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漆 明治十一年
二、
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時はすでに夕刻だったが、畑仕事をしている村人の姿は未だちらほらあった。
「あれ。じいさんどうしたんだい、こんな時間に」
その内の一人に声をかけられる。葬儀の際にも見た顔だ。
泰四郎は、言い訳用の瓢箪を見せて笑った。
「いやなに。ちょっと月見酒でもしようかと思ってな」
それを聞くと、男は得心したように二度三度と頷いた。
「ああ、今日は満月だからな。しかし、それなら杉の高台に行った方が良いんじゃないか」
村には見晴らしの良い高台がある。目印に杉の木が一本植えられている事から『杉の高台』と呼ばれている場所なのだが、泰四郎が向かっているところとは真逆に位置していた。
泰四郎は、男の提案に苦笑いをする。
「あそこは人目についていかん。せんとのんびりやりたいんだよ」
男は一瞬ばつのわるそうな顔をしたが、すぐに元の表情に戻した。
「悪い、無粋な事言っちまったな」
「なに、構わんよ」
「せんさんによろしく伝えてくれ」
「おう」
「ほどほどにして切り上げてくれよ。じいさん今日は疲れているだろう。あんまり深酒すると体に毒だぜ」
「分かったから、もう行かせろ」
やり取りを終え、泰四郎は楽しげに息をついた。
が、結局彼に目的地を明かすことは無かった。男に背を向け再び歩き出した彼の顔は、すでに違う表情だった。
*
「おい、泰四郎のじいさんじゃないか。ちょっと待ってくれよ」
歩を進め、日も暮れかかり、目指す所が近くなる。そうすると、だんだん言い逃れも難しくなってくる。
最後に泰四郎に声をかけたのは、村の外れに広大な畑を持つ源一郎だった。
「おお、源一郎か。こんな時間まで精が出るな」
畑と言っても、そのほとんどは荒れ畑だ。村人が耕作を放棄した土地を、源一郎らが一族総出で譲り受けたものである。少しずつ作物の出来る状態に戻しているが、彼の所有する畑の多くは未だに雑草が生い茂る有り様だった。
「俺の事はどうでもいいんだ。じいさん、今日は葬式だったんだろう。こんな時間にこんなところにいたら、体にさわるぜ」
「なんの、これしき」
「歳を考えてくれよ、じいさん。俺が付き添ってやるから、家まで戻ろう」
源一郎は、言い出したら聞かない男だ。泰四郎の肩に手を当て、なかば強引にその身体を振り向かせた。
「こらこら。何をする。ちょっと散歩してただけだろうに」
「饅頭と酒を持って、黄泉径まで散歩か、じいさん」
源一郎の家の奥には、道が一本しかない。その先には民家もなく、黄泉径と呼ばれる竹藪があるのみだ。
「月見酒がしたいだけじゃ。あそこに行けば、せんが近くにいるような気分になれるじゃろう」
「じいさんがせんさんの所に行っちまうよ、そんな事したら」
源一郎は泰四郎のいう事に対して、まるでとりつくしまもなかった。
「あれ。じいさんどうしたんだい、こんな時間に」
その内の一人に声をかけられる。葬儀の際にも見た顔だ。
泰四郎は、言い訳用の瓢箪を見せて笑った。
「いやなに。ちょっと月見酒でもしようかと思ってな」
それを聞くと、男は得心したように二度三度と頷いた。
「ああ、今日は満月だからな。しかし、それなら杉の高台に行った方が良いんじゃないか」
村には見晴らしの良い高台がある。目印に杉の木が一本植えられている事から『杉の高台』と呼ばれている場所なのだが、泰四郎が向かっているところとは真逆に位置していた。
泰四郎は、男の提案に苦笑いをする。
「あそこは人目についていかん。せんとのんびりやりたいんだよ」
男は一瞬ばつのわるそうな顔をしたが、すぐに元の表情に戻した。
「悪い、無粋な事言っちまったな」
「なに、構わんよ」
「せんさんによろしく伝えてくれ」
「おう」
「ほどほどにして切り上げてくれよ。じいさん今日は疲れているだろう。あんまり深酒すると体に毒だぜ」
「分かったから、もう行かせろ」
やり取りを終え、泰四郎は楽しげに息をついた。
が、結局彼に目的地を明かすことは無かった。男に背を向け再び歩き出した彼の顔は、すでに違う表情だった。
*
「おい、泰四郎のじいさんじゃないか。ちょっと待ってくれよ」
歩を進め、日も暮れかかり、目指す所が近くなる。そうすると、だんだん言い逃れも難しくなってくる。
最後に泰四郎に声をかけたのは、村の外れに広大な畑を持つ源一郎だった。
「おお、源一郎か。こんな時間まで精が出るな」
畑と言っても、そのほとんどは荒れ畑だ。村人が耕作を放棄した土地を、源一郎らが一族総出で譲り受けたものである。少しずつ作物の出来る状態に戻しているが、彼の所有する畑の多くは未だに雑草が生い茂る有り様だった。
「俺の事はどうでもいいんだ。じいさん、今日は葬式だったんだろう。こんな時間にこんなところにいたら、体にさわるぜ」
「なんの、これしき」
「歳を考えてくれよ、じいさん。俺が付き添ってやるから、家まで戻ろう」
源一郎は、言い出したら聞かない男だ。泰四郎の肩に手を当て、なかば強引にその身体を振り向かせた。
「こらこら。何をする。ちょっと散歩してただけだろうに」
「饅頭と酒を持って、黄泉径まで散歩か、じいさん」
源一郎の家の奥には、道が一本しかない。その先には民家もなく、黄泉径と呼ばれる竹藪があるのみだ。
「月見酒がしたいだけじゃ。あそこに行けば、せんが近くにいるような気分になれるじゃろう」
「じいさんがせんさんの所に行っちまうよ、そんな事したら」
源一郎は泰四郎のいう事に対して、まるでとりつくしまもなかった。
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