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弐 平成三年
法事と家族と、トヨと。
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祖母の三回忌は、つつがなく終わった。
お坊さんや親戚たちが帰っていくのに交ざって、「仕事だから」と父が家を出ていった。
いつもの事だから別段気にもしない。せっかく家族みんなが揃ったのにと寂しそうにしているのは、母だけだ。
母と私と妹の仁美と、何故か居る仁美の彼氏のトヨ君。私たちは四人で後片付けをしていた。祖父は疲れた様子でソファに腰をかけ、私たちをぼんやりと眺めている。
「あんた、いつ豊彦君と一緒になるの?」
重なった仕出しのお弁当の空容器をゴミ袋に詰めながら、母が仁美に尋ねた。仁美は普段我が家にいないため、ここぞとばかりに質問責めにあっている。
「またその話?」
「そりゃそうでしょ。もうあんたたち一年も一緒に住んでるんだから」
「まだ八か月です」
「同じようなもんでしょ。豊彦君はどう思ってるの?」
「いや、オレは別にいつでも良いんですけどね」
「あ、待った。トヨあんたズルいよ」
いきなり矛先を向けられたトヨ君は人好きのする笑顔で調子良く答えると、仁美の言及を無視してテーブルを部屋から運び出していった。
仁美とトヨ君は、もう半年以上前から同棲している。母は何かにつけて、結婚前に一緒に住むなんてけしからんと口を酸っぱくして言っているが、仁美はそういう母の声に耳を貸す気配も無く、飄々と今の関係を続けている。
最近は、むしろトヨ君の方が籍を入れたがっており、仁美にそれとなくアピールしているらしいのだが、仁美はひたすらにはぐらかし続けている。仁美はトヨ君をズルいと責めるが、私に言わせればズルいのはむしろ仁美の方である。
ただ、それを表立って言ってしまうと、今度は私が槍玉にあげられるので黙っておいた。32にもなって未だに相手がいない現状を考えると、事態が深刻なのはむしろ私の方なのだから。
「……ん」
母と仁美がやりあっている内に、祖父がぎこちなくソファから立ち上がった。あわてて私が祖父の肩を持つ。
「大丈夫、おじいちゃん?」
「ああ。すまんな、千代子」
私の名前を間違える祖父。
すかさず、母が訂正する。
「おじいちゃん、その子は久美子です。お義姉さんじゃありませんよ」
最近、祖父はよく私を伯母と間違える。こんなところにいるはずないのに。
「……ん?」
祖父は、何を言っているのか分からないといった感じで母を見た。私と仁美は、渋い表情でお互いを見合わせる。
「その子は、久美子ですよ」
混乱している祖父に、母が重ねて言う。
「……?」
やはり混乱顔のままの祖父は、ゆっくりと私に顔を向けた。
ちゃんと私と目が合っているにも関わらず、その瞳はどこかうつろだ。
「……いや、すまん。座る」
考えている間に、何故立ち上がったのか忘れたのだろう。祖父は再び、ゆっくりと腰を下ろし始めた。
「あら。じゃあ、ゆっくり座ろうね、おじいちゃん。大丈夫?」
「んん、大丈夫。すまんな……えー……」
「おじいちゃん、だからその子は久美子ですよ」
「んん、大丈夫……」
「大丈夫じゃないでしょ、おじいちゃん?」
祖父を補助する私と、祖父に突っ込みを入れる母。仁美はそんな私たちを、物凄く遠くにあるものを見るような視線で眺めていた。
ソファに身を沈め直した祖父は、そのまま喋らなくなった。つられるようにして、そこにいる全員が口を動かさなくなる。嫌な間が空いた。
「……すいません。あのテーブル、どこにしまってありましたっけ?」
空気の読めないトヨ君が、私たちの沈黙をあっけなく破った。
お坊さんや親戚たちが帰っていくのに交ざって、「仕事だから」と父が家を出ていった。
いつもの事だから別段気にもしない。せっかく家族みんなが揃ったのにと寂しそうにしているのは、母だけだ。
母と私と妹の仁美と、何故か居る仁美の彼氏のトヨ君。私たちは四人で後片付けをしていた。祖父は疲れた様子でソファに腰をかけ、私たちをぼんやりと眺めている。
「あんた、いつ豊彦君と一緒になるの?」
重なった仕出しのお弁当の空容器をゴミ袋に詰めながら、母が仁美に尋ねた。仁美は普段我が家にいないため、ここぞとばかりに質問責めにあっている。
「またその話?」
「そりゃそうでしょ。もうあんたたち一年も一緒に住んでるんだから」
「まだ八か月です」
「同じようなもんでしょ。豊彦君はどう思ってるの?」
「いや、オレは別にいつでも良いんですけどね」
「あ、待った。トヨあんたズルいよ」
いきなり矛先を向けられたトヨ君は人好きのする笑顔で調子良く答えると、仁美の言及を無視してテーブルを部屋から運び出していった。
仁美とトヨ君は、もう半年以上前から同棲している。母は何かにつけて、結婚前に一緒に住むなんてけしからんと口を酸っぱくして言っているが、仁美はそういう母の声に耳を貸す気配も無く、飄々と今の関係を続けている。
最近は、むしろトヨ君の方が籍を入れたがっており、仁美にそれとなくアピールしているらしいのだが、仁美はひたすらにはぐらかし続けている。仁美はトヨ君をズルいと責めるが、私に言わせればズルいのはむしろ仁美の方である。
ただ、それを表立って言ってしまうと、今度は私が槍玉にあげられるので黙っておいた。32にもなって未だに相手がいない現状を考えると、事態が深刻なのはむしろ私の方なのだから。
「……ん」
母と仁美がやりあっている内に、祖父がぎこちなくソファから立ち上がった。あわてて私が祖父の肩を持つ。
「大丈夫、おじいちゃん?」
「ああ。すまんな、千代子」
私の名前を間違える祖父。
すかさず、母が訂正する。
「おじいちゃん、その子は久美子です。お義姉さんじゃありませんよ」
最近、祖父はよく私を伯母と間違える。こんなところにいるはずないのに。
「……ん?」
祖父は、何を言っているのか分からないといった感じで母を見た。私と仁美は、渋い表情でお互いを見合わせる。
「その子は、久美子ですよ」
混乱している祖父に、母が重ねて言う。
「……?」
やはり混乱顔のままの祖父は、ゆっくりと私に顔を向けた。
ちゃんと私と目が合っているにも関わらず、その瞳はどこかうつろだ。
「……いや、すまん。座る」
考えている間に、何故立ち上がったのか忘れたのだろう。祖父は再び、ゆっくりと腰を下ろし始めた。
「あら。じゃあ、ゆっくり座ろうね、おじいちゃん。大丈夫?」
「んん、大丈夫。すまんな……えー……」
「おじいちゃん、だからその子は久美子ですよ」
「んん、大丈夫……」
「大丈夫じゃないでしょ、おじいちゃん?」
祖父を補助する私と、祖父に突っ込みを入れる母。仁美はそんな私たちを、物凄く遠くにあるものを見るような視線で眺めていた。
ソファに身を沈め直した祖父は、そのまま喋らなくなった。つられるようにして、そこにいる全員が口を動かさなくなる。嫌な間が空いた。
「……すいません。あのテーブル、どこにしまってありましたっけ?」
空気の読めないトヨ君が、私たちの沈黙をあっけなく破った。
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