも不機嫌でいるのも大人気ないか。だが、最後にもう一度だけ言わせてもらうぞ。金輪際、幻獣戦の最中に暴言を吐くことは許さん。分かったな」

「分かった分かった。気をつけるよ」

 トレーニングルームで模擬戦を行っている時に大介は、あろうことかクレールを散々に煽り散らかしたのだ。彼女はそれを侮辱と受け取ってしまい、シャレにならないほど深刻に機嫌を害してしまったのだ。

「あれが俺の戦い方なんだよ。あんただってゴーチェの爺と戦ってた時の俺の煽りを、聞いてたんじゃないのか?」

 その時大介はそう反論したのだが、残念ながらクレールの理解は得られなかった。お前はあくまでも神様が送ってきた使者なのだから、それなりの品格がないと困る、というのがクレールの主張であった。

(……ま、しゃーないか)

 本音を言えば、口で相手を攻撃する行為は、大介にとって格ゲーの醍醐味であった。が、実際はこれがゲームではなく、真剣な戦争の一種であることを考えれば、クレールの主張に従った方が賢明であると、大介は結論づけた。

 南門は存外に遠く、至るまでに一度宿屋を利用した。聞けばツール・アマーシャはラテカ全体から見て、割と北部にあるのだという。

「失敗したな。何も考えずにお前らを連れに選んじまったが、性別を揃えれば相部屋で済んだんだよな」

「仮に私たちが男だったとしても、おそらく部屋は分けたと思うぞ。一応、お前は神の使者だ。それくらいの特別扱いはするはずだ」

「そんなもんかい」

「ああ。一応な」

「……」

 互いに言葉を交わす一行。移動はおおむね問題なく進んでいった。

      *

 彼らの顔色が変わったのは、ラテカの南門へ到着したその時であった……否、正確には、新しく作り直した南門を通過した時、であるが。

「お話は伺っております。使者様におかれましては、この門の先……本来の南門がある地点までの一帯を、お守りいただきたく存じます」

 軽くそう説明を受けて門をくぐる一行。その先にあった光景は、まさに負け戦に蹂躙された哀れなものであった。
 全員が、息を飲む。

「これは……思った以上に酷いな」

 クレールがそう漏らすのを、大介は傍らに聞いた。
 健在な建物はほぼ無く、人々は行き交う気力さえ失ったように見えた。例外なく着ているものはみすぼらしく、瞳にも希望がまるで映らない。本来、役目を持って固く閉ざされているはずの南門……元々の南門は、今は無様に開きっ放しとなっていた。

 刹那。

「おうおう、どけどけぇ!」

 まさにその解放された南門から、怪物が二体入ってきた。まばらにいた住民は、急いで瓦礫の陰に身を隠す。

 どちらも、赤黒いゴツゴツした皮膚をしていた。がに股で先導している方はガッシリとした体つきをしていて、後ろからついてきている方は背が低くヒョロリとしていた。どちらも簡素な黒い鎧をまとっているが、露わになっている皮膚を見る限り、それが本当に必要なものなのか疑問であった。

 明らかに魔族と分かる風貌の二体は、自分たちの前から退こうとしない大介を見て歩みを止める。

「なんだぁ、てめえらはぁ?」

 滑稽なほどに顔を歪めて、がたいが良い方の魔物が言う。非常に分かりやすい三下ムーブだ。

「ダイスケ」

 こいつなら楽勝だろ……と思っていた矢先、大介はクレールに小声で名を呼ばれた。

「ここは私にやらせてくれないか? ゴーチェの時の借りを返したい」

 彼女はこちらを見ず、ひたすら真剣な面持ちで魔物を睨んでいる。

「……お前、こいつら知ってるのか?」

「直接会ったことはないが、話には聞いている。手前のゴツい奴がイジドール、奥の小さい奴がドニで間違いないはずだ」

「ああん? そういうおめーらは、何者なんだよ?」

「ウイドキア王国所属、幻獣召喚士のクレールだ。耳は良いようだな、化け物よ」

「ひっひっひ、抜かしよるわ。けど、こんなにすぐ召喚士とぶちあたるのは、運がわりいなぁ」

 デカいほうの怪物、イジドールは不敵に笑うと、ドニの方へ振り返って言った。

「おい、出番だ。やって来い」

「ハイでやんす」

 細々しく高い声でドニは返事をすると、どこからともなく使役盤を取り出した。

「そっちがやるのかよ。でも大丈夫なのか? あのイジドールって奴、腕力は強そうだぞ。ここって確か、祈りの力が無いエリアだったよな」

 思わず口を挟む大介。しかし、クレールは涼しい顔で言った。

「それなら心配するな。こちらにはアデラがいる」

「は?」

 なんでそこでアデラの名前が?
 そう言いかけた大介だったが、ふと自分の足元が光っていることに気がついた。
 もしや、とアデラを見ると、彼女は膝を地につけて、懸命に祈っていた。どうやら彼女が、自分たちの周りだけに祈りの力を発現してくれたようだ。

「け。やっぱそいつ修道女かよ。めんどくせーな」

 不愉快を隠さずに、イジドールが言う。

「そういうことだ。この先に進みたいのなら、素直に幻獣戦に応じた方が身のためだぞ」

「だから、ハナからそのつもりじゃねーか。ふざけやがって。……おいドニ、絶対勝てよ」

「ハイでやんす」

 返事とともに、ドニが使役盤を触る。二足歩行の岩の化け物が具現化した。それを受けてクレールは右手を肩から背中に回すと、何かを手に取った。

 使役盤用の三脚だ。

 彼女は手際よく三脚を設置すると、その上に使役盤を装着した。そして三脚の脇に固定してあった小さな『ソレ』を外すと、使役盤の指令円の真ん中にぶっ刺す。

 レバーだ。

「ああ? なんだそれ?」

「今に分かるさ。神の使者様がもたらした、素晴らしき叡智をな」

 首をひねるイジドールへ、クレールは不敵に笑った。
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