黄泉小径 -ヨモツコミチ-

小曽根 委論(おぞね いろん)

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捌 明治十年

疲レ果テタ挙句

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 少女は、しばらく憮然とした表情をしていたが、少しして妖しげな笑顔を浮かべた。

「騒動は聞いています。ここではまだ人目もつきますから、竹藪の中に身を隠したら如何でしょう」

 すずは、この少女を知っていた。それ故、その誘いがいかに危険かも分かっていた。

 しかし、宣教師たちはその辺に疎い。

「おお、それは有り難い」

「お待ちください、神父様」

 易々と口車に乗る宣教師をすずは止めた。

「これは罠です。この女のいう事を聞いてはいけません。竹藪の中は、街より遥かに危険です」

「すずサン。他人の厚意は有り難く受けるものです。むげに突っぱねるのは良くありません」

 宣教師はすずの忠告を聞かずに藪へ足を進め出す。

「待ってください。神父様」

 何度声をかけても、宣教師は振り返らない。

「あさからも何か言って。ここがどれだけ大変なところかって」

 すずは、妹に助け舟を求めた。

 ところが、そのあさや牛兵衛さえもが立ち上がり、黄泉径に向かって歩き出したのだ。さらに、寅之助もおろおろしながらその後に続いていく。

 彼らは黄泉径や少女の事を知っているにもかかわらず、だ。

「待って、あさ。何のつもり」

 すずは驚いて妹に声をかける。

 あさはそれへ、泣き笑いのような顔を返す。

「もういいだろ、姉ちゃん。これ以上生きていても良い事なんかないし」

「落ち着いてよ、あさ。何てこというの」

「すず姉も楽になろうぜ。疲れたろう」

 衝撃を受けているすずへ、牛兵衛も言葉を重ねる。

「最初からこうすればよかったんだ」

 絶対にそんなわけない。

 だって、みんな基督教に巡り合えたんじゃない。

 寅之助だってしゃべるようになったし。

 むしろ、人生はこれからなんじゃないの。

 何で諦めるの、みんな。

 完全に言葉を失い、すずはその場に立ち尽くした。

 全員が黄泉径に入り、彼女は一人になる。

 ボロを着た少女が近づいてきて、聞いた。

「みんな行っちゃったよ。貴方はどうするの」

 すずは、抜け殻のような死んだ目線で少女を見た。

「ああ」

 彼女の中で、色々なものが音を立てて崩れた。

「そうね。私も、すぐ行く」

 すずはそう返事をして歩き出す。もはや、何か思うのも面倒くさかった。
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