黄泉小径 -ヨモツコミチ-

小曽根 委論(おぞね いろん)

文字の大きさ
7 / 83
弐 平成三年

法事と家族と、トヨと。

しおりを挟む
 祖母の三回忌は、つつがなく終わった。

 お坊さんや親戚たちが帰っていくのに交ざって、「仕事だから」と父が家を出ていった。

 いつもの事だから別段気にもしない。せっかく家族みんなが揃ったのにと寂しそうにしているのは、母だけだ。

 母と私と妹の仁美と、何故か居る仁美の彼氏のトヨ君。私たちは四人で後片付けをしていた。祖父は疲れた様子でソファに腰をかけ、私たちをぼんやりと眺めている。

「あんた、いつ豊彦君と一緒になるの?」

 重なった仕出しのお弁当の空容器をゴミ袋に詰めながら、母が仁美に尋ねた。仁美は普段我が家にいないため、ここぞとばかりに質問責めにあっている。

「またその話?」

「そりゃそうでしょ。もうあんたたち一年も一緒に住んでるんだから」

「まだ八か月です」

「同じようなもんでしょ。豊彦君はどう思ってるの?」

「いや、オレは別にいつでも良いんですけどね」

「あ、待った。トヨあんたズルいよ」

 いきなり矛先を向けられたトヨ君は人好きのする笑顔で調子良く答えると、仁美の言及を無視してテーブルを部屋から運び出していった。

 仁美とトヨ君は、もう半年以上前から同棲している。母は何かにつけて、結婚前に一緒に住むなんてけしからんと口を酸っぱくして言っているが、仁美はそういう母の声に耳を貸す気配も無く、飄々と今の関係を続けている。

 最近は、むしろトヨ君の方が籍を入れたがっており、仁美にそれとなくアピールしているらしいのだが、仁美はひたすらにはぐらかし続けている。仁美はトヨ君をズルいと責めるが、私に言わせればズルいのはむしろ仁美の方である。

 ただ、それを表立って言ってしまうと、今度は私が槍玉にあげられるので黙っておいた。32にもなって未だに相手がいない現状を考えると、事態が深刻なのはむしろ私の方なのだから。


「……ん」


 母と仁美がやりあっている内に、祖父がぎこちなくソファから立ち上がった。あわてて私が祖父の肩を持つ。

「大丈夫、おじいちゃん?」

「ああ。すまんな、千代子」

 私の名前を間違える祖父。
 すかさず、母が訂正する。

「おじいちゃん、その子は久美子です。お義姉さんじゃありませんよ」

 最近、祖父はよく私を伯母と間違える。こんなところにいるはずないのに。

「……ん?」

 祖父は、何を言っているのか分からないといった感じで母を見た。私と仁美は、渋い表情でお互いを見合わせる。

「その子は、久美子ですよ」

 混乱している祖父に、母が重ねて言う。

「……?」

 やはり混乱顔のままの祖父は、ゆっくりと私に顔を向けた。
 ちゃんと私と目が合っているにも関わらず、その瞳はどこかうつろだ。

「……いや、すまん。座る」

 考えている間に、何故立ち上がったのか忘れたのだろう。祖父は再び、ゆっくりと腰を下ろし始めた。

「あら。じゃあ、ゆっくり座ろうね、おじいちゃん。大丈夫?」

「んん、大丈夫。すまんな……えー……」

「おじいちゃん、だからその子は久美子ですよ」

「んん、大丈夫……」

「大丈夫じゃないでしょ、おじいちゃん?」

 祖父を補助する私と、祖父に突っ込みを入れる母。仁美はそんな私たちを、物凄く遠くにあるものを見るような視線で眺めていた。

 ソファに身を沈め直した祖父は、そのまま喋らなくなった。つられるようにして、そこにいる全員が口を動かさなくなる。嫌な間が空いた。

「……すいません。あのテーブル、どこにしまってありましたっけ?」

 空気の読めないトヨ君が、私たちの沈黙をあっけなく破った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隣人意識調査の結果について

三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」 隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。 一部、確認の必要な点がございます。 今後も引き続き、調査をお願いいたします。 伊佐鷺裏市役所 防犯推進課 ※ ・モキュメンタリー調を意識しています。  書体や口調が話によって異なる場合があります。 ・この話は、別サイトでも公開しています。 ※ 【更新について】 既に完結済みのお話を、 ・投稿初日は5話 ・翌日から一週間毎日1話 ・その後は二日に一回1話 の更新予定で進めていきます。

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿

加来 史吾兎
ホラー
 K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。  フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。  華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。  そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。  そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。  果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。

【完結】ホラー短編集「隣の怪異」

シマセイ
ホラー
それは、あなたの『隣』にも潜んでいるのかもしれない。 日常風景が歪む瞬間、すぐそばに現れる異様な気配。 襖の隙間、スマートフォンの画面、アパートの天井裏、曰く付きの達磨…。 身近な場所を舞台にした怪異譚が、これから続々と語られていきます。 じわりと心を侵食する恐怖の記録、短編集『隣の怪異』。 今宵もまた、新たな怪異の扉が開かれる──。

処理中です...