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壱 平成二十六年
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初めて足を踏み入れる、黄泉小径の中。
しかも、こんな時間に、人様の死体を運びながらである。
私と翔太は、照明の無いまま足場の悪い竹藪を進んでいく。耳元でハエがうるさい。
目の前の男は簡単にしか聞いてないから知らないだろうが、ここには本当にたくさんの言い伝えがある。
頭の中に浮かんでくるそれらを必死で無視しようと努めながら、私は洋子さんの足を持ち上げ続けた。
と、私はここでとんでもない点に気が付く。
「……ねえ、翔太」
「なんだよ」
翔太は面倒くさそうに自分の足元を見ながら返事をした。
「スコップとか、持ってきてないよね?」
そう。あまり考えたくない事だが、もし遺体を本気で隠そうとするなら、穴を掘って埋めるのが妥当なところだろう。いくら足を踏み入れる人の少ない黄泉小径だからと言って、その辺に捨ててハイおしまいでは絶対にいつか見つかってしまう。
「大丈夫。ちゃんと車に積んできてるから」
が、返って来たのは意外な答えだった。多分、私を呼ぶ前に準備をしたのだろう。
しかしそれなら、
「何で一緒に持ってこないのよ! 一回戻らないといけないじゃない!」
「オイ、そんな事で怒るなよ」
どうして『そんな事』になるのか。一分一秒を争うつもりでいたのは私だけなのか。
「いいから! 今から持ってきて! ……一回下ろすわよ」
「え、コラ待て……ちっ、分かったよ」
渋々腰を曲げる翔太とともに、私は洋子さんを地面へ下ろした。
その瞬間。
ザザッ!
遺体が、大きく一度ビクリと動いた。
「えっ!?」
突然の出来事に私も翔太も凍りついた。思わず、視線を交わす。
額や脇から、変な汗が出るのを感じる。頭に血がのぼっているのか引いているのかも分からないくらいな混乱が私を襲った。
「……お前、今何かやったか?」
翔太がそう聞きたくなる気持ちも理解できる。が、あいにく私の方に心当たりは無い。正直に首を横に振った。
「じゃあ、何だよ今の」
「さぁ……」
確かに、ここは死後の世界と繋がっているとされる場所だ。死者が蘇るという伝承も聞いたような記憶がある。
しかし、伝承はあくまで伝承だ。一回死んだ人が生き返るなんて事が、実際に起こる訳がない。私は凍てついた体を動かせないまま、必死で自分を納得させようとした。
そこへ、
「なにをしてるの?」
後ろから声がした。
まったく気配を感じなかったので、それこそ死ぬほど驚いた。私は悲鳴を上げて振り返り、そして見てしまった。
振り返った先にいたのは、中学生くらいの女の子だった。薄茶色く汚れたボロボロの着物を身にまとい、気の毒なほどやせた姿でこちらを見ている。
幼い頃に聞いた『おゆいさま』そのものだった。
黄泉小径に宿る水先案内人、おゆいさま。その姿を見た者は例外なくあの世へ連れて行かれるという。
言い伝えそのままの格好の水先案内人は、驚きと恐怖で身動きが取れない私たちにそれぞれ一瞥をくれると、ふと視線を毛布に移した。
「また、勝手にこんな事……」
無造作に洋子さんに近づくおゆいさま。翔太は彼女の話を聞いた事がないはずだが、真っ青な顔で目を見開いたまま微動だに出来ないでいた。
翔太のいる側、つまり洋子さんの頭がある辺りの毛布を雑にずらすおゆいさま。
血まみれの新聞紙が顔を出すや否や、それを破って何か長いものが唐突に伸び上がり翔太の首にぶち当たった。
しかも、こんな時間に、人様の死体を運びながらである。
私と翔太は、照明の無いまま足場の悪い竹藪を進んでいく。耳元でハエがうるさい。
目の前の男は簡単にしか聞いてないから知らないだろうが、ここには本当にたくさんの言い伝えがある。
頭の中に浮かんでくるそれらを必死で無視しようと努めながら、私は洋子さんの足を持ち上げ続けた。
と、私はここでとんでもない点に気が付く。
「……ねえ、翔太」
「なんだよ」
翔太は面倒くさそうに自分の足元を見ながら返事をした。
「スコップとか、持ってきてないよね?」
そう。あまり考えたくない事だが、もし遺体を本気で隠そうとするなら、穴を掘って埋めるのが妥当なところだろう。いくら足を踏み入れる人の少ない黄泉小径だからと言って、その辺に捨ててハイおしまいでは絶対にいつか見つかってしまう。
「大丈夫。ちゃんと車に積んできてるから」
が、返って来たのは意外な答えだった。多分、私を呼ぶ前に準備をしたのだろう。
しかしそれなら、
「何で一緒に持ってこないのよ! 一回戻らないといけないじゃない!」
「オイ、そんな事で怒るなよ」
どうして『そんな事』になるのか。一分一秒を争うつもりでいたのは私だけなのか。
「いいから! 今から持ってきて! ……一回下ろすわよ」
「え、コラ待て……ちっ、分かったよ」
渋々腰を曲げる翔太とともに、私は洋子さんを地面へ下ろした。
その瞬間。
ザザッ!
遺体が、大きく一度ビクリと動いた。
「えっ!?」
突然の出来事に私も翔太も凍りついた。思わず、視線を交わす。
額や脇から、変な汗が出るのを感じる。頭に血がのぼっているのか引いているのかも分からないくらいな混乱が私を襲った。
「……お前、今何かやったか?」
翔太がそう聞きたくなる気持ちも理解できる。が、あいにく私の方に心当たりは無い。正直に首を横に振った。
「じゃあ、何だよ今の」
「さぁ……」
確かに、ここは死後の世界と繋がっているとされる場所だ。死者が蘇るという伝承も聞いたような記憶がある。
しかし、伝承はあくまで伝承だ。一回死んだ人が生き返るなんて事が、実際に起こる訳がない。私は凍てついた体を動かせないまま、必死で自分を納得させようとした。
そこへ、
「なにをしてるの?」
後ろから声がした。
まったく気配を感じなかったので、それこそ死ぬほど驚いた。私は悲鳴を上げて振り返り、そして見てしまった。
振り返った先にいたのは、中学生くらいの女の子だった。薄茶色く汚れたボロボロの着物を身にまとい、気の毒なほどやせた姿でこちらを見ている。
幼い頃に聞いた『おゆいさま』そのものだった。
黄泉小径に宿る水先案内人、おゆいさま。その姿を見た者は例外なくあの世へ連れて行かれるという。
言い伝えそのままの格好の水先案内人は、驚きと恐怖で身動きが取れない私たちにそれぞれ一瞥をくれると、ふと視線を毛布に移した。
「また、勝手にこんな事……」
無造作に洋子さんに近づくおゆいさま。翔太は彼女の話を聞いた事がないはずだが、真っ青な顔で目を見開いたまま微動だに出来ないでいた。
翔太のいる側、つまり洋子さんの頭がある辺りの毛布を雑にずらすおゆいさま。
血まみれの新聞紙が顔を出すや否や、それを破って何か長いものが唐突に伸び上がり翔太の首にぶち当たった。
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